開店休業
カランコロン。
「わあっ、可愛い」
女の子が三人入って来た。今日も私のヘアサロン、スイート・スイートは繁盛している。
「いらっしゃいませ」
カレラさんがにこやかに声をかける。
「どうぞ、ご自由にご覧ください」
女の子たちはわっと小物コーナーに近寄る。
「やっぱり、かんざしかなあ」
「うーん、ドライヤーっていうのがいいらしいよ」
ドライヤーの前のPOPにはアンディさん渾身のイラストで髪の毛が輝いて驚いている女の子が描かれている。文字が読めない人が来ても大丈夫なようにという心づかいらしい。
裏からこっそり様子をうかがっていたら、アンディさんと目が合ってしまった。アンディさんが笑顔のまま、やってくる。
「マリアさん、今日はお休みの日ですよね。どうして、店舗に来ているんですか?」
「出かける準備が早くできたから、ちょっと、暇というか。ごめんなさい」
休みの日にオーナーがのぞきに来るって嫌だよね。店の上が自分の住居なので、つい、のぞいてしまった。
「今日も順調ですよ」
そう、小物コーナーは順調なのだ。売り上げ額にびっくりするくらいで、新しいヘアケアグッズの開発にも乗り出せそうだ。
異世界に転移して、大変な思いもしながら、やっと開店した私のヘアサロン。オープンから一週間、エスメラルダさんが最初に来てくれただけで、ずっと、開店休業状態だ。。
お世話になっていた高級娼館、デルバールでのヘアメイクは続いているけど、私が訪問しているので、ヘアサロンのお客ではない。ショートカットにする人がいないこの世界では髪を切る勇気のある人はまだいないかもと思っていたけど、ヘアセットに来る人はいるかと思っていた。
カランコロン。
「奥様、どうぞ」
貴族女性だろう。護衛二人に侍女一人を引き連れて入ってきた。少し小皺があるが、なかなかの美女だ。
くるりと店の中を見回すと、小物コーナーに向かってゆっくりと進む。
護衛の一人が小物コーナーにいる女の子たちに向かって、しっしっというように手を振った。
女の子たちが顔を見合わせると、侍女が澄ました顔で言う。
「奥様がご覧になるから、おどきなさい」
ちょっと、人の店で何をやってるの。
思わず、前に出てしまった。でも、なんて言えばいい?
「お客様、この『スイート・スイート』では皆さんで楽しい時間を過ごしていただきたいと思っております。すみませんが、貸し切りには対応しておりませんので」
「奥様に失礼な」
奥様が何か言う前に侍女が怒る。奥様は扇子を開いて、口元を隠すと侍女に何か言った。すると、侍女が私に尋ねる。
「そういうお前は何者なの」
「この店のオーナー、マリアでございます」
「ただの平民のくせに、奥様に文句をつけるのですか」
身分制度のある国だとわかっていても、こういう時、どうしたらいいかわからない。
「ただのお願いでございます」
そう言って、頭を下げる。
「いいからどきなさい」
侍女が声を張り上げ、護衛が剣に手をかける。
単なる脅しだよね。でも、暴力を振るわれた痛みを思い出して、体がすくむ。動けない。
カランコロン。
「やっぱり、店にいた」
そう言いながら、入ってきたのはレオさんだった。まっすぐ、私を見て笑っている。
ホッとする。自分の中の緊張が溶けていくのがわかる。
「今日も綺麗だね」
今日はデートだから、確かに気合いを入れているけど、ストレートな言葉に頬が熱くなった。かっこいいのはレオさんだ。カジュアルなシャツ姿もいい。
「で、これはどういう状況かな」
レオさんが護衛たちに向かって言った。声が低くなると、体が大きいせいもあって迫力がある。
「何者だ」
護衛の一人が尋ねる。すごい緊張感だ。脅しじゃなく本当に剣を抜きそう。
「騎士団特別講師のレオナルドだ。俺の腕を試すのはよしておいた方がいい」
護衛たちが慌てて、奥様の様子をうかがった。
「奥様、ご存知とは思いますが、この店の店主はエスメラルダ・アルバ辺境伯令嬢のお気に入りでございます。そこをお忘れなきように」
レオさんが急に貴族のような物腰になって、話しかけるものだから、奥様は混乱したようだった。
「え、あの、辺境伯?」
「はい。もし、何かありましたら、辺境伯の方からお屋敷に苦情が入るかもしれません。そんなことはお望みではないでしょう」
「も、もちろんよ。……。気が変わったわ。他の店を見ましょ」
奥様の顔色が変わったが、それでも、背すじをピンと伸ばし、侍女と護衛たちを引き連れ、出て行った。
ふーっと息を吐いたのは誰だったのか。
私は怯えた様子の女の子たちに声をかけた。
「ごめんなさい。嫌な思いをさせちゃったわね。お詫びにプレゼントさせてちょうだい」
一人一人の顔立ち、髪色を確認する。平民の子だから、普段使いできるようなものがいいだろう。
「カレラさん、青い服のお嬢さんに右から三番目のかんざしを、白い服のお嬢さんに左端のかんざしを、花柄の服のお嬢さんに右から五番目のかんざしを」
「承知しました」
店員のカレラさんがかんざしを素早く手に取る。
「よろしければ、つけて帰られますか?」
「は、はい」「あの、いいんですか?」
「もちろんですとも」
アンディさんが私にささやいた。
「あとは任せて、デートへどうぞ」
「でも」
「でもじゃありません。レオナルド様、よろしくお願いします」
アンディさんにレオさんはふっと笑って答えた。
「了解」




