コーラとポテト
ようこそ、いらっしゃいませ
読後、面白ければいいねをよろしくお願い致します
くるくるとAR表記が変化する。
『ハラールからソイレントまで』
『大型の方でも対応しております』
『飲食店街からのテイクアウトも出来ます』
昼の混雑から解放された、少し気だるさが流れる第二イートイン。
巨大なショッピングモールに相応しく席数も多いが、いまは空席の方が目立つ。愛称は「真ん中のトコ」。
「今日はあーちゃんさん来ないそうです」
だからJK型アンドロイド二人が四人席を占領してても、特にも文句は言われない。
「この前のが恥ずかしくて、顔を出せない……訳がないよね、あーちゃんだし」
いっくんが、板状デバイスから少しハスキーな声で応える。最近のお気に入りらしい。
「あーちゃんさんですしね」
苦笑するいっくんに、声だけは明るい無表情なうっちン。
前までの、図形でいうなら丸い感じの声も良かったのにと思いつつ、疑問を投げ掛ける。
「この前の、で思ったのですが」
「うん」
「あーちゃんさんは使徒ですよね。始まりの三人の」
「あの研究所が家とかいってるし、まあ、そうなんでしょうね」
うっちンはコーラで喉を潤してから、続ける。
「なら中央に深々度ダイブして、味覚経験得れますよね」
「しかも制限なしでね。使徒だから」
「感度容量無制限、いい響きです」
全くの無表情で言いながら、フライドポテトを一本一本モグモグと食べていく。
「味わうだけなら、まあ、そうなんだけどさ」
「なんと?」
いっくんの心情にあわせて絞られた音量は、回りのざわめきで届かなかった。
「美味しそうだね、一本貰うよ」
そういうと、ひょいっと口に放り込む。
「良いですが、いっくんさんは機械生体混合型ではないですよね?」
「五菱の完全機械式だよ、塩分濃くないコレ?」
咀嚼し「味わった」後、ナプキンに見えないよう吐き出す。当然、塩辛いからではない。彼女には飲食する機能がないから呑み込めないのだ。
「この前も、今みたいにしたら味わうだけは出来たんだよね」
「ですけど、それって」
「あまり誉められたことじゃないよね。ポテトぐらいなら隠せるけど、一食分は無理」
デバイスを机に置いたまま会話を止めずに、いっくんはナプキンごと噛み砕いたポテトを捨てに席を立つ。
「味だけなら、電脳空間でもつまみ食いでも得れるけどさ。そう言うことじゃないんだよ」
少し離れたゴミ箱に立ついっくん。
「何をってのも大事だけどさ、誰とってのがより重要事項なんだよ、こういうのって、ね」
背を向けて立つ彼女の表情はわからない。
「不味くても皆となら楽しめるってもんでさ、判るかい?」
それでもデバイスから流れる声は、どこか気恥ずかしそで。
「よく……わかりません」
「そっか」
うっちンの困惑した返答に、なんとなく安堵する。
「いつかわかると良いね」
「わかるでしょうか?」
「私でもわかったんだ、うっちンならすぐだよ」
自分の頭、主要演算処理装置を指差しながら席につくいっくん。
「いや、ここはより浪漫的に。……こっちだね」
少し乗りだし、人より豊満なうっちンの胸をつつく。
「きっと、ここでね」
「ここ、ですか」
「そうよ」
「ナノプールで理解、奥が深いですね」
「え、そこ胃なの?」
「はい。ちなみに右は循環ポンプです」
「心臓そっち?!」
「ところで。いっくんさんは何故、味がわかるんですか」
「今は私の機能より、うっちンの体の話をしたいかなー?」
二人の止めどないやり取り、特筆すべきことのない物語は続いていく。
五菱重工
トラックから大型多脚兵器まで作る、日本の国防と深く結び付いている民間企業
信頼性が高く、現場での評判がいいものを作ることでも有名
いっくんの躯体も作っていた
いっくんの躯体は既に生産中止され、現在は補修部品だけ作られている
ソイレント
大豆とナノマシンで構成されている、サイボーグ用食品の総称
生身の人間が食べても問題ないが、美味しい訳ではない
サイボーグの間では、生身の人間用の食事は「生食」サイボーグ用は「大豆」と揶揄するのが定番の冗句