第二オタロード(前編)
いらっしゃいませ
ごゆるりとお楽しみください
「ここが不良が集まると噂の場所……おばあ様、ゆうこはちょい悪になってしまいました」
「大袈裟ぁ! ちょっと客質が違うだけだって」
「ワードチョイスが昭和」
いっくんのフライングプラットホームから降りたうっちン、あーちゃんが好きに言う。
ここは何時ものショッピングモールから少し離れた、国道の向こう側。低階層のビルと家屋が空中通路で繋がれてたり、路肩販売やすれ違えないほど狭い路地。戦中戦後の闇市が、そのまま無秩序に拡大し奇妙なバランスで維持されている。
数寄者達が集い騒ぐ混沌街、通称「第二オタロード」。
何故ここに来たのか、少し遡る。
「見てみてみー! どぅよ!」
いーっと、自分で口を左右に引っ張りながら、あーちゃんがドヤ顔する。
その開かれた口には、キレイに噛み合わされたギザギザの歯が入っていた。
「この前の舌外すときに入れたし! 可愛いっしょっ」
肉食者なギザ歯だが、楽しくてしかたがないと言わんばかりの笑顔とよく合っている。
「満面の ドヤ顔先輩 いとおかし」
「詠むな、可愛いけども」
無表情にホホだけは染めてるうっちンが、あーちゃんを撫でながら新たな階悌に進もうとしていた。
「それにしても奇遇なんだけど」
と、いっくん。
相変わらずのスティックデバイスを咥えたまま、ファッション誌(紙に印刷されている!)のページを指す。
そこには、八重歯を付けて可愛くなろう、との文言と。歯を見せて笑う少女が写っていた。
「実は私もしてみたんだ、ギザ歯」
そういって開かれた口には、それは見事な牙が生えていた。上下四本。喉にかぶりついて、とても効率よく血が吸えそうだ。
「リアルな吸血鬼はちょっと、その」
「何でそれ」
瞬間で素に戻るうっちンとあーちゃん。
「いっくんさんは綺麗系の顔立ちですから、牙は可愛いより格好いいとか怖いとかになっちゃうんですよ」
「ジャンルがホラーかエロティックサスペンスなんよ、いっくん」
「いや、これ、今流行ってるって」
「流行っていたとしても、可愛くはないかと」
「なしよりのなしなし」
「あ、ナノマシン注入機能もあって!」
「より可愛げがありません」
「スペック厨とかないわー」
「……嘘やん」
衝撃のいっくん、突然の大阪人化である。
「本屋の……あいつが」
「また騙されたン? あっほでー」
「ほんや……とは?」
「あー、うっちンは知らないか。本、は分かるよね」
「はい。紙媒体の記録集ですね」
「そそそ。そこの雑誌もそれな、それを売ってる店のことを本屋っていうんだけど」
「ああ、そのままの意味でしたか」
「なんだけどー。いっくんが言ってるのは、そんな本中心に集めてる、行き付けのレトロショップの名前のほうな」
「レトロショップですか、ここの専門店街にもありますよね」
「ここのは高級志向だし、アンティークだし」
「興味わいてきました」
「お、行っとく? いっくんいるし調度いいか」
「調度いい、とは」
「うっちンとあーしだけだと、狙われるし」
「嫌な予感がしてくるとはこの事でしょうか」
「うっちンも成長してるってことじゃん」
落ち込むいっくんを横目に、トントン拍子にことは進み。
「ほらほら、何時までも落ち込んでない! 行くよー」
「あまり行きたくはないのですが」
「『(`;ω;´)』」
「スマホに顔文字出すなし、早くフラポ出す出す」
そして冒頭に戻る。
フライングプラットホーム
文字通り空中に浮く板に、手すりや椅子を着けたもの。
自転車やバイクに替わる次世代移動手段と目されてはいるが、価格的にそう広まっていない。
道交法上は軽車両に分類され、速度と高度を制限されている。
戦中は装甲化されたものが警らに監視、移動空中銃座としてよく使われており、いっくんのは横流しされた軍用機を改造したもの。頑丈で使いなれてるのが一番、と話している。
当然可愛くないが、丸みがあって愛嬌はある、らしい。