〜凡人と保持者〜
人には才がある。
誰よりも強い者、誰よりも優しい者。
非凡と言われるのは誰にでも当てはまるのだ。
ただ、その中にも優劣はある。
優る者は崇められ、劣る者は蔑まれる。
優劣が顕著に表れるこの世界で、劣る者が大きな野心を抱いていた。
「絶対に嫌だ」
「なんでだよ、ノド乾いてるんだろ?」
器用に手の平から水を出すトニーを払い除け、ミルトは舌を出した。
「言ってしまえば、それ手汗じゃん!絶対に気持ち悪くて飲めない!」
学校内での“ガイスト”の使用は禁じられているが、修学旅行先では水のガイスト保持者のみ使用が許可された。もちろん無闇やたらに使うのは良くないが、水分補給の代わりとして許されている。
ガイストを持たないミルトは、保持者であるトニーを羨んでいた。
ガイスト保持者は世界人口の2割、ここ“タトル”は世界の4分の1を占めた国だが水のガイスト保持者が多く生まれやすいと言われている。なぜそのような事象が起きているのかは世界の科学者が集結したガイスト会議でも解明されたことはない。
人々は生活していく上でガイストの保持が優位になるが、保持しない者には国からの助成金がある。全てが平等というわけにはならないが、その部分での差が起きないよう中央会議は制定されている。
「それで、次はどこにいけばいいんだよ」
「次はメカ寺だ。ここから歩いて、、、20分かな?」
「きつ、、、」
「だから水飲めって!」
「絶対嫌だ!!」
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「よし、みんな初日はしっかり学習して来たか?ここからは夕食の時間まで自由にしていていいぞ!」
カスジ先生の号令にクラスのみんなが散り散りになった。
「ミルト、トニー!ここのホテルの夜景えぐいらしいよ!見に行こうよ!」
「夜景誘ってるのにロマンチックさを感じられないワードを使うな」
幼馴染のシキがはしゃぐ姿を見て呆れたようにミルトは笑った。
「トニーも来いよ!」
「あ、うん」
「どうした?」
「ミルトにだけ言うんだけどさ、夕飯の後先生に呼ばれてて、部屋来いって」
「・・・御愁傷様」
「悪趣味かよ」
「冗談だよ、何だって?」
「俺さ、この間ガーディアン試験受けてて」
「ああ、言ってたね!合格率がほぼゼロの天才しか受かんないやつ」
「俺それ受かったらしい」
「そうなん、、、え」
「しかも表彰がこのホテルの、VIPルームでやるらしい」
「マジかよ!!!お前すげえじゃん!!!」
「ちょ、静かに!周りに言うなって」
「なんで?超めでてえことじゃん!」
「そのVIPルームなんだけど、俺以外への表彰もあるらしくて中央政府の役人も集まってるらしいんだよ。最近役人への殺害予告とかよくニュースでやってるじゃん。そう言うのもあって超極秘裏でやるらしいんだよ」
「じゃあもしオレがテロリストなら、お前重罪だよ」
「お前に限って、んなわけあるか!」
小声ながらもミルトは笑った。
「とりあえずおめでとう!そんな気張らなくても、表彰式なんて適当に過ごせばいいじゃん!これで進路確定だ」
ガーディアンに選ばれた者は、政府要人の護衛としてガイストを自由に使える許可を与えられる。その中でのトップが国王直属の護衛兵、四皇帝の名を授けられる。
「スタートに立てたって感じかな。実感ないけど、これで母さんにも楽させらる」
「めっちゃ儲かるらしいじゃん!オレにもおすそ分けを」
「うるさいわ!」
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「ミルト!さっきのあたしの声聞いてたよね!?なんで来なかったの!?」
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」
「ふざけんなー、周りカップルだらけで超浮いた!」
「じゃあお前だって彼氏と行けばいいじゃん」
「は?別れたし」
「え!?」
「てか1日で」
「先月付き合ったって、、、」
「言った翌日に振った」
「はあ!?別れた報告聞いてないし!」
「言う義務あるかなあ?」
言い合う2人に他の生徒からの視線が向けられる。
その中の誰が言ったかわからないが、2人を茶化すような声が聞こえた。
ミルトの携帯電話の振動がテーブルで響いた。
「もしかして女ー?」
「画面を見ろ!トニーだよ」
表彰が終わるのが案外早かったのか、ミルトは親友の生還に安堵した。電話の向こう側では何やら騒然としていた。
「トニー終わったか?これで立派な、、、」
「ミルト、みんな連れて逃げろ」
「は?」
遠くで大きな爆音が響いた。
夕食を終え落ち着いたみんながざわつき始めた。
「おい、なんだいまの」
「マジでやべえことになった。さっきの会話が実現したみたいだ」
「さっきって、テロのこと!?」
「とりあえず先生は今戦ってて出られないけどなんとか無事だ。とにかく他の先生にこのことを伝えて」
電話の先でも爆音が響いた。ようやくホテル内にも警報が鳴り響いた。
パニックに陥る生徒たちを落ち着かせようとする先生たちも気が気でないようだ。いつも頼りになるカスジ先生がいないと全体的な焦りが具現化するように、阿鼻叫喚に近いものを感じた。
すると部屋全体が洪水に呑まれたように、一瞬で全員がずぶ濡れになった。
「全員落ち着け」
カスジ先生のガイストが、先生本人を作り出しみんなの前に現れた。
「この姿をみんなに見せるのは初めてだが、俺はお前らの先生であり、元ガーディアンでもある。まずは状況だ。お前らがいる棟の隣で炎のガイスト保持者が集団で暴れている。今全員に浴びせた水は俺のガイストが入っているから火に対して絶対的な防御がある。心配するな、じきに終わる。とにかく今はここから離れろ。先生たちは決して焦らず生徒の避難を最優先に。みんなは自分の命のことだけ考えろ」
そう言うと先生のガイストは液状になり形を消した。
「カスジ先生の言うとおりにみんな外へ向かうぞ!」
「急げ!」
ガイストであるものの、カスジ先生の言葉は集団をまとめた。
避難訓練で学んだ「避難三原則」をこうも全員が徹底できているのも、普段のカスジ先生の指導が行き届いているからであろう。
「これならみんな安全に行けそうだね、あれ、ミルト?」
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呆れた表情で水の柱を精製したカスジがトニーを一瞥した。
「トニー、さっきからガーディアン試験以上のことをやっているな。合格前から勝手に鍛錬をするな」
「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!今戦えるの俺らだけですよ」
「お前はあいつらと一緒に逃げろ。こんな雑魚ども俺1人で充分だ」
「雑魚でも5人やられてます」
トニー、カスジ、炎のガイスト保持者3名が相対するVIPルームには焼かれた5体の死体があった。
鳥のような仮面をつけた炎のガイスト保持者3名は終始無言であり、常に腕から炎が出ている。
「まじで不気味、、、」
「トニー、何か感じないか?」
「え」
「ここにある以外のデカいガイストだ。こいつら以外もいる」
「デカいんですか?全然わからない、、、」
「まずはこいつらを片付けて」
爆音と共に炎と煙が立ち上がった。カスジの水柱が一気に蒸発したかと思えば、2人の目の前が開け、夜景が広がった。
「どういう、、、」
床を突き抜け壁をもなくした炎はひたすら燃え盛り、地獄のような光景に唖然とした。カスジは咄嗟に、出来上がった大きな穴を覗き込むと、見上げる大柄な男が立っていた。
「ハズレか」
振り返ったカスジの慌てた表情が珍しく、トニーは不安になった。
「どうしたんですか!」
「あの野郎、、、次もっとヤバいのがくる。とにかく逃げるぞ!」
言った瞬間に更なる爆炎が部屋を突き上げた。
「あいつはやばい。さっきいた3人にも容赦なく炎を放った。敵も味方も関係ないんだ。ただ殺せればいいんだ」
「誰がいたんですか!」
「おれの昔の同胞だよ」
「いた!トニー!」
トニーを見つけミルトの安堵した表情は無邪気であった。
「おま、なんでここに!?」
「あ、先生」
「あ、じゃねえ!!とにかく逃げろ!!」
状況が飲み込めずにいるミルトをトニーは諭した。
「いいか、ミルト。とりあえず今やべえ状況だ。お前だけでも」
「トニー、お前も一緒にミルトと行け」
「え、でも」
「話してる暇はない」
カスジの目線の先には大柄な男が立っていた。
「よお、カスジ。久しぶりだなあ」
「裏切り野郎が何のようだ」
「ひどい言い草だ。お前、学校の先生なんかやってんだってな」
「てめえに関係ねえだろ」
「よく言うぜ、兄弟」
「テロリストに兄弟と言われる筋合いはねえな」
「テロリストねえ。まあいい。とりあえずこのホテルは俺らが占拠した。お前も大人しく投降しろよ」
「言葉の意味を履き違えるな、投降するのはお前だ」
「埒があかねえなあ。お前はやりたくなかったが、仕方ない。
一瞬だ」
瞬時に立ち上がった炎の柱が全てを包み込み、3人に覆い被さった。それらの出来事は翌日になっても報じられることはなかった。タトルにある報道局はその日のうちに全て占拠され、全国民に、タトルがスザークの植民地になったことが知れ渡ったのは1週間後の朝だった。
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2年という月日は長くも短くもあった。
時間の感覚はとうに忘れたと言う者もいる。
世界は、タトルを植民地化したスザークを筆頭に、ドラゴ、ヤッコが追随する形で成り立っていた。
どこよりも発達していたタトルの文明は、スザークの常識から外れているとされ全てが撤廃された。
携帯電話やテレビなどは情報統制が行われ、何もできないただの板へと成り下がった。
植民地におけるタトルの人間に対する扱いは奴隷のそれと変わらなかった。女子供関係なく全てが労働力としてスザークの人間に使われた。
「って感じらしい」
「へー、この地域は元々タトルの人はいなかったみたいだし、正直こっちに移り住むって話になってたからタトルの文明期待してたけど、結局スザークと変わらんことになってるから引っ越しただけって感じよなあ」
タバコをふかしながらトキは同僚との休憩のひと時を楽しんだ。
「しかも奴隷なんているんか?近隣見回りとかもしてきたけど、スザーク人しか見ないし」
「トキはバカなんだな」
「は!?」
「情報統制ってやつだよ。そこで生きる人間はそこでの情報だけ知ってればいいってことだよ」
「つまりは奴隷がいないのはここだけってことか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし」
回りくどい同僚の言い方にトキは少し苛立ちを覚えたが、タバコの煙がそれをかき消した。
「そもそも敵国なんだから、奴隷だろうがなんだろうがどうでもいいだろ。それにタトルの女は美人ばっかだし、奴隷にしたら色んな意味で楽しめそうじゃん」
「お前それはやめておけ」
「トキだってこっちきてから女に会えてねえんだから色々溜まってんだろ」
「そういう問題じゃないだろ、お前に倫理観はないのか」
「奴隷をどうこうしようがどうでもいいだろうが」
軍人としての生活をしばらく続けていれば人間の倫理観は変わってくるようだ。芯の通ったトキにとっては嫌悪感しか抱かないことである。
昼間なのに、辺りが暗くなってきている。雨が降り出しそうだ。タトルの外れにあるこの村は、スコールが多い。
「それにしても、雨ばっかりじゃ俺らのガイストも使い物にならねえな」
「まあな、ただそもそも最近はタバコにつけるくらいでしか使ってない」
「じゃあそのガイスト、もらっていいか」
足音も気配も気づかなかった。トキは咄嗟に左手を構えた。
同僚の首元にはナイフのようなものが突きつけられている。
「な、何だ」
「手を離すんだ!」
華奢な鎧を身に纏った目に光のない青年がタトルの人間だと気づいた時には、すでに同僚は倒れていた。
「これを機に禁煙でもしたらどうだ」
ナイフを刺したわけでも切ったわけでもないのに倒れた光景に唖然とし、構えた左手が油断していた。
「あんたはいいや。こいつどうしてもむかついたから」
「殺、したのか」
「ガイストをもらっただけ。死んではないけど、保持者はガイストの力をこれ見よがしにして生活してきたんだろうから、なくなったなんて知ったら、気持ちは死んだようなもんじゃない?」
「何者だ」
「教えて、何になる?」
「お前タトル人だろ?俺はスザークの軍人だ。本当の現状が知りたい。」
「それが、俺が何者かとどう関係がある?」
「正直言うと俺は何もわからない。国に言われるがままここにきた。何が正しいのかを知りたいんだ。君といれば何かわかる気がした。もちろん直感だ」
「今の見ただろ。俺があんたと組んでメリットがあるのか?」
「スザークを消したいんだろ?俺といれば、外からじゃなく内から消すことだってできる」
「スザーク人が何を言ってる」
「愛国心なんかない。家族もずっと昔に死んでる。俺は正しいことが知りたいだけだ」
青年は右手を馴染ませるような動きをした。
「これで炎のガイスト2人目なんだ」
「え」
「邪魔だと思えば、3人目になるぞ」
「わかってる、交渉は成立ということだな。俺はトキ。」
「俺はミツキ」
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「ミルトくん、次はここ頼むよ」
「わかりました!」
奴隷環境という言葉を聞いた時は、どうなることかと思った。
意識を失ったあの日から、ある家で目を覚ました時に聞いた話だ。
トニーもシキもカスジ先生もどうなったかはわからない。タトルが占拠されたというのはショッキングな話ではあったが、家族を幼い頃に失くしたミルトにとって、家族ができた感覚だった。
主であるルツは、ミルトを優しく迎え入れた。娘のギサも同世代で、気づけば仲の良い親友のようになっていた。
薪をくべ、火を起こす。これまであったガスの生活では考えられないが、持ち前のタフさですぐに慣れた。
「ミルトー、体調大丈夫?」
「うん!ありがとう、問題ないよ」
「そろそろお仕事終わりでしょ?ご飯終わったらタトルのお話聞かせてよ」
支配、植民地などどうでもよかった。
それを考えてしまうと、この人たちを殺したくなってしまうから。一種の防衛反応だったのかもしれない。
親友が殺されたかもしれない。この人たちと同じ民族に。
ただこの人たちは2年間住む場所をくれた。家族のように扱ってくれた。
まずはタトルがスザークに支配されたということは考えないようにしよう。人と向き合うんだ。
いつものように、3人で食卓を囲み、ミルトは昔のタトルの話を思い出のように語った。
3人の楽しむ声は外にも聞こえるほどだった。
「それでは食器を片付けましょうか」
「ああ、お二人はゆっくりしててください」
「いつも悪いね」
3人分の食器を重ね、ミルトは近くの川に食器洗いに向かった。
ふと一本自分の箸を落としたことに気がついて、川辺に食器類を置いた後そそくさと家に戻った。
「どうする、今日までだぞ」
「やだよ」
開けた窓から2人の声が聞こえてきた。
「お前が言うっていうから、父さんは何も言わずにいたんだ」
「でも、離れたくないんだもん」
「奴隷を好きになんかなるな」
「しょうがないじゃん!」
「、、、私も彼は大好きだ。本当に家族だと思っている。ただ奴隷なんだ。流通させないといけないルールだ」
頭が追いつかなかった。
流通。次に回すということだろうか。やはり奴隷はモノなのか。
家族だと表現してくれた。ただそれはあくまでも個人的な感想であり、ルール上は流通させなくてはならないらしい。
自分は、ヒトじゃなくて、モノなのか。
「もういい!今から言ってくる!!」
勢いよくドアが開いた。すぐにギサはミルトと目が合った。
「、、、聞いてたの?」
「ごめん」
「、、、ごめんね」
「俺はやっぱりモノなのか」
「私だってどうにかしたいの。でもどうしようもないの」
「、、、次の買い手は見つかっているの?」
「、、、うん」
「譲渡するとき、2人にはお金は入るの?」
「うん」
「ならよかった」
「ごめんね、ミルト。私たちにもっとお金があれば」
「いや、2人の元で幸せだったよ」
再びドアが開いた。
「ルツさん」
「ミルトくん、次行くところは君を家族としては扱ってくれない。ひどい男の家だ。確実に奴隷として扱われる。ひどい目を見る」
「ちょっとお父さん!」
「そこで提案だ。どの道苦労するが、息子を奴隷にしたくはない」
「次の相手の元に行く前に、教会で牧師に宣言するんだ。冒険者になると」
「冒険者?」
「国のために、スザークのために尽くすと宣言し他の国を制圧するんだ。もちろん1人じゃできない。同様に旅に出ている奴隷の人と徒党を組んで、ドラゴとヤッコをスザークのものとする冒険をするんだ」
「そんな無茶な」
「ああ、無茶だ。野垂れ死ぬ可能性もある。君はどっちがいい」
「はっきり言っていいですか」
「ああ」
「俺はタトル人です。スザークのために動くなんて」
「もちろんわかっている」
「これまで生活してきたのはあなたたちのためにしてきたのであって、スザークのためにしてきたわけでは」
「それもわかっているよ」
「それじゃあ」
「最初だけ。冒険宣言をして、そこからは君自身のために動け」
「え」
「程の良い文句などその場凌ぎでしかない。君はこれまで私たちのために働いてくれた。苦しい中で自分のわがままなど一切言わずに。もう良いぞ。わがままになれ。自分のしたいことはなんだ」
「親友の居場所を知りたい」
「よく言ったな我が息子よ。次の行き先には私が適当に話をつけておく。明日朝一で教会へ向かうんだ」
自由。もちろんここで不自由だと思ったことはない。奴隷などただの体裁に過ぎず2人は家族として扱ってくれた。
その2人が今見送ってくれるのだ。自然と涙が出てきた。
「で、でもお金が入らなく」
「ばか!そんなのどうでも良い!ミルトがやりたいことができたらずっと良い!」
「娘の言う通りだよ。ひどい男だとは言ったが、私の元教え子だ。私の言うことは聞くよ」
「2人とも、、、」
「ミルト、いつでも帰ってきて良いから。その時は冒険者として会うんだから、働かないでよ」
「ありがとう」
朝焼けは早かった。