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婚約破棄の翌日 エスメラルダ視点

「エスメラルダ・アルバ様、こちらへ」


 通い慣れた王宮の道。いつもなら、護衛と共に勝手に私専用の個室に向かうが、今日は王妃様の筆頭侍女が迎えに来ていた。

 私の短い髪を見ても表情を変えないところはさすがだ。

 門番たちは何かヒソヒソとささやき合っていた。

 何を言われていても、私に恥じることはない。私は背を伸ばし、大股に歩いた。いつものドレスではできなかった動きだ。

 男性はこんなに動きやすい服装をしていたのか。よく考えれば、男性と同じような乗馬服は楽だった。


「陛下と王妃様はガゼボでお待ちしております」


 侍女について庭園に出た。

 美しい庭園。色とりどりの花が咲き乱れている。

 そういえば、この庭園をゆっくり見ることはなかった。婚約者と定められてから、何度も城に来たが、いつでも、私室に閉じこもり、王家の一員としてふさわしくなれと家庭教師に叱責されながら、勉強するだけだった。

 ふさわしいドレス、ふさわしい髪型。自分で選べることは何もなかった。学園にいる間は少し自由だったが、他の生徒の手前、いつでも、見本となることを要求された。

 ブライアン王子が遊びまわり、浮き名を流しても、自分だけは、いえ、王子の分までも頑張らなくてはと思っていた。

 いつでも後れ毛一つ出ないように結われた髪。ただでさえ、勉強で疲れた頭は重く、頭が痛くない日はほとんどなかった。

 それなのにその努力は無駄になってしまった。


「あの姿、恥ずかしくないのかしら」


 侍女だろうか、聞こえるように誰かが言った。クスクス笑っている。

 ため息をつきかけた時、さあっと風が吹いた。髪が風にふかれ、そして静まる。どこまでも軽やかに。

 私は笑った。

 そう、重荷から解き放たれたのだ。自由なのだ。マリアのおかげだ。


「どうぞ、お入りください」


 侍女が案内したのは庭園の奥にある王家専用のガゼボだった。中が見えないような不可視の魔法がかかっている。

 待っているのは何なのか。

 私は大きく息を吸うと、中に踏み込んだ。

 中からは外の景色がそのまま、見える。そして、中心のテーブルには王様と王妃様が頭を下げてじっとしていた。


「どうか、おやめください」

「いや、我が子の非常識な行い、申し訳なかった」


 王様の声は低く痛切だった。


「女性の髪を切るなど、呆れた所業、いくらお詫びしてもお詫びしきれません」


 王妃様の声は震えていた。

 そうだ、私はこの人たちは嫌いじゃなかった。いつも、国民のためを考えて行動してくださる尊敬できる人たちだった。お二人が私に謝る必要なんかない。


「顔をお上げください。お詫びしたいのはこちらです。婚約破棄となって、喜んでいるのですから」


 少し不敬かもしれないが、このくらいは大丈夫だと思える関係を築いてきた。


 お二人がゆっくりと顔を上げ、それから、驚いた顔になった。


「本当に新聞の通り、新たな魅力なのね」


 王妃様がささやくように言った。


「ええ、自分でも驚いています」


 少し、緊張が解け、王妃様が合図すると、筆頭侍女が入ってきて、お茶をサーブした。

 香り高いお茶の味にホッとする。


「本来なら、廃嫡にするところだが、ブライアンはシャハット山の別荘に謹慎させることにした。申し訳ないが、病気のための静養という形を取らさせてほしい」


 王様に私はうなずいた。

 ブライアン王子は第二妃ドーラ様の息子だ。ドーラ様はカギヤ国の王女だった。我が国はカギヤ国と何度も戦ってきたが、やっと和平が結ばれた時に政略結婚でお嫁に来られた方だ。だから、王様も王妃様もブライアン王子の教育について、強く言えなかったところがあるのはわかっている。今も廃嫡まですると、カギヤ国との関係が悪化しないか心配なのだろう。


「ただ、婚約は破棄ではなく、解消とする。また、慰謝料についてはお父上と相談させてもらおう」

「それにブライアンよりもっと素敵な男性を紹介することもできますからね」


 ここだ。このチャンスを逃してはならない。


「それではお願いがございます。慰謝料も男性の紹介も要りません。私が辺境領を継ぐことをお許し願えないでしょうか?」


 現在の法では女性が継ぐことはできない。実態は女性が統治していても、男性しか継ぐことができない。だから、ブライアン王子を婿として受け入れるつもりだったけど、もう、新しい婿を探すのは嫌になってしまった。私はきちんと学んできた。父からもお前が男だったら、継がせることができたのにと残念がられている。それなら、私が継げば、何もかも上手くいく。


 王様は目をつぶり、じっと考えた。

 許されるのか、それとも。


「ブライアンの病気のため、婚約を解消することになった。そのための特例とすることにしよう」


 叫びたいほど、嬉しいけど、微笑むだけで済ませる。ここで受けた教育が身についているなあと自分でも感心してしまう。


「ありがとうございます。書面として頂けますでしょうか」


 自分の言葉を疑われたように思ったのか、王様の顔の筋肉が少しピクッと動いたけど、王様も微笑みを浮かべた。


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