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第二話:黒の王女と元婚約者

こんにちは、山木といいます。

ゆっくり気長にやってます。

今回は移動中の馬車での話が主になります。

では、どうぞ。



「婚約者と言っても十二年も前の話で期間も半年そこそこだ。当時、僕はまだ四才、ペニー王女はようやく三才になったばかりだった」

「〝ペニー〟の愛称で呼ぶことを許されているのですね。今も」

「それはだな、カテラ」

「別に良いのですよ、弁解なさらなくても。テノール様が女性に人気があることはわかってますから」


 だったら、その嫉妬の炎を消してもらえないか、とテノールは思う。邸に帰る馬車に乗ってからずっと冷たい汗が止まらない。


「あれで自国のバルレティオンは元よりここシンフォニー、帝国や近隣の国でも人気があるからな。あのカラスの王女殿下は」

「一応、他国の王女だ。少しは気を使ってくれ」


 カラスはペニーヴェガの形容や隠語によく使われる鳥だが、過去にそれを叫んだ平民が不敬罪で捕まった例がある。


 嗜めるテノールにアレックスが「大丈夫、大丈夫」とひらひら手を振る。


「誰も聞いちゃいないって。内輪なんだから、もっと気楽に話そうぜ。と言っても今のお前には針のむしろか」


 アレックスに揶揄われた二人が顔を赤くして、同時に睨んだ。


「アレックス様!」

「アレックス、覚えてろよ」


「あーすまんすまん。俺はもう置き物に徹する。あとはお前たち二人と王女の問題だ」

「話をややこしくする気満々だろう、お前」

「滅相もない」


 詰め寄る二人に座席の隅に追いやられたアレックスが小さくなって「まぁまぁ」と手で制する。二人が座席に落ち着くのを待って、窓を流れる景色に目を移し、「やれやれ」とため息をついた。


「そういうテノール様こそ、どうこの場を切り抜けようかと思っているのではありませんか」


 同時にカテラのテノールへの嫉妬が再燃する。

 その言葉に「うまく躱せたか?」と胸を撫で下ろしていたテノールの心臓がドキッと音をたてる。

 それを察したアレックスがニンマリと笑って親指を立てた。

 アレックス、お前はーー人の気も知らずに。

 苦虫を噛み潰したような表情でアレックスを睨んだテノールは咳払いをひとつして間をとると、カテラに向き直り手を取る。


「そんなことはない、カテラ。僕が愛を注いで育てる花は君だけだ」

「テノール様……」


 正面からテノールに真顔で見つめられ、カテラの顔がうっとりと、更にぽおっと赤く咲いたように色付く。

 見つめ合う二人の間に特有の色香が漂い出す。今にもテノールの胸に飛び込みそうなカテラに、横目で見ていたアレックスが堪らず釘を刺す。

 

「頼むから、そういう台詞は二人っきりの時に囁いてくれ」

「セレスをひとりっきりで帰した報いです」

「勘弁してくれ。セレスがああいった催しや会場が苦手なのはカテラ嬢も知ってるだろう。彼女は他人の『気』に敏感だ。会場でのセレスの顔色を見ただろう。あんな彼女の姿を俺は見たくないし誰にも見せたくない」


 剣の腕はすでに師団長級、ガサツが服を着て歩いていると揶揄されるアレックスだか、その素顔は純朴で、身分の隔てなく誰にでも平等に接する優しさの持ち主であることをカテラは知っていた。


「セレスは幸せ者ですね」


 あのねカテラ、わたし、アレックス様と婚約することになったの。

 紅潮した頬を恥ずかしそうに押さえ、カテラに婚約の報告するセレスが今も思い出される。

 これまで見たことのない親友の笑顔は、とても幸せそうで眩しかった。

 窓に写る親友の婚約者、照れ隠しに明後日の方を向くアレックスの赤い顔が、セレスの姿にだぶる。

 アレックスのそんな姿を垣間見る度、この方がセレスの婚約者で本当に良かったとカテラは心から思うのだ。


「も、もういいだろう。いい加減、オモチャにするのはやめてくれ。セレスのところには明日一番に見舞いにいく。大体、ペニーヴェガ王女の話から何故こっちに飛び火するんだ。しかし、幼かったとはいえ半年は早いな。理由はなんだったんだ」


 言ってから聞いても良かったのかと後悔したが、以外にもあっさりテノールは答えた。

 むしろアレックスの方が心配する。


「いや、実際は三ヶ月もなかったように思う。理由は病気療養だった筈だ。何度か見舞いにも伺ったが、その後、王女は治療のためとプレアデス帝国ミネルバ皇太后の元に行ってしまったからな」

「本当に病気だったのですか」


 カテラの疑問はもっともだ。

 貴族の婚約は両家の互いの思惑が絡み合う。本人同士をないがしろにすることなど、ほぼ日常と思っていい。

 そういう意味では、ここに乗り合わせた三人は三人共に、自分たちは運が良いと思っていた。

 

「さあ、どうだったかな。何せ十年以上も前のことだから、記憶も曖昧でしかない。他に理由があったかもしれないが当時の僕には知りようがなかった。ただ父上は大分ごねたらしい」

「それはそうだろう、帝国と同等とまではいかないが、ここシンフォニー王国も周辺に比べれば大国、しかもここの公爵だ。プライドもある」そして、と続けて「うまく行けば帝国と独自のパイプが持てる」

「そうなったらなったで、シンフォニーでの立場も微妙に変化して参りますね」


 カテラの手がドレスの裾をキュッと掴む。

 その手をテノールがそっと包みこんだ。

 テノールもカテラの、アーロン家の事情を知っていた。


「魔導王国と帝国の後ろ盾、か」


 アレックスが流れる景色を見ながらつぶやく


「それ以上はやめてくれ。背筋が寒くなる」

「確かにな」


 ソプラード領の独立、その言葉がアレックスの頭を掠める。

 豊かな自然とゆるやかな丘陵からなるソプラード領は今も昔も、ここシンフォニー王国の食糧の要だ。王国最大の広さを持つ領地はその主だった場所が耕作地、農場となっている。過去には「百姓公爵」「田舎貴族」と呼ばれ、馬鹿にされもしたが、いまはそんなことをいうものはいない。


 これにはテノールの曽祖父が経験した未曾有の王国飢饉の経験があったからだ。

 開墾、耕地改良技術の向上、農作物の品質向上、そして何より寒冷、干ばつに強い、天候に左右されない作物の品種開発に力を入れた。


 しかし当時はそういうことに対しての理解がなかなか得られず頓挫しそうだったところ、手を差し伸べてくれたのがバルレティオン王国の魔法ギルドだった。


 バルレティオンはシンフォニーより小国ではあったが幅広い独自の技術があった。魔術師が多く、また錬金術も盛んだったことから鉱山開発、それに伴った土木技術、魔巧機械の分野にも強かった。

 また帝国との結びつきも強く、広く技術協力、文化交流が行われていた。


 推定餓死者二万人強とも云われ、周辺諸国にも多大な影響を及ぼしたシンフォニー王国大飢饉を帝国以外で自国のみで乗り切った数少ない国の一つであり、その後、弱った周辺諸国を『火事場泥棒』と皮肉られながら吸収し発展していった。


 魔法ギルドがシンフォニー王国、ソプラード領に提供したのは、魔法でも錬金術でもなく、純粋に技術力だけだった。


 しかしそれこそが王国、ソプラード領が最も欲していたものであった。


 本来なら政治戦略的な条件下で使用されてもおかしくないものだったが、バルレティオン王国は魔法ギルドをトンネルとして通す形ではありながら、他国であるソプラード領に惜しむことなく提供していった。


 そこにどんな思惑が潜んでいたのかを、今となっては知りようもないが、当時のシンフォニー王国、そしてソプラード領にはそれを拒める選択肢はなかった。


 しかしそこから何度もの試行錯誤があり、幾つもの失敗や成功を重ねて、やっとそれが形となり、現在のように芽咲き始めたのはテノールの父親世代になってからだった。


 今では新鮮な農作物と畜産からの質の良い乳製品、食肉などに魅力を感じやってくる著名な料理人、美食家も多く、ソプラードの領都はいまや王都に次ぐ『食』の街として発展し始めている。


 また、農作業の合間の息抜き、趣味として行われてきた庭作り、ガーデニング技術の素晴らしさが商人、商隊キャラバンからの口コミで広がり、愛好家があしげく通うようにもなっている。


 それを足掛かりに最近では観光業も盛んになりつつあり、主だった街道整備も大急ぎで行われていた。


 そしていまは馬産地として、王国軍の要にもなりつつあった。


 しかし守備の固い王都、領都から一歩外に出れば、そこは未だ魔物、野党盗賊が跋扈する黒塗りの世界が広がっているのもまた事実だった。


「それで、王女が〝魔眼〟持ちだと、どうしてわかった。しかも〝魅了チャーム〟だと」


 それが真実なら、使いようでは「国」すら落とすことが出来る。脅威以外の何者でもない。


「本当です。まさか王女との婚約の真の目的とは、その〝魔眼〟が関係しているのですか」

「それこそまさかだ。僕が王女の〝魔眼〟を知ったのは婚約解消後のことだ。〝魔眼〟については父ですら知らなかった」

「さすがは魔導国バルレティオンってところだな。その辺りの隠蔽はさすがだな」

「そして婚約解消後すぐに、僕は父と共に王都の城に呼びだされたんだ」

「国王陛下に、ですか。なにか問題でもあったのですか」


 カテラの問いにテノールが何か嫌なものを見るように顔をしかめ首を振った。


「陛下に呼び出されたのは事実だが、実際には宮廷魔術師筆頭のアンブローズ・マーリン先生に、だった」


 そこでテノールは自分が〝魅了〟の魔法にかかっていること、早急に解除しなければ、このまま囚われたままになってしまうこと、(それはつまりいつでも君を自分の都合の良いように使える可能性があるってことだ。アンブローズ談)

 そしてここで初めてペニーヴェガ王女が〝魅了チャームの魔眼〟持ちであることを知らされ、テノールにかけられた〝魅了チャーム〟の原因であることを、まるで教科書を読むように説明されたのち、暫く王宮内にあるアンブローズの研究室兼別邸で過ごすようにと、国王のサインとの書簡で言い渡された。


「まあ、麗人佳人にご縁がありますのね」

「まったくだ。アンブローズ先生だあ? なんて羨ましい奴だ、この裏切り者!」

「そんないいものじゃない、なかった! 〝魅了チャーム〟解呪はことのついでで、本当の目的は〝魅了チャーム〟分析と情報収集ーー早い話がモルモットだった」


「それはまた……」

「お気の毒に」

「今にも吹き出しそうな顔で言われても嬉しくないぞ」

 

 アンブローズ・マーリンはシンフォニー王国の宮廷魔術師筆頭第一位の魔法使いで、美貌と毒舌で有名だった。

 森人エルフの血縁(血)が入っているのではないかと噂される腰まで流れる金糸の髪、鼻筋が通った顔立ちに翡翠の物思いに耽るような切れ長の目。彼女とすれ違う者は十人中十人が足を止め振り返るとまで言われる。が、それを台無しにしているのが、彼女の国王にさえ容赦のない毒舌だった。

 その恐れを知らない姿は神々しくさえ見え、特に平民からの人気が高かった。

 いつも二言目には「さっさとこんなところ出て行ってやる!」が口癖で、テノールらが通う王立モニーオーケスト学園の魔法科の教師も勤めていた。

(ぜひ学園長を、との声もあったが、引き受けるくらいなら学園を消す! と全力で断られた)


「そこまでしてもらった理由としてはーー」

「僕の継承権が絡んでるためだろうな」


 ソプラード領が現在の形になったのは、今は廃止された側室制度がまだ残っていた頃の王国、当時の第二王妃の長男、テノールの高祖父がその祖であり、当時の国王とは同父異母の関係にあった。また順位は低かったが王位継承権も保持していた。


 それは現在でも継続中であり、テノールもまた実父に継ぐ継承権が与えられていた。


(その頃の第三王妃の浪費癖が王国財政を傾け、あの大飢饉を引き起こしたと云われ、その後の側室制度廃止へと繋がった。

 王妃は結託していた取り巻きの貴族、商会と逃亡を試みるも捕まり、斬首刑となり、更に実家の伯爵領、取り巻きの貴族の領地も取り潰し没収、一時的に王国直轄とされたのちに、ソプラード領、またその周辺貴族に分配併合された)


 そのため祖父や父に付いて何度か登城し国王との謁見も経験していた。

 その中で年上の王太子のレオニス、第二王子のシリウス、そして歳の離れた第三王子オリハミスを紹介された。

 オリハミスとは同年齢だったこともありすぐに打ち解け、また上二人の従兄たちにもオリハミス同様に可愛がられ、その関係は今も続いている。


 その後、公務執務に忙しくなり始めた従兄二人に変わる形で、テノールの幼馴染だったアレックスが加わり、今尚、おそらくは生涯の親友(腐れ縁)が出来上がる。


(しかし、お二人共、変わられてしまった)


 登城の際に従兄からテノールにかけられる声は今も昔も変わることはないが、陰で語られる噂や評判は耳を疑うものばかりだった。


 執務、公務は優秀であるが冷酷な王太子、かたや次期宰相と言われながら、社交界であちらこちらと浮世を流す第二王子。


 最近では国王も諦めたのか、それでも国政は丸く統治されているためか、それを諭すことも無くなっていると聞く。


 そしてオリハミスは二人の従兄と比べ、余りにも平凡だった。

 たしかに学園では人気もあり、生徒会長を務め、成績もトップクラス、スポーツも万能と非の打ち所がない。

 しかしそれでも二人の兄には到底及ばず、「及第点」と冷やかに囁かれていた。


 話がひと段落し、再びテノールとカテラがイチャイチャモードに突入しようとしたところで馬車がゆっくりと速度を緩め、止まった。


 御者が屋敷に到着したことをテノールに告げると、アレックスがやれやれと大きく身体を伸ばした。


「さて、続きはテノールの部屋で聞くとするか。まだまだ夜は長いぞ」

「馬鹿なことを。明後日はお前も学園だろう」

「わたくしも。送っていただきまして、ありがとうございました。また明後日、学園でお会い致しましょう」


 テノール、アレックスと続き、最後に席を立ったカテラに、待っていたテノールが手を差し延べる。


 顔を赤らめながら「あ、ありがとうございます」とその手を取ったカテラをテノールは自分の胸に抱き寄せた。

 普段のテノールからは考えられない大胆な行動にアレックスはもとより、周りに控えた従者、メイドらからも声が上がる。


 そんな中、彼女だけに聞こえる小声でテノールが言った。

 それはこれから自分の屋敷に戻る婚約者に贈る愛の言葉ではなく、自制を促す言葉だった。


「カテラ、僕は君だけを愛している。だからーー決して先走ったことはしないでくれ」


 その意味を受け取ったカテラが、更に強くテノールの手を握った。


「解ってますわ、テノール様。決して、そのようなことはーー」


 愛するひとのその言葉と微笑みに、テノールも安心したような笑顔を返した。

 しかしカテラはその言葉の影で暗く渦巻く自分の心を抑えきれずにいた。


 ペニーヴェガ、テノール様は渡さない。



読んで頂き、ありがとうございます。

次回は少しスプラッターになるかもです。

次も読んで頂けたら光栄です。

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