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番外編:不幸と雨宿り

 父が死に、私が泣いていたら、いつのまにか兄が出来ていた。多分こんなことを言っても誰も分からないのだろうけれど、私の主観としてはそうなのだ。


 頭の中では「保護者がいなくなった私の面倒を見るために親戚の中では身軽な身の歳の高い男性が来てくれた」という顛末を理解しているものの、父がいなくなってからは感情が昂りすぎていたのかどうにも記憶が曖昧で……いつのまにか、ストンと私の心の中に彼が座りこんでいた。


 知らないうちに、いつのまにか、家族となっていた兄は変わった人だ。

 ここに来たのは大学の学費のためだと言っていたのに、すぐに「大学は別にいい」と進路を変える。


 今までいた高校を転校したり、住んでいるところを変えたりするのは大変なことで、なのにあっかからんとその苦労を捨てることにはとても驚いた。


 そして話をしているうちに理解する。

 本当は大学の学費が欲しかったのではなく「お世話になっている人から頼まれたから」この話に頷いたのだ。


 すぐに大学はどうでもいいと言うのは、それもやっぱり人のため……私が心配だから残ると言ってくれているのだ。


 自分を蔑ろにしているほどに利他的で、私を心配して覗き込む顔がとても痛ましく見えた。


 ミナミちゃん……近所の女の子が、迷宮に迷い込んだところを兄さんに助けられた。迷宮は非常に危険なところで、それは兄さんも承知のはずなのに、彼は危険も顧みずに飛び込んだそうだ。


 勇気があるのだろう。勇敢で優しいのだろう。

 けれど、けれど、それ以上に……兄さんの中で「自分の価値」が極端に低いのだと、私は気がついた。


 自分の人生に価値がないと思っているからすぐに……父が死んで数日で転校と引越しをするぐらい……それこそ、多分お葬式が終わった頃には手続きを終えていないと無理なぐらい早くに来てくれた。

 迷いなく頷いたのだ。転校と引越しを。


 それこそ、私に「大学はいかない」と告げたのと同じぐらい早く、呆気なく自分の居場所を捨て去ったのだろう。


 充血して痛みを伴っている瞳で、隣で眠っている兄を見る。兄の優しさが痛くて、堪らずにその頬を撫でるように触れる。

 自分のものとは違う厚みのある肌の感触と、男の人らしい骨格。異性であるということを急に理解して、一緒に寝ていることが恥ずかしくなって耳が熱くなってしまう。


 自分のものよりも固い髪を撫でて、起きているときのどこか寂しげな表情を思い出す。


 一緒にいたいと、一緒にいてあげたいと、そう願ってしまう。


「……兄さん、あなたのことが好きです。だから、もう少し、ほんの少しでも……自分のことを大切にしてください。でないと……痛くて、寂しくて」


 春の夜の空気は嫌に冷たい。だから仕方ないのだ、と心の中の誰かに言い訳をして、兄の寝ている布団に潜り込んで私よりも大きな身体にきゅっと身を寄せる。


 はしたないとか、えっちだとかそんなことを思うけど、兄からはプロポーズをされているので問題ないはずだ。

 結婚出来ない以上は兄とは事実婚をするしかないわけで、当然ながら事実婚には年齢制限や書類などはなく、基本的にお互いの同意と同棲ぐらいのものだ。


 つまり……兄さんとは既に結婚していると言っても過言ではないわけだ。いくら引っ付いても責められる所以は何ひとつとしてないのだ。実質結婚しているからセーフである。


「……だから、寂しそうにしないでください。一緒にいますから。ずっとずっと……もう、ひとりっきりにはさせませんから。会ったばかりで、お互い何も分かってないですけど、けれど、何も知りませんけど、私は貴方を愛してます」


 寝ている相手にだから言える小っ恥ずかしい言葉を並べて、ぎゅっと身体を引っ付ける。

 兄さんも私も不幸ばかりの悲しいばかりの人生で、心の中はいつだってぐちゃぐちゃで血まみれだ。


 お父さんが死んでしまって、昨日家が燃やされて、頭の中がおかしくなるほどにめちゃくちゃだ。なのに、けれど……不幸の中の、小さく、小さく、見落としてしまいそうな小さな幸せが、兄さんの体がとても暖かいという幸せを、この一瞬だけは感じ取られた。


 きっと明日はまた泣いてしまうのだろうけど、いまは、ほんの少し……悲しみの雨の中の雨宿りのように、兄さんの腕の中に隠れていよう。

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