持久走×レベル
長距離走の試験が一斉に開始し、かなり広いグラウンドを全員で走りはじめ、俺と東はかなり後方に位置取ってゆっくりと走る。
「あ、あの、大丈夫なんですか? こんなに後ろで……」
「順位やタイムは評価に影響しないそうだから、制限時間いっぱいに使った方が負担が少ないでしょう。この持久走はあくまでも「体力が最低限ない者を落とす」と「今後の試験で体力を使った疲労状態で行うため」のもののようですから。最速よりも制限時間いっぱいの最遅を目指すのがいいと思います。時計もありますし、ここは一周600mだそうなので25周と分かりやすいですし」
東は納得したのかそれとも走りながら話して体力を消耗することを嫌ってか「はい」と一言返してからは黙ってついてくる。
俺は背負っている大荷物のせいでかなり負担があるが、あまり弱音は吐けない。変に消耗しないように努めて一定のペースで走り続けていって一周を走り終える。
初めは固まっていた集団が少しずつバラけていくことに気がつく。
まず目立つのはかなりハイペースで飛ばしている集団、すでに俺達よりも半周は先に進んでいて、このペースだとすぐに俺たちは周回遅れになるだろう。
次にそこそこ速いが考えられたペース配分で走っている集団だ。先程見た逆ナンの女の子も制服姿のままここの中ほどで走っているのが見える。
それからかなり縦長に並ぶように走っている。これは前の人を風除けに使うためと、横に人がいるとぶつかりやすいからだろう。
俺と東はこの集団の後ろ辺りに位置している。
最後に明らかにペースを落としてわざとらしく周りの様子を伺っている奴がひとり……か。性格が出るというか、各々の考えがあることが目に見えて分かる。
二周目に差し掛かったあたりで最後尾で様子を伺っていた奴がスピードを上げて俺達のところに来たところで俺たちと並走しはじめた。
いったい何だと思って目を向けると、彼は俺と目が合ったことに気を良くしたように笑みを浮かべる。
「どうも、隣いい?」
「持久走のときに隣も何もないでしょう。好きにしろとしか」
「はは、それもそうだね。いやあ、後ろの方で見ていたけどさ、君すごいね」
突然褒められたことに驚き何を褒められたのかを考え、すぐに鞄を背負っていることだと考えつく。
「いや……この鞄は試験官の指示で背負いたくて背負ってるわけでは」
「いやいや、それじゃなくてね。いやそれもすごいし、啖呵を切ったところもかっこよかったんだけどね。そうじゃなくて、この持久走で君が一番一定のペースで走ってるし、フォームが一定だ」
走りながらだというのに男は疲れた様子もなく俺の方に目を向けてペラペラと話す。
「僕さ、競馬行く時に見るのは馬じゃないんだよね。もちろん、騎手やオッズでもない。近くに座っている中で一番「勝つだろう人」を見つけてその人の真似をするんだ」
「……俺がその「勝つだろう人」に選ばれたわけか。そりゃ、光栄ですね」
「というわけで利用させてもらうね」
男はそう言いながら並走する。
男は本気で俺に着いてくる様子で、何か別のことをする様子もない。
結構な人数がいる中で何故俺を選んだのだろうか。この場では背中の大荷物や東がこの場では珍しい女性であることでそこそこ目立ちはするが、持久走で良い結果を出せそうという理由にはなっていない。
考えながら走っていると15周目、おおよそ9km程度のところで目に見えて東が疲れた表情を浮かべてヒーヒーと息をし始める。
東が完走するのは厳しそうだな。……時計を見て時間を確認するが、多少の余裕こそあるが今ペースを落としたら間に合わなくなるだろう。
東がダウンしたら見捨てるかと考えていると、東は唐突にジャージのジッパーに手をかけ、それを引っ張り下ろす。
「っ……私は、探索者になるんだ……! もう、上司にセクハラされたり、サービス残業させられたりしたく……ないんだ!」
切れる息で自分を鼓舞した東はジャージを脱いでその場でパッと脱ぎ捨てて行く。
一瞬だけギョッとしたが、どうやら中にスポーツウェアを着ていたようで少し安心して、一度逆走してジャージを拾い上げてから東の横に戻る。
「……苦労してるんですね」
社会人って大変そうだな、と、思いながら走っていると、俺達よりも三周ほど早く走っていた土田が少し疲れた表情をして俺の隣に来る。
「やや、ペースだいぶゆっくりそうだけど大丈夫?」
「あー、土田さんか」
「ツツちゃんだよ。土田って可愛くないじゃんかー」
「時計を見ながら走ってるんで大丈夫ですよ。持久走のタイムは評価とは関係ないそうなので」
話す程度の余裕はある……というか、土田の疲れた表情は長い距離を走るのに飽きたといった雰囲気だ。
「まぁ、それはそうなんだけど、荷物も持ってるから平気かなって」
「どうも」
「そう言えばなんでタイム関係ないんだろ。走れるかどうかが重要だから?」
「あと、疲れさせた状態で試験を受けさせたいとかじゃないですか。ああ、それに……」
男が俺達の会話に耳を傾けているのを横目で見ながら、隠すことでもないと考えて話を続ける。
「六人で迷宮に潜って、何らかの理由で走ることになった場合、おおよそは単独行動はしないだろ。その場合は足が一番遅い人に合わせることになります」
「ふむ……その一番遅い人がこの制限時間ってことかな」
「多分、そういう意図ではないですかね。迷宮の中で長距離を走る場合はそこまでの速さは必要がないという」
土田は俺の言葉を聞いて口元に手をやる。
「なるほどね、なんか納得だ。やるね」
「正解かは不明ですけどね。それに……」
土田の揺れるスカートやその奥の黒いタイツに覆われている脚や、ローファーに目を向けて息を吐く。
「その格好で走れる方がよっぽどかと」
「いやー、ヨクくんの大荷物の方がね。それにさっきそっちの彼女のジャージを拾いに行ったのを見て大笑いしちゃったよ。みんなそこそこいっぱいいっぱいなのにひとり逆走してるんだよ」
「いや、邪魔になるかと」
「はは、本当に余裕そうだね」
「いや、めちゃくちゃ疲れてますよ。距離長いし、荷物重いしで」
俺がそう言うと土田はクスクスと笑う。
「一緒に走ろっか。あと敬語はいいよ、同い年だしさ」
「……まぁ、別にいいけど」
と、話しているとポケットの中でスマホが震えて、取り出すと初から電話がかかっていたので走りながらそれを取る。
「もしもし、今大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だけどどうした?」
「えっと、兄さんの服も買っちゃっていいですか? あまり時間がないので」
「ああ、なんでもいいが」
「えっと体のサイズがわからないので教えてほしいです」
初の声に癒されながら身長や足や腰のサイズを教えていると、隣で走っていた土田が口元を押さえるが堪えきれない様子で笑う。
「よ、ヨクくん持久走の試験中に電話って……あははは、余裕すぎでしょ」
その、土田の笑い声が電話先の初の耳にも入った中、少し不満そうな声が電話越しに聞こえる。
「あの、女の子の笑い声が聞こえたんですけど」
「他の受験生が近くで笑ってるだけだよ。変なアレじゃない」
「むう……そうですか?」
「当たり前だろ」
ちょっと近くに女の子がいるだけで浮気を疑うとは、初って案外独占欲が強いのかもな。
用事も済んだので電話を切ると、土田がニヤニヤとした顔で俺の方を見る。
「誰、今の? 彼女さん?」
「妹だよ。……そっちは友達と逸れたままでいいのか?」
「うん。最初から自分のペースで動くように決めてたからね。それより、お昼ご飯一緒に食べない? そっちのお姉さんも」
「……東さんは今話しかけても答えられないだろうから、後にしてやれ」
土田は服装もそうだが、ペラペラと走りながら話しても余裕がありそうで、周りを見回しても頭ひとつ抜きん出た体力があるな。
あと気になるのは……すでに持久走を走り終えている、封印されていた闇の受験生ぐらいか。
この二人は素人目に見ても分かるほど他の受験生とはレベルが違う。




