前代未聞
遂に始まるエクスVS猛獣“ボアベア”
果たして勝つのはどちらなのだろうか!!?
猛獣“ボアベア”は、この森の主である。そしてそれはボアベア本人も本能的に理解している。自分に逆らう者は勿論、脅威となる者はいない。そう、ずっと思っていた。
今、目の前に自分と同じ背丈の人間が立っている。匂いで既に余所者が二人、森に侵入している事は分かっていた。一人は真下にいる雌の人間。そしてもう一人がこいつだ。
振り下ろした前足を片腕で防いで見せた。その瞬間、ハッキリと理解した。この人間は強い。
ボアベアは後ろ足に力を込め、素早く後ろに飛ぶ事で、エクスとの距離を一瞬で離した。
するとエクスは逃げる事無く、ガミーヌを守る様に前に出た。ガミーヌは、未だに信じられない光景を目にし、呆然としている。
「……どうして……」
やっと出た言葉は、あまりにか細かった。戸惑いと疑問。その二つが彼女を酷く混乱させていた。こんな危機的状況で聞くのは非常識だろう。しかし、それでも聞かずにはいられなかった。知らずにはいられなかった。
「どうして私を助けるの? あんな……生意気な態度を取ったのに……ねぇ、どうしてなの……?」
先程よりもハッキリとした口調。聞こえている筈なのだが、エクスは何も語らずにボアベアに戦いを挑む。その勇猛果敢な姿に対して、最早何も聞く事は出来なかった。そしてたった一言だけ、ガミーヌは彼に送った。
「負けないで」
ボアベアの前に立つエクス。しかし、両者共に一定の距離を取りながら、攻撃を仕掛けようとしない。睨み合う二人。次第にピリピリと緊張感が増していき、今にも爆発しそうだった。そしてそんな緊張感に堪えかねた小鳥達が、一目散に飛び立った次の瞬間!!
「ごああああああ!!!」
先に動いたのはボアベアだった。持ち前の巨体を生かした純粋なタックル。普通の人間が食らえば、瞬く間に体は粉々に砕け散るだろう。そんなタックルに対して、エクスが取った行動はまさかの“受け止める”だった。
「エクス!!」
エクスは衝撃で数センチ後ろに下がるが、見事ボアベアの巨体を受け止めきった。
「ごああああ!!!」
するとボアベアは、慌てて自身の牙を使ってエクスを貫こうとするが、それよりも早くエクスがボアベアの巨体を持ち上げ、遠くに放り投げた。
放り出されたボアベアは空中を飛び、その先の巨木に全身を打ち付ける。
「や、やった!!」
「ごあああああああああ!!!」
ガミーヌが喜ぶのも束の間。ボアベアは四足歩行で起き上がり、前足を掻き鳴らし始める。
「不味いわ!! 気を付けてエクス!! ボアベアお得意の突進が来るわ!! あれはさすがのあなたでも受け止めきれない!!」
ガミーヌが忠告をすると、予想通りボアベアがエクス目掛けて突進を仕掛けて来た。するとエクスは引きずっていた剣を両手で握り、天高く掲げて見せた。その様子にガミーヌが驚きの表情を浮かべる。
「ちょ、何やってるのよ!!? 早く避けなさいよ!!」
先程の勢いの無いタックルとは異なり、ある程度速度の付いた突進。ガミーヌが避ける様に指示するが、エクスは避ける素振りを全く見せず、それどころか剣を天高く掲げたまま動こうとしない。
迫り来るボアベア。遂に両者が接触する正にその瞬間、エクスは天高く掲げていた剣を勢い良く振り下ろした。
ぶつかり合う牙と剣。その凄まじい衝撃に周りの木々がざわめき出す。更にお互い衝撃で吹き飛ばされずに済むや否や、ボアベアの牙とエクスの剣が激しい打ち合いへと発展し始める。
エクスの攻撃に対して、ボアベアが牙で弾き返す。逆にボアベアの攻撃に対して、エクスが剣で弾き返す。両者一歩も引かず、激しい打ち合いが続く。
「す、凄い……」
その圧巻の攻防に思わず息を呑むガミーヌ。ずっと見ていたくなる程の光景。しかし、終わりは突如としてやって来る。
エクスの放った一撃が、ボアベアの牙を斬り落としたのだ。
「ごあああああああ!!!!」
絶対に負けないという自信。誇りでもあった自身の牙が斬られた事実は、ボアベアもさすがに堪えたらしく、慌てふためきながら二本足で立ち上がり、むやみやたらに前足でエクスに攻撃を仕掛ける。だが、極度の混乱状態から放たれる攻撃は、単調で切れがまるで感じられなかった。
一時的な動揺だが、エクスはこのチャンスを逃さない。攻撃を避けつつ、タイミングを合わせ、下から上に薙ぎ払う形で、ボアベアの両前足を斬り飛ばした。
「ごああ!!! ごあああああ!!! ごあああああああああ!!!」
斬られた前足から、血が噴水の如く噴き出す。ボアベアはこの時初めて痛み、そして恐怖というものを味わった。死にたくない。急いでその場から逃げようと振り返った。そう、敵であるエクスに哀れにも背を向けてしまった。
ボアベアが逃げるより早く、エクスがその無防備な背中を蹴り倒した。ボアベアは前のめりに倒れ、慌てて立ち上がろうとするも前足が無くては上手く立ち上がれない。そうこうしている内にエクスがボアベアの真横に移動する。すると左足でボアベアの背中を上から押さえ付ける。
「ごあああ!!! ごあああああああああああ!!!!!」
鳴き声。否、これは死を直面した者達が上げる悲鳴。エクスは剣を振り上げる。そしてボアベアの首目掛けて勢い良く振り下ろした。その瞬間、森中に響き渡っていたボアベアの悲鳴が聞こえなくなった。野獣の森の主は今日、死んだのであった。
「凄い……凄い凄い凄い!!!」
エクスの戦いぶりに興奮したガミーヌは、痛みなど忘れてエクスの体に勢い良く抱き付いた。
「凄いわエクス!! 只者じゃないとは思っていたけど、まさかここまでだなんて!! さっきまで無口で愛嬌が無い男だと思ってたけど、見直しちゃった!!」
エクスは相も変わらず何も言わず、黙々とボアベアの生首を掴み、ガミーヌに抱き付かれながら歩き始めた。
「だって私を助けたって事は、私のパーティーに入る気になったって事でいいのよね? 本当に興味が無かったら、わざわざ体を張ってまで助けたりしないでしょ? もし違うのなら、私を今すぐ体から引き剥がしたらどう?」
そう提案するガミーヌに対して、エクスは引き剥がす素振りすら見せない。その様子にガミーヌは満面の笑みを浮かべ、抱き付いていた体から離れると正面に回り込み、両手を後ろに回して前屈みになりながら上目遣いで見つめる。
「えへへ、これからよろしくね」
そんなあざといポーズを見せるガミーヌを無視して、エクスは真横を通り過ぎる。それに対して、プルプルと全身を震わせるガミーヌ。
「もう、照れ屋さんなんだから!! 待ちなさいよね」
しかし、今度は怒りでは無く喜びの反応を見せた。鼻歌交じりのスキップをしながら、一人先に行くエクスの後を追い掛けるのであった。
***
ズリ……ズリ……ズリ……ズリ……。
今日もまたラフスに“あの音”が聞こえて来た。住民達はいつもの様に道を開け始める。だが、直ぐにいつもと様子が違う事に気が付き、周囲がざわつき出した。
「お、おい嘘だろ……あのエクスの前に……人が……人が歩いてる!!?」
エクスの正面を堂々と歩くガミーヌ。時にその場で停止し、エクスの通行を阻害するが、その度にエクスが足を止めて一緒に立ち止まる。
「どうなってるんだよこれは!!? エクスルールを破っているのにどうしてあの子は平気なんだ!!?」
訳が分からず混乱する住民達。そんな彼らにガミーヌが得意気な表情を浮かべ、自慢気に語り始めた。
「言っておくけど、これは私が特別だからよ。何を隠そうエクスはこの私のパーティーに加わったんだから!!」
「「「「「「えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」」」」」」
ガミーヌから語られた衝撃の告白に、住民達が驚きの声を上げる。空いた口が塞がらず、呆然と立ち尽くしていた。そんな住民達の様子にガミーヌは更に得意気な表情を浮かべる。
「それじゃあ、私達ギルドに報告しなくちゃいけないから。あの野獣の森の主である猛獣“ボアベア”退治の報告をね!!」
「「「「「「えぇええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」」」」」」
更に大きく響き渡る驚きの声。
「こんな事が本当にあり得るのか!!? あのエクスがパーティーだなんて!!?」
「こりゃあ……前代未聞の一大スクープだぞ!!!」
沸き立つ住民達を他所にホクホク顔のガミーヌはエクスを連れて、冒険者ギルドに足を運ぶのであった。
「お待たせしましたエクス様。正式に依頼を受理致しました」
ボアベアの生首を証拠に、討伐依頼達成の報告を無事に終えた二人。そして次の新たな依頼を受けていた。受付は勿論、あの塩対応受付嬢。彼女を前にしながら、ガミーヌは得意気な表情を浮かべる。
「ふふん、どう? 私達、パーティーを組む事になったのよ?」
「それでは行ってらっしゃいませ」
「ぐっ、ぎぎぎ……その変わらない塩対応……ムカつくわ……けど、今日は気分が良いから許してあげる。感謝しなさい。あっ、そうだエクス」
変わらない塩対応に、若干顔を歪ませるも何とか冷静になるガミーヌ。そしてふと思い出したかの様にエクスに声を掛ける。
「あなた、直ぐにでも目的地に向かいたいかもしれないけど、その依頼は明日からにしましょう。女性には色々準備が必要なのよ。だから明日、この冒険者ギルドで待ち合わせしましょう。いい? 一人で行っちゃ駄目だからね、約束よ。それじゃあ、また明日ね」
一方的に用件だけ伝えると、ガミーヌは冒険者ギルドを後にした。
「……そうですか、あの方がそうなのですか……」
少しすると受付嬢がエクスに語り掛けて来た。
「では漸く始まるのですね。あなたの“復讐”が……」
その言葉にエクスの鼻息が荒くなる。
「アリスクラット家を皆殺しにする。女も子供も例外無く……初めて会った時、そう聞かされたあの時の事は今でも脳裏に焼き付いています」
すると落ち着いたのか、エクスは何も言わずその場を後にする。
「吉報を心よりお待ちしております」
そう言いながら頭を下げる受付嬢。その時、後ろからギルドの職員が声を掛けて来た。
「あの……大丈夫でしたか? 何か話されていたみたいですが?」
「はい、何も問題ございません」
「あぁ、よかった。本当なら受付嬢である私が対応しなくてはいけないのに……いつもすみません“ギルドマスター”」
「気を使わないで下さい。私が好きでやっている事なので……」
そう言うと受付嬢……もといギルドマスターは妖艶に笑みを浮かべるのであった。
これにて序章は終了となります。
次回から漸く第一章がスタートします。
次回もお楽しみに!!
評価・コメント・ブックマークお待ちしております。