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決着×始まり

 初の家を包む火の手は収まるところを知らないように燃えていく。それどころかより熱く、より一層に強く盛っていた。


「……中層の魔物を一瞬で、や、柳下さん、これ、不味いですよ。ば、化け物ですよ、これ」

「……逃げることは許可出来ない。……放火までしたんだ。後には引けないだろう」

「っ、そんな場合じゃないでしょう!?」


 俺に向かって突っ込んできた影や魔物を掴んでぶん投げる。先程までの拘束とは違う単純なダメージは魔物達の復帰を許さず、また立体化した影は影の元となった生物の怪我が反映されるらしく魔物を狩るごとに減っていく。


 一歩、また一歩と近づくと柳下の部下らしい男達は走って逃げていく。


「……追わないのか?」


 柳下は血まみれの俺を見ても怯える様子のひとつも見せずに尋ねる。


「……散り散りに逃げられたら数人は取り逃すだろ。お前ひとりを捕まえて、一人ずつ呼び出していけばいい」

「ああ、俺が「無事だ、合流しよう」とでも言えば集まるだろうしな。……ま、お断りだ」

「そうか」


 俺の脚が振り上げられ、柳下の顎を捉えようとした一瞬、俺と柳下の間に影の人形が生まれてクッションのようになって威力を軽減させる。


 それでも防ぎ切れない衝撃を顎に受けた柳下は体をフラつかせながらも俺から目を逸らさない。


「……一応言っておくが、別にお前が生きている必要はひとつもない。ああ、いや、強情そうだな。脅しは意味がないか」


 俺は柳下の胸ぐらを掴み上げて、燃え盛る炎に近づく。


「お前らが付けた炎で焼き殺して、それからゆっくりと逃げた奴を追えばいいか」


 仲間を置いて逃げ出すようなやつだ。脅せば仲間を売るぐらいはするだろう。

 柳下は抵抗の様子を見せることなく、ジッと俺の方を見ていた。


「……悪かったな」

「遅えよ。全部、あの子にあったものは燃えたんだ」


 俺が柳下を炎へとぶん投げようとした瞬間、血まみれの場に不釣り合いな鼻を啜る音が聞こえた。

 魔物達の呻き声や家が燃える音の方が遥かに大きいはずだと言うのに、涙が一雫こぼれ落ちる音がはっきりと俺の耳に届く。


 柳下を焼き殺そうとしていた俺の手が止まり、幼さの残る少女の荒れた息を聞こえて、柳下を地面に落とす。


「にい、さん……」

「……初、初……っ……無理、するなよ。危ないだろ」


 振り返ると涙で綺麗な顔をぐちゃぐちゃにした初が、ふらふらとした足取りで俺の方に歩いていた。


「……兄さんまで、兄さんまで……いなくなったら。兄さんがいなくなったら……兄さんだけは……いなくならないで」


 俺の服をしがみつくように握りしめて、鼻水をずるずると啜りながら喘ぐような息を吐き出す。


「……初」

「いや、です。いやです……もう、私の前から、大切な人がいなくなるのは……いやなんです」


 初を抱きしめようとした手に、べったりと血が付着していることに気がつく。抱きしめるにはあまりに汚かった。


「……ッ、俺、は……負けない。コイツらぐらい、本気で戦えば何人がかりでも一蹴出来るぐらい強くて……だから! 初を傷つけるコイツらを!」


 俺が柳下を蹴ろうとすると、初はそれを止めるようにぎゅっと俺を抱きしめる。


「兄さんは、優しい人です。見ていて悲しいぐらい、優しい人です。……そんな兄さんが、無理なんかしたら、壊れてしまいます」

「優しくなんて、あるかよ」

「優しいです。……ずっと手を握っていてくれました。色んな言葉をかけてくれました。今だって……私のために怒っています」

「ッ、違う。結局、俺は、俺が不快だから……。それに、初に優しくしてるなんてのも、嘘だ。俺はずっと初に嫉妬をして……」


 俺の言葉を遮るように、初は血まみれの俺の手を握る。

 汚れると考えて止めようとしたが、もう遅い。初の白い手に魔物の血が付着してしまう。


「……気がついてます。兄さんが、覚えてもいない血も繋がっていない私のお父さんのことを「親父」と本当の父親みたいに呼ぶのは、自分にも家族が欲しいからだって」


 ぐちゅりと初の手が汚されていく。


「気がついてます。お行儀が良くないことを気にして、それが出来る私に対して劣等感を覚えていたことも」

「ッ……」


 隠していたつもりの感情が初に暴かれて、グッと奥歯を噛み締める。


「兄さんが……私のことを羨ましがっていることは、分かってました。みんなから「かわいそう」「かわいそう」と言われる私でさえ、兄さんからしたら恵まれているってことは、知ってました。普通に生きているだけの色んな人に劣等感を覚えて、もがき苦しんでいたことを……ちゃんと、分かってます」

「っ、そうだよ。俺は、みんなが羨ましいんだよ。俺は父親不明の子供を産み落として逃げ出す馬鹿と、俺の存在すら知らないだろう糞野郎の合いの子だ。ずっと誰も彼もに嫉妬して、友達も作れずにいた馬鹿な糞が俺だ。だから、優しくなんかない」


 俺がそう言った俺の言葉を初が否定する。


「……でも、ミナちゃんを助けました。私のことも助けました」

「助けられてなんかいないだろ……!」


 燃えている家を背にして、思わず声を荒げてしまう。

 俺が初の何を守れたというのか。大切なものは全てなくなって、こんなぼろぼろに泣かせて……何が助けられているのだ。

 こんな惨状で……「助けた」などと口に出来るはずがない。


 俺の言葉を聞いた初は、それでも一歩も引かずに強く俺を抱きしめる。


「それでも、それでも……! 兄さんが、優しくしてくれたから……。だから、だから……」


 初は泣き枯れた声で、唇を震わせながら言葉を吐き出した。


「優しい、兄さんのままで、いてください」

「ッ……! 俺は、そんな……」


 否定の言葉が口から漏れ出そうになり、それを塞ぐように初を抱きしめる。

 それから、ゆっくりと地面に倒れている柳下を見る。


「……行け」


 驚いたような視線が返され、俺はもう一度「行け」と話す。


 柳下はおぼつかない足取りで立ち上がり、塀や壁に手を付きながら仲間が逃げていった方へと足を動かしていく。


 他の奴らも全員逃げ出していて、残ったのは俺と初と、魔物の死骸と燃えている家だけだった。


 ふらふらとしている初を支えようとするが、俺も気が抜けた瞬間に力が抜け落ちていたようで支えきれずに初と共に地面へと倒れる。


「初……」

「兄さん」


 お互いを呼び合って、それから涙をこぼす初を抱きしめる。


「ごめん。初、心配をかけた」

「……はい」

「守れなかった。初の大切な思い出が、燃えてしまった」

「……はい」


 焼き尽くした火の手は燃えるものがなくなったことで収まり始める。

 まだ小さな炎が燃え滓を呑んでいるが、俺と初は全て終わったことを理解して、ただふたりで抱きしめ合う。


 お互いの熱と命があることを確認するように抱き合い続ける。


「でも、初……俺がいるから」


 先程は絶対に言えないと思っていた言葉が、自然と漏れ出てくる。


「……はい」


 初は俺のそんな傲慢な言葉を受け入れて頷く。


「一生、ずっと、一緒にいるから、一緒に生きるから。だから……」


 何時間抱き合っていたのか、誰かが通報したらしく消防車と救急車がやってくる音が聞こえる。


 初はそんな音が耳に入っていないように俺を見つめて、ゆっくりと噛み締めるように頷いた。


「──はい」


 こうして、初と出会ってからの三日が過ぎ去っていった。

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