顔を変える
何度携帯の電話番号を押したかしら。タマキはため息まじりに思った。
最後の一桁がなんとしても押せなかった。整形のご相談はお電話で。眼前に広げたパンフがそう教えていた。
最近、ジュンの周囲に複数の女の影がちらつくようになった。彼の通うスポーツジムの会員のX子、同じ会社のY子、飲み屋で知り合ったとかいうZ子。ジュンはそんな女の子たちの写真をおおっぴらにタマキにみせた。
三人ともなかなかの美人だった。
これまで整形など考えたことのない彼女が、そのときからネットでその種のホームページを検索するようになった。
最初はプチ整形を考えていた。がそんなチョコッといじるだけでは、あの三人には太刀打ちできそうもない。思い切った改造が必要。しかしそうなると、親からもらったこの顔とは永遠にお別れだ。そのときから彼女の携帯電話のためらい打ちがはじまった。
それからというもの彼女の眼は、同性たちの顔にいやでも吸いよせられた。惜しい、あの目が二重なら、とか、あの鼻はあと3度高くしたほうがいいとか、とにかく見るものすべて整形の対象にならないものはなかった。
タマキはその日、地下鉄の階段を、ゆっくり上がっていた。昨日ついに、携帯電話の最後の一桁を押してきょうの予約をとった。
階段を上がりきるとすぐに、目指す美容整形の建物が見えた。
「まあ、タマキじゃないの」
その声に、彼女はふりかえった。
「あ、あなたは……」
高校時代の、仲のよかった同級生。
「やっぱり、タマキね。何年ぶりかしら。ぜんぜん変わらないわね」
「どこかで、お茶でもどうかしら」
タマキのほうから誘っていた。青春時代の楽しい日々の思い出を、二人でゆっくり語り合いたかった。
結局、タマキは整形を思いとどまった。迷いがふっきれたわけではない。それでも、いつまたこの顔を知っている者と出会うかも知れないと思いが彼女を引き止めた。ジュンにも正直にそのことを話すと、彼は面白そうに笑ってこういった。
「あの三人も、みんな整形してたよ。以前の写真を見せてもらったら、ぜんぜんちがうんだもん」