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エクス

少し時間が掛かりましたが、第二話投稿します。

 ズリ……ズリ……ズリ……ズリ……。


 ラフス。人口約百万人の規模を誇り、物資の運搬として地上用の馬車や、海上用の船を大量に保有している。


 その為、各地の商人達が挙って利用するこの町は、世界でも指折りの貿易都市となっている。


 そのお陰もあり、常に活気で満ち溢れ、ラフスに暮らす人々は“ある一点”を除いて、大変満足していた。


 今日も遠方からやって来た旅人や、貿易をしに来た商人、そして純粋に買い物を楽しむ者達で溢れ返っていた。


 そんなラフスは建物だけで無く、歩く道までも確り頑丈に舗装されている。しかし、その歩道の真ん中には“一本の真っ直ぐ伸びた奇妙な溝”が掘られていた。線はガタガタである事から、意図して作られた物では無い事が一目で分かる。


 誰かが躓いてでもしたら大変だろう。にも関わらず、人々は気にも留めていない様子だった。地元住民ならいざ知らず、毎月貿易をしに来ている商人達までも気にしていないというのは、可笑しな話だ。


 両名のこうした様子から、唯一疑問に思っている遠方からの旅人達も、“そういう道”として認識し、誰も口にしようとしない。


 そんな町中を一組の男女が歩いている。童顔で傷一つ無いピカピカの鎧を身に纏う男の子は町の様子に口が開きっぱなし、同じく童顔で汚れ一つ無いローブを身に付けた女の子は両目を蘭々と輝かせていた。


 その垢抜けない様子から、一目で田舎の出なのがよく分かる。


 やがて、ローブの少女が鎧の少年の傍を離れ、突然走り出した。


 「“クリス”!! 早く早く!!」


 「ちょっと待ってよ、“エリーナ”!!」


 “クリス”と呼ばれる少年は、先行した“エリーナ”という少女の後を慌てて追い掛けた。


 「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 世にも珍しい一つ目の魚だよ。気になる味は食べて見てからのお楽しみ!! さぁ、買った買った!!」


 「ラフス限定のお菓子はいかが? 舌の上でとろける優しい甘味を堪能して見ませんか?」


 「武器!! 武器はいらないか!? このご時世、丸腰は危険だ!! 冒険のお供にどうだ!?」


 「うわぁ……凄い……」


 積極的に声を掛け、商いをする商人達の間を急ぎ足で通り抜けるエリーナとクリス。町全体が和気あいあいとした雰囲気に包まれる中、“奇妙な音”が響き渡る。


 ズリ……ズリ……ズリ……ズリ……。


 何かを引きずる様な音。耳を澄ませるに、衣類や袋の類いでは無い。それはまるで金属の塊が硬い地面に擦れる音。


 その音が耳に入った瞬間、先程の騒がしい雰囲気が嘘の様に無くなり、静寂が場を支配する。その場の全員が耳を澄ませ、音のする方向に顔を向ける。そんな中、誰かが重々しい口を開いた。


 「この音……“エクス”だ!!」


 「お前ら、急いで道を開けるんだ!!」


 その言葉に殆どの者が、慌てて端の方へと捌ける。上手く状況が飲み込めず、真ん中で立ち往生していた者達も、捌けた人達に引っ張られる形で端の方へと追いやられる。


 この突然の状況に、クリスが疑問を口にする。


 「いったい何がどうしたんですか? 何で皆、突然道を開けたんですか?」


 「あんちゃん、この町に来るのは初めてか?」


 そんな彼の言葉を偶々近くで聞いていた、地元住民であろう中年の男性が声を掛ける。


 「そ、そうですけど……」


 「じゃあ知らないのも無理は無いな。この町では“あの音”が聞こえて来たら、急いで道を開けるんだ」


 「あの音って言うのは……今も聞こえている何かを引きずる音の事ですか?」


 「あぁ、数年前から毎日決まった時間に聞こえて来る」


 「毎日って……いったいこの音は何なんですか?」


 「……口で説明するより、実際に確かめた方が早い。ほら、やって来たぞ」


 「?」


 音は次第に大きく近づいていた。そして地平線の向こう側から、黒い大きな人影が見えて来た。


 ボロボロの古ぼけた黒いローブを身にまとい、完全な猫背の状態でゆっくりと歩いて来るその姿から、顔は愚か何歳かさえも分からない。唯一、その巨体から男性である事だけは見て取れた。


 そして先程から聞こえていた、何かを引きずる音の正体。それはその男が持つ一本の剣だった。腰に携える事も、鞘に収める事もせず、剥き出しのまま地面に引きずりながら歩いていた。


 そのあまりにも異様な風貌に周りの人々を含め、クリスも呆気に取られていると、先程声を掛けて来た中年の男性が指を指す。


 「見えるか、道に出来た一本の溝。あれは、あの剣が何年も引きずられた事で出来た溝さ」


 「それって完全に町への破壊行為じゃないですか!? どうして衛兵は何も言わないんですか!?」


 「言わないんじゃなくて、言えないのさ」


 「どう言う意味ですか?」


 「それはあいつが冒険者ギルドに加入しているからだよ」


 「!!! 冒険者ギルド……」


 「見た所、あんちゃんも冒険者ギルドに入るつもりなんだろ?」


 「はい、故郷の両親に楽して貰いたくて。冒険者稼業は危険が多い反面、それに見合った大金が稼げると聞きましたから、それに実力さえあれば誰でも入れるって……」


 冒険者ギルド。それはここラフスに本部を構える組織。主な活動はギルドに登録した者達に対して、“冒険者”というくくりで一纏めし、それぞれに仕事を斡旋する。所謂、職業安定所様な施設だ。


 性別年齢問わず実力さえあれば誰でも入る事が出来、難易度が高い仕事をこなして行けば、あっという間に大金持ちになるのも夢じゃない。しかし、難易度が高い仕事はそれだけ危険も伴っており、仕事中に命を落としたなんて話は珍しくもない。


 「そうだな。そういう一面があるのも確かだ。けどな、冒険者ギルドの魅力ってのはそれだけじゃない」


 「え?」


 「言ってしまえば冒険者ギルドは、小さな独立国家なのさ」


 「独立国家?」


 「殆どの町や村なんかは、近くの大国の領土だが、ラフスは違う。この町だけは特別で、唯一無二冒険者ギルドが保有している領土なんだ」


 「えっ、国でも何でも無い只の一施設が領土を!?」


 「それだけ力があるって事さ。とにかくだ、この町の実権を握っているのは冒険者ギルドのお偉いさん達だ。そのお偉いさん達が何も言わない限り、衛兵も手足が出せないって訳さ」


 「でも、だとしたらどうしてそのお偉いさん達は、あんな暴挙を見過ごしているんでしょうか?」


 「それは恐らくエクスが超優秀な冒険者だからだな」


 「そんなに有名なんですか?」


 「おいおい、冒険者になりたい奴が“死刑執行人”のエクスを知らないなんて言うんじゃねぇだろうな?」


 「“死刑執行人”?」


 「その様子じゃあ、本当に知らないみたいだな。ほら、あいつが引きずってる剣をよーく見てみな」


 言われるがまま、クリスはエクスが持っている剣をじっと観察した。かなり使いこまれており、あちこちにへこみは見られるが、それ以外特に変わった特徴は見つけられなかった。


 「……別に変わった所は無い気がしますけど……」


 「刀身の先を見てみな」


 「刀身の先? あっ……」


 言われて初めて気が付いた。エクスが持っている剣の刀身には“切っ先”が存在していなかった。


 「そう、あの剣には“突く”という機能が備わっていないんだ。完全に斬り飛ばす専用の剣なのさ」


 「剣には何度か触れているから分かる。突く機能が使えない剣は、人間でいう片腕を無くした時と同じ感覚……手数が少ない武器は見切られやすい」


 「そもそもあれは武器として作られた訳じゃねぇからな」


 「武器として作られた訳じゃない?」


 「さっきも話したが、あの剣には切っ先が無い。だから斬り飛ばす専用に用いられる訳なんだが……実はあの手の武器を好んで使用する職業が一つだけ存在する」


 「まさかそれって……」


 「あぁ、“死刑執行人”だ」


 死刑執行人。国家が死罪と下した犯罪者に死刑を執行する者。執行する刑罰は死刑だけで無く、鞭打ち刑などの身体刑も行う国も存在するが、事この世界においては死刑のみに立ち会う者の事を指す。


 「それで死刑執行人……」


 「いや、エクスがそう呼ばれるのは剣だけが理由じゃない」


 「他にも理由が……『きゃあ!!?』……っ!!?」


 他の理由を聞こうとしたその時、エクスの方から少女の悲鳴が鳴り響いた。クリスは慌てて振り返った。聞き間違える事の出来ない声。聞き流す事の出来ない声。誰であろうエリーナだった。


 「あっ……あっ……ご、ごめんなさい……私……前をよく見てなくて……」


 初めての都会に有頂天になっていたのか。皆が道を開ける中、一人だけ道の真ん中を歩いていた。そして周りの景色に気を取られ、エクスと正面からぶつかってしまった様だった。


 「エリーナ!!」


 彼女の安否を心配して、クリスが慌てて傍まで駆け付けた。


 「大丈夫かい!? エリーナ!!?」


 「ク、クリス……」


 「ご、ごめんなさいエクスさん!! 僕達、この町に来たばかりでちょっと浮き足立ってて……」


 「…………」


 クリスの弁明に無言のエクス。怒っているのか、それとも気にしていないのか、黒いローブのせいで表情が読めない。


 「……あっ、あぁ!! 邪魔ですよね!? す、直ぐ退きます!! ほ、ほらエリーナ!!」


 状況からエクスが通りたがっているのは、何となく感じ取れた。クリスはエクスの様子を伺いながら、エリーナを無我夢中で引っ張った。恐怖で硬直してしまっているのか、彼女の体はまるで鉛の様に重たくなっていた。


 二人が通り道から外れると、エクスは何事も無かったかの様に再び歩き出した。通り過ぎて行くエクスの背中を見つめながら、クリスはホッと溜め息を漏らす。


 「……何事も無くて良かった……あっ、ごめんエリーナ。夢中だったとはいえ、強く引っ張っちゃって……」


 怪我させてしまったんじゃないかと、エリーナの方を向いて謝罪するクリス。しかし、彼女から返答は返って来る事は無かった。何故なら……。


 「…………」


 何故なら、そこに彼女の“首”は既に存在していなかった。よく見れば、向かい側の道端に彼女と思わしき首が転がっていた。切り口が綺麗だったのだろう、未だに彼女の体は斬られた事に気が付いておらず、しばらくして漸く血が噴水の如く噴き出した。


 「エ、エリーナ……」



 

 その光景を目の前にした瞬間、クリスの脳裏に彼女との思い出がフラッシュバックし始めた。


 “おはようクリス!! 今日も良い天気ね!!”


 “えっ、冒険者になりたいですって? そっか……よし、そういう事なら私も手伝うわ。だってクリスだけじゃ、心配なんだもん”


 “ねぇ、クリス。実は私……クリスの事が……ううん、やっぱり何でも無い。ほら、早く寝ましょう。明日は待ちに待った冒険者ギルドに向かうんだから。寝坊は厳禁だからね”



 

 「……ぁああああああああああ!!!」


 エリーナの亡骸にすがり付くクリス。大粒の涙を流しながら、ぎゅっと抱き締める。


 「そうか……その子はあんちゃんにとって大切な人だったか……」

 

 すると、先程の中年の男性が声を掛けて来る。


 「……さっき、エクスが死刑執行人と呼ばれるのは剣だけじゃないって話したよな?」


 「うっ……うっ……うっ……エリーナ……」


 「あれは丁度、エクスが冒険者ギルドに加入したばかりの頃だ。当時からエクスは剣を引きずり回していた。そのせいで町やギルドは傷だらけ、当初こそ町の住民達や冒険者ギルドの係員が注意していたんだが、当の本人は全く耳を貸さず無視してくる為、皆対応に困っていた。そんなある日、ベテランの冒険者数名がエクスの事を生意気だと思い、少しお灸を据えようとエクスの通行を阻害した。するとどうだ、エクスはベテラン冒険者達の首を瞬く間に斬り飛ばした」


 「…………」


 「決して弱い連中じゃなかった。寧ろ、冒険者ギルドでも名の知れた冒険者達だった。そんな奴らの首を一瞬で斬り飛ばしたエクスの姿を見て、周囲の連中は奴を死刑執行人という名と“エクス”という名前を与えたんだ」


 「…………」


 「そう、今まで話していた“エクス”ってのは本名じゃねぇ。死刑執行人という二つ名から取った所謂愛称なのさ。奴の本名は誰も知らない。だが、その愛称を付けた事で“とあるルール”が生まれた……ん……だ……おい、大丈夫か?」


 先程からずっと無言のクリスを心配して、思わず声を掛けた。


 「……さない」


 「何だって?」


 「……ゆる……さない……ゆるさない……許さない!! 許さない!!」


 「お、おい落ち着けって……気持ちは分かるけどよ。こればっかりはどうしようもねぇよ。エクスの行動は自然現象と同じだ」


 「殺してやる!! 殺してやる!!」


 エリーナの血で汚れたクリスは剣を引き抜き、鬼の形相でエクスに向かって走り出した。


 「あっ、おい早まるな!!」


 「死ねぇええええええええええ!!! エクスゥウウウウウウ!!!」


 最早、周囲の引き留める声はクリスの耳には届いていなかった。エクスの背後まで近付くと剣を大きく振り上げ、そのまま勢い良く振り下ろした。


 「……あっ……」


 次の瞬間、クリスの目線は宙を舞った。やがて硬く冷たい地面に叩き付けられ、最後に目にしたのは斬り飛ばされた自身の体だった。


 「(エリーナ……)」


 彼女の仇を取れず、クリスは無念のまま死に絶えるのであった。その様子に中年の男性は溜め息を漏らす。


 「はぁー、だから早まるなって言ったのに……余計な死体が増えちまったじゃねぇか。人の話を最後まで聞かねぇからそうなるんだよ。“エクスルール”を守るのがこの町全体の暗黙の了解なんだよ」


 エクスルール。それは自然現象と比喩されるエクスに対して、周囲が勝手に定めたエクスと良好な関係を築く為のルール。


 


1.エクスの通行を阻害してはならない。


2.仕事の依頼以外でエクスに声を掛けてはならない。


3.エクスの顔を覗いてはならない。




 これら三つのルールを破らなければ、基本的に害は無い。


 「まぁ、あんちゃんのお陰でこっちは助かるがね」


 エリーナとクリスが死んだ事で、今日に限ってはエクスに関わろうと考える者はいないだろう。


 『あの見事な剣捌き。あなたがあのエクスね?』


 「「「「!!?」」」」


 と、思っていたのだが……エクスの通行を阻む形で真正面に立つ一人の少女がいた。


 「気に入ったわ。あなた、私のパーティーに入りなさい!!」


 「「「「な、何ぃいいいいいいいいいい!!?」」」」

エリーナとクリスを殺した直後のエクスに話し掛ける謎の少女。

果たして彼女の正体は!?

次回もお楽しみに!!

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