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救出

 俺は今、信じられない物を目にしている。自分の操り人形である筈のシヴァハ。奴の妹を人質に取る事で、今まで反抗の意思など微塵も見せなかった。それが今日一日で急展開を見せ始めた。出る必要は無いと釘を刺したにも関わらず、今回のコロシアムトーナメントに出場して来た。


 呼び出して問い質せば、優勝するつもりだとほざいた。当然、妹を盾に棄権する様詰め寄った。そして奴はそれを受け入れた。そう、表向きは……。


 俺は内心、奴が妹の居場所に感付いたと思った。だからこそ、唯一俺の拘束時間が長いコロシアムトーナメントを狙って来たんだ。きっと奴は棄権しない。勝ち上がろうとする筈だ。そんな俺の予想は見事的中した。シヴァハは、勝負に出た。


 ウチの女性スタッフを抱き込み、あろうことかこの俺に色仕掛けを仕掛け、鍵を奪おうと仕掛けて来た。しかし、俺は奴の作戦を看破し、女性スタッフを始末する事で対処した。これで俺の完全勝利。今まで通り、シヴァハは俺の操り人形……の筈だったのに……何で…何で……。


 「何で、勝ってやがるシヴァハぁああああああああああああ!!?」


 怒号を上げるグレル。最早、周りの目など気にしてはいなかった。本来であれば観客達も不審に思うだろうが、幸いにもコロシアム史上最弱の戦士が勝ったという事実に会場中が沸き立ち、それよりも大きな歓声によってグレルの声は掻き消された。


 「何をしているのか分かっているのか……これは完全に裏切り行為だぞ(どういう事だ? 何故、奴は勝ち上がった? 作戦は失敗したんだぞ? まさか失敗した事を知らずに勝った? いや、ここまで慎重に動いて来たシヴァハが、ここに来て運に頼るのはおかしい。そうなると残された可能性は……伏兵か!!?)」


 勝ち誇った表情を浮かべるシヴァハを見ながら、右手の親指の爪をかじって考え続けるグレル。そんな中、一つの答えに辿り着いた。


 「(あの女以外にも仲間がいたとなればシヴァハの行動にも説明が付く。もしかすると、あの女は只の囮だった可能性すらある。俺の注意を引き付けている間に、妹を取り返す作戦……だが、それには致命的な穴がある!! あの部屋に入るには鍵が必要となる。そしてその鍵は常に俺のポケットに……ま、まさか!!?)」


 その瞬間、グレルの脳裏に嫌な予感が過る。慌ててポケットに手を突っ込み、感触を確かめる。


 金属。わっか状の金属に複数の鍵が束ねられているのが分かる。グレルはホッと胸を撫で下ろすが、まだ安心は出来ない。もしかしたら偽物とすり替えられているかもしれない。そんな事を考えながら、恐る恐るポケットから鍵の束を出して見る。


 「…………ふっ、ふふふ……ははははははははは……」


 グレルは静かに笑った。取り出した鍵の束は自分の見覚えのある物だった。鍵のそれぞれの形から、長年使って来た事による細かな錆びなど疑う余地など無かった。


 「どうやら俺の杞憂だった様だな。見ろシヴァハ!! お前の作戦は失敗だ!! こうしてちゃーんと鍵の束はあったぞ!! そしてお前の大切な妹がいる部屋の鍵もこの中に……?」


 完全勝利を宣言し、シヴァハに向けて鍵の束を見せつけながら、自室の鍵を探すグレル。しかし…………。


 「……この……中に……ちょっと待て……この……この中にある筈なんだ……おいおい嘘だろ!!?」


 いつも見ている鍵の束に違和感を覚えるグレル。まさかと思い、勘違いであってほしいと願いながら、鍵の束を一本一本確かめていく。


 「……無い……」


 この鍵の束は、たった一本の鍵を守る為に用意された物。だが、その肝心の一本が無くなっていた。最早、この鍵の束は何の役にも立たない鉄の塊である。


 「…………っ!!!」


 グレルは鍵の束を放り捨て、脇目も振らず走り出した。そんな慌てた様子を見届けたシヴァハは、会場を後にしていくのだった。




***




 「あれ? グレルさんそんなに急いでどうしたんですか? 試合はもう終わったんですか?」


 「うるさい!! 邪魔だどけ!!」


 「うわっ!!?」


 コロシアム通路。グレルは猛進していた。途中、何度かすれ違うスタッフ達を払いのけ、自室へと真っ直ぐ向かっていく。


 「グレルさん、いったいどうしたんだ?」


 そのあまりの気迫に、スタッフ達も動揺を隠せなかった。そんなスタッフ達に目もくれず、グレルは自室へと急いだ。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 自室前に辿り着くと、扉はいつもと同じ様に閉まっていた。グレルは生唾を飲み込みながら、ドアノブに手を掻ける。どうか開いていません様に、そんな淡い願いを抱きながらドアノブを回し、扉を開けようとした。そして……。


 「…………」


 扉は呆気なく開いてしまった。さっきまで走って暖まっていた体から、一気に体温が奪われる程の恐怖という名の寒気を感じる。恐る恐る部屋の中に足を踏み入れるグレル。


 そこに広がっていたのは、めちゃくちゃに荒らされた部屋だった。机、クローゼット、タンス、ソファ、本棚と特に大きめな家具は根こそぎひっくり返されてしまっていた。そして当然、巨大な絵画も外されており、その裏に隠されていた隠し部屋と通じる通路も丸見えだった。


 「ぐっ……がっ……ぎぎぎ……!!!」


 今にも爆発しかねない感情を抑え込みながら、重い足取りで隠し部屋に入るグレル。


 中は思ってた以上に綺麗で、置いてある家具も高級品ばかり。天蓋付きベッド、ドレッサーにサイドテーブル。更にその上には紅茶と高級菓子が置かれている。パッと見ても分かる通り、丁重なもてなしをしていたみたいだ。


 そんな中、この部屋に似つかわしく無い物が一つだけあった。それは“足枷”。鎖付きの壁に固定されたその真っ黒な足枷からは、捕らえて監禁した人間をここから決して逃がさない意志が感じられた。


 しかし、その捕らえて監禁している筈の人間の姿が何処にも見当たらない。よく見れば、足枷が破壊されている。どうやら中身の人間は既に逃げ出してしまったらしい。


 「ぐっ……ぐぐぐ……がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 遂に抑え込んでいた感情が爆発した。グレルの叫び声は、周囲に響き渡る。しかし、周りの壁は完全防音の為、グレルの声が外に漏れる事は無かった。




***




 一方、グレルが慌てて走っていくのを見届けたシヴァハは、会場を後にしていく。その先でガミーヌ、エクス、ルムの三人が出迎える。そしてその中にもう一人……。


 「お兄ちゃん……?」


 「!!!」


 忘れられない……忘れる事など出来ない懐かしい声。シヴァハが声のした方向に顔を向けると、そこには三年前と変わらぬ姿をした妹のパチェが立っていた。グレルに着させられたであろう、高級ドレスに身を包んではいるが、間違いなく愛しの妹だ。


 「パチェ……」


 「お兄ちゃん!!!」


 駆け寄るパチェ。二人はぎゅっとお互いを強く抱き締め合う。二人の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。


 「本当に……本当にお兄ちゃんなんだね!!?」


 「パチェ!! あぁ、そうだ!! ずっと……ずっと会いたかった!!」


 「私も!! 私もずっとお兄ちゃんに会いたかった!! 寂しかった!!」


 「すまない!! 心細い思いをさせてしまって!! もう二度とお前を離さないぞ!!」


 わんわんと涙を流すパチェを永遠と抱き締めるシヴァハ。そんな二人の姿にガミーヌも少し涙ぐんでしまう。


 「うん? どうかしたかガミーヌ?」


 「な、何でも無いわよ!! ちょっと、目にゴミが入っちゃっただけ!!」


 「ふふっ、そうか……なら仕方ないな」


 ルムに指摘され、慌てて袖で涙を拭いながら言い訳するガミーヌ。それに対して、ルムは思わず微笑んだ。


 「パチェ、グレルの奴に酷い事されてないか?」


 「う、うん、大丈夫だよ。あのグレルっていう人、優しくもてなしてくれたよ」


 「本当か? 無理してないか?」


 「彼女が言っている事は本当よ。パチェが監禁されていた部屋は、高級品で埋め尽くされていたわ」


 「そ、そうか……恐らく人質としての価値があったから、下手な真似はしなかったんだろうな」


 「あっ、でも……」


 「でも何だ!!?」


 何かを口にしかけたパチェに、シヴァハは食い入る様に聞き返した。


 「監禁された最初の頃、あの人いつも……」


 『ここは俺とパチェの愛の巣だ。お前が望む物なら、何でも差し出そう。勿論、自由以外だがな』


 「……って」


 「それって完全に……ね?」


 「ふむ、プロポーズじゃろうな」


 「あの野郎……よくも俺のパチェにそんな事を……絶対に許さねぇ!!!」


 監禁されていた事よりも、愛の言葉を囁いた事に怒り狂うシヴァハ。三年ぶりに会えた妹に対して、シスコンを発揮する兄の姿に、パチェとガミーヌ達は若干引いていた。


 「それにしても、よくあのグレルから鍵を盗み出す事が出来たな」


 「えぇ、全て私の完璧な作戦と……ルムの変身能力のお陰よ」


 「変身能力?」


 そう言うと、ルムは人間の姿から瞬く間に“蛇”の姿へと変わって見せた。


 「きゃっ!!」


 「こ、これは……!!?」


 その様子に驚きを隠せない兄妹。


 「鍵の束自体を盗むのは簡単だけど、それじゃあすぐにバレてしまう。盗むのなら鍵の束から目的の鍵を一本だけピンポイントに盗む必要がある」


 「あぁ、それは俺もずっと考えていた。だが、どれがその鍵なのか探し当てるのは困難だ」


 「そこでルムの出番よ」


 「わしが蛇に変身したのは、何もなりやすいからとか、潜り込みやすいからとかでは無い。蛇は体温で物を見分ける能力がある。それを使って、あの男が握り締めていたであろう鍵を見分け、盗み出して見た所……」


 「大当たり!! グレルの自室の鍵だった訳よ」


 「成る程、そうするとあの女性スタッフは?」


 「あれはルムが鍵を盗み出す際、グレルの注意を他に向ける為に、私が差し向けたのよ。あなたの話から、彼女は前々から給金に不満がある事は知っていたからね。仕事中の忙しい時を狙えば、上手くいくわと唆したんだけど……まさか殺されるとは思っていなかったわ」


 「そうだったのか……」


 「あの人には悪い事をしたわ……」


 「お前が気に病む必要は無い。悪いのはグレルだ。あいつが全ての元凶なんだからな」


 「ね、ねぇ、お兄ちゃん……早くここを出ましょう。何だか嫌な予感がするの……」


 すると、パチェが辺りを見回しながらシヴァハの袖を引っ張り、ここを出る事を促して来る。


 「そうだな。もうここにいる必要も無いからな。俺達はこれで失礼する。お前達はどうするんだ?」


 「私達はこのままトーナメントに出続けるわ。正体だってバレていないし、元々そのつもりでここに来たんだからね」


 「そうか……色々と世話になったな。お前達が優勝する事を祈っている。もし、困った事があったらいつでも俺を頼ってくれ。協力は惜しまない」


 「えぇ、そうなったらそうさせて貰うわ」


 「じゃあな」


 そう言うと、シヴァハ達はコロシアムから去ろうとする。


 『おいおい、いったい何処に行こうと言うんだ? シヴァハ?』


 「「!!?」」


 そこに現れたのは、グレルだった。血走った目でこちらを見ている。更にその後ろには控え室にいた筈の戦士達までもいた。


 「グ、グレル……!!!」

見事、妹のパチェを救い出した一行。

しかし、逃げようとする兄妹の行く手を怒り狂うグレルが立ち塞がる。

次回、大乱闘勃発!!?

次回もお楽しみに!!

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