嘘吐き×ヒーローさん
闇人の振るった黒い豪腕。それを寸前で急停止することで回避する。
ギリギリで当たっていないはずの鼻先がチリッと音を鳴らす。痛みはなく、拳の風圧が掠めていただけだと認識しつつ一歩前に進んだ。
雑に振り上げられる黒い脚を見つつ、横にズレることで躱しながらその脚を殴りつけ、攻撃を拘束に変化させる。
地面に戻ったその脚が、地面から生えてきた鎖に縫いとめられて、それによって一瞬だけ発生する怯みの間に脚を振り上げて腹を蹴り付ける。
全力の一撃だったが闇人の体は少しグラ付くだけで倒れることはない。体格の違いによる差を思い知らされながら、蹴った勢いを利用して後ろに跳ね飛ぶ。
それとほぼ同時に闇人の身体を縛るように鎖が発生するが、脚を縫い止めていた鎖と共に呆気なく破壊される。
「……まずいな」
俺の攻撃によるダメージは全て拘束に変換されるという特性のため、怪我や出血の積み重ねで倒すということは不可能だ。そもそもコイツらが出血するのかは謎だが。
つまりは拘束が破られた時点で俺の攻撃は何もダメージを与えられていない上に拘束も出来ない、何の意味もない徒労になってしまう。
……まぁ、色々と試してみるか。
何度か使った体感として、攻撃の威力に応じて拘束の強度も上がるようだし、投擲や武器を絡めていくか。足元に落ちている石を拾い上げて闇人に投げつけるが、意外にもいい動きでそれを避けて俺へと向かってくる。
石が壁にぶつかった瞬間に近くの壁をを思いっきり蹴り付けると、蹴り付けた壁と石の当たった壁の間に鎖が発生し、鎖が闇人の股の間を通る。
攻撃の威力を上げることで鎖の強度を上げるのは難しい。ならば手始めに鎖に力が伝わりにくいような状況を作る。
闇人は半端な位置にある鎖を邪魔そうにするが、股の間という半端な位置だからこそ、手で千切るのも脚で蹴り付けるのもやりにくい。
当然、脚を上げて避けることは可能だが、そうしようとした瞬間に俺が動く。
鎖を避けることを中断して俺を迎撃しようと手を伸ばした闇人の手首に肘を当て、地面を蹴ることで闇人の手首と地面を鎖で結び、それに加えて股の間にある鎖のせいで振り返りにくいことを利用して背中へと回って首筋に拳を撃つ。
闇人の体が鎖に縛られ、闇人は先程と同じように力づくで破壊しようとするが俺が連続して蹴りを入れることで鎖の数が増えてそれを食い止めた。
鎖に雁字搦めにされている闇人から少し離れて、近くにあった商品棚を引っ張り、勢いを付けてぶん殴るようにぶつける。
流石に大きく揺らいだ闇人の脚を持ち「どっせい」とびっくり返してその腹を何度も踏みつけて、鎖により地面に縫い留める。
一連の行動で切れた息を直しつつ、ゆっくりと顔を上げると視界の端で防火扉のようなものが開いて下へと続く階段が見つかった。
「……山本、脱出出来そうだぞ」
「え、ええ……よっくん、実は喧嘩ばっかりやってるヤンキーだったりする?」
「しねえよ……。ほら、下に向かうんだったら出口の可能性高いだろ」
「そうですね。さっさとこんなところをおさらばしますか。あー、生きて帰れてよかったー」
俺と山本が安堵しながら下に続く階段に脚を向けたその時だった。微かに、小さな泣き声が耳に入ってくる。
思わず脚が止まり、山本は不思議そうに俺を見て首を傾げた。
「どうかしたの?」
「……子供の泣き声が聞こえる」
「へ? いや、こんなダンジョンだよ?」
「近くに人は住んでいるし、数人は子供もいるはずだ。迷い込んだ可能性はある。……そこの闇人から逃げるために、咄嗟に上のエスカレーターに乗ってしまったのかも」
「……いや……あの、行くつもりなの? ……流石に、やめておいた方が……人を呼んでくるとか」
山本の言葉を聞いて首を横に振る。
「専門の冒険者を呼ぶのに何日かかるんだ、あまりに時間がかかりすぎる。山本は迷宮から出て人を呼んでおいてくれ。俺は声の方に行く」
「い、いや……本当に……死にますよ。迷宮って、呆気なく人が」
「ああ、だから行かないと」
俺が上向きのエスカレーターに乗ると山本は「ちょっ……馬鹿か!?」と言って俺の手を掴もうとするが、手が届くことはなく歯噛みする。
「大丈夫だ。子供を見つけたらすぐに脱出する」
「ッッ!」
そう言っている間に山本の姿が見えなくなり、次の階に着く。エスカレーターを見ると、やはり流れが異様に早く、走っても降りるのが難しそうだ。
とりあえず子供を探すか。
下の階からでも微かに聞こえていたぐらいなので、ここからだとよく聞こえた。
魔物に警戒しながら早足で声の方に向かうと、商品棚の影に隠れた女の子の姿を見つける。
歳は10歳にも満たないほどだろうか。俺の足音に気がついてビクッと身体を震わせてこちらに向く。涙で真っ赤になった目元は怯えから驚いたようなものに変化して、縮こめていた細い手足を僅かに弛緩させる。
女の子はぼろぼろなあどけない顔を俺の方に向けて「……ヒーロー、さん?」と尋ねる。
ヒーローではなくて君と同じく迷子なのだが……幼い声は恐怖から酷く震えていて、不安げに視線が揺れていた。
だから俺はその小さな手を取って、わざとらしいぐらいの笑みを浮かべて力強く「ああ」と嘘を吐く。
「俺はヒーローだ。君を助けにきた。……一人でよく頑張ったな。もう平気だ」
「うぁ……あ……。うわぁぁああ!! 怖かった! 怖かったよぉ!!」
少女は緊張の糸が途切れたようで、俺の方にタックルのような勢いで抱きつき、ぼろぼろな顔を俺の胸に押しつけて服を涙で濡らしていく。
泣かれては困る……どうしようと迷いつつ、その小さな背中を撫でるように抱きしめて、落ち着くまで抱き続ける。
しばらくして泣き止んだと思ったら寝息を立てていた。
「スイッチの切り替わりが早いな……」
と少し呆れて笑ってから少女を抱いて立ち上がる。……じゃあ、まぁ……ここから、なんとかして帰るか。
それから迷宮を歩いていると全くと言ってもいいほど魔物に出会わず下の階への階段を見つける。
運が良かったのか、それとも本来ならこの程度のものなのかは分かりはしないが……なんとか迷宮の外に帰還することができた。
安心した表情で眠っている少女を膝の上に乗っけつつ地べたに座って、スマホをポケットから取り出す。
親戚の知り合いらしい、俺の義理の妹の近所の人に電話をかけて、迷子の少女を見つけたことと自分も迷子である旨を伝えて、目印として近くにある廃駅に来てもらうように頼む。
ああ、引っ越し初日から……本当に大変だったな。……ここから義理の妹に挨拶をしなければならないとなると……ものすごく気が重い。