【file3】ココミック・ハウスへようこそ
ザマ・ホームのモデルハウスを見にやって来た。
家族がそろそろ自分達の家が欲しいというので、とりあえずどんなものか、僕一人で見学に来たのだ。妻と子供達の労力をなるべく減らしてやりたい。ヘトヘトにさせないために、まずは僕一人で選択肢を絞り、その中から選ばせてやりたい。ピンと来なかったにしても、カタログだけ貰って帰ろうと思っていた。
「いかがでございますか?」
腰の低い営業マンが聞いて来るが、正直僕はピンと来ていなかった。
壁一面がクローゼットになっているだとか、吹き抜けの空間があって一階からでも空が見えるだとか、色々売りがあるのはわかった。でも、想像できないのだ。家族がそこを自分のプライベートな空間として使っているところが。なんだか上等なホテルみたいで、決して自分色に汚してはいけない感じがして、どれもこれもしっくり来なかった。
ここはカタログだけ貰って帰ろうか。そう思いながら、まだ一軒見ていないモデルハウスがあることに気がついた。とても親しみやすそうな、住みやすそうな、いわば平凡な感じの家だ。派手な紫色の屋根だけが奇抜な印象だったが、一目で我が家だとわかるような個性にも思えて、かえって好印象だ。
「最後にこの家も見せて貰っていいですか?」
そう言いながら、僕はもうその家の玄関のドアに手をかけていた。
「あっ! それは売り物ではございません!」
営業マンがそう言った時、僕はもう、そのくすんだゴールドの扉を開いていた。
「あら」
「ごきげんよう」
「お客様だわ」
玄関を入るとすぐそこに広いリビングルームがあり、テーブルを囲んで3人の中世ヨーロッパ風の貴婦人が紅茶を飲んでいた。3人とも物凄い美人で、僕は息を呑んだ。
「お客様。その家は観賞用でございます」
「か、観賞用?」
「ココミック星人様がお住みのココミック・ハウスなのでございます。入場されたからには、入館料を支払っていただかないと困ります」
「ココミック星人……って、何?」
3人の貴婦人が僕の言葉を聞いて、くすくすと笑った。
「あらまあ」
「ご存じないの?」
「流行のココミック星人を」
「ごめんなさい」
僕は3人に謝った。
「テレビもあんまり見ないもので……。流行とかには疎いっていうか……」
3人は豪華な扇子で口元を隠し、またくすくすと笑う。
「おかわいい」
「おかわいいわ」
「気に入りました」
「では、すみませんが、入館料二千円をいただきます」
仕方なく二千円を支払うと、営業マンはくすんだゴールドの扉を外から閉めた。
「では、ごゆっくりと、ココミック星人様とのひとときを、お楽しみください」
「どうぞ」
「お掛けになって」
「あなた様のお紅茶もお淹れしますわ」
茶葉を湯に浸すといい香りが漂った。こぽこぽこぽと紅茶をカップに注ぐ音を聞きながら、僕は部屋を見回した。壁にかけられた額の中に変な絵が飾ってある。紙のままのような白を背景に、陰毛みたいな線が描かれた、シンプルかつもじゃもじゃな絵だ。
「あれは、何の絵ですか?」
「胸毛ですのよ」
「む、胸毛……」
「わたくしどもの星には男性が一人もおりませんの。ですから、胸毛は神聖なものですのよ。見るだけでパワーが貰えますの」
「男性がいないんですか?」
僕はびっくりして、聞いた。
「じゃあ、子孫を残せないんじゃ……」
「ええ。ですから今日ここで、気が向いたらでよろしいのですけれど、わたくし達のうちお好きな者をお選びになって、子種をくださいませんこと?」
「ええっ!? そういう趣向のお店だったんですか?」
3人揃って艶めかしい目つきで僕を見つめて来る。
「ねえ」
「あなたのお名前を教えてくださいまし」
「とってもお聞きしたいわ」
「あっ。僕は山田太郎っていいます」
「男らしいお名前」
「素敵」
「山田様はわたくし達3人のうち、誰がお好みかしら?」
聞かれて、僕は失礼なぐらい3人を眺め回した。どの人もとんでもない美人だ。プラチナブロンドの彼女は昔のハリウッド女優みたい。茶髪の彼女はルノワールの絵から抜け出したみたいに優しい顔立ちだ。でも僕は真ん中の、黒髪でちょっと日本人っぽい、そんな見た目に反して一番背の高い、笑顔の高貴な女性を選んだ。
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
彼女は座ったまま、首を横に傾けて微笑んだ。
「わたくし、フィーナ・ド・ナデシコ・ココミックと申します」
「どうも。よろしくお願いします」
僕は座ったまま、お辞儀をした。
「それで……。どんなことをして貰えるんでしょうか?」
「焦らないで」
フィーナさんはにっこり笑った。
「まずはお互いを知り合いませんこと? お話を楽しみましょうよ」
「はい。……ど、どんな話がお好きですか?」
「そうですわね。芸術のお話なんて、いかが?」
「いいですよ。あんまり詳しくはありませんが……。フィーナさん達は、宇宙人さんなんですよね? 地球の芸術はどうですか?」
「あまり好きではありませんわね」
「ど、どういうところが?」
「どうして地球人の芸術には、うんこが出て来ませんの?」
「ココミック星の芸術にはよく出て来るんですか?」
「よく……どころか、それがほとんどですわ。芸術といったら、うんこですもの」
「そ、そうなんですか」
「地球人の芸術はお下劣ですわ。どうしてあんなに上辺だけ綺麗なものばかりを有り難がるのか、わからない。なぜ今朝出たばっかりのうんこを額縁に入れて有り難がることはいたしませんの? だって、うんこは健康のバロメーターですのよ?」
「あ。でも、フランス映画だったかな……。『ピンクフラミンゴ』って作品があるんですけど、あれなんて主人公がラストシーンで、美味しそうに犬のお尻から出たうんこを手にとって食べて終わりますよ。あれ、長回しだから、本当に食べてます」
「まぁ……! なんて素晴らしい! 地球にもそんな素敵な芸術がありましたのね!」
「ええ。古い映画なんだけど、伝説的な変態映画として語り継がれています」
「変態ですって?」
フィーナさんは気を悪くしたようだった。
「わたくしどもから見れば、地球人の好む綺麗事盛りだくさんの自称芸術作品のほうがよっぽど変態ですわ! ねえ、皆さん?」
「ほんに」
「まことに」
他の2人がくすくすと笑う。
「そ、そうですね……」
なんだか宇宙戦争勃発しそうな雰囲気だったので、僕はイエスマンになってひたすらうなずいた。フィーナさんもそんな雰囲気になっていることに気がついてくれたようで、口を閉ざすと、テーブルの上の紅茶クッキーを一枚取り、大きく膨らんでいるスカートの中に突っ込んだ。
僕は聞けなかった。さっきから僕がフィーナさんと会話している間にも、他の2人がクッキーやら紅茶やらをスカートの中にひっきりなしに入れているのを、何をしているのか聞けなかった。
「あ」
唐突にフィーナさんが声を上げた。
「わたくし、わかりましたわ!」
「な、何がです?」
僕は聞いた。
「あなた方、地球人は、お尻が下のほうについていますわよね?」
「は、はあ」
「だから、うんこのことを、お下品なものだと感じてしまうのですわ」
「ど、どういうこと?」
「わたくし達ココミック星人のうんこは、ここから出るんですの」
そう言うとフィーナさんの顔に力がこもった。
さっきからずっと気になっていたけど、ココミック星人さんは3人とも無表情だ。とても美人なのだが、ずっと貼りついたような笑顔で、表情がなかった。まるでお腹にでも描かれた顔のように。その表情がきゅーっと引き締まる。
フィーナさんのナチュラルに美しいピンク色の口からもりもりと、光り輝くうんこが産まれて来た。
フィーナさんは産まれたてのうんこをかわいいひよこみたいに手に乗せると、言った。
「あなた方の口にあたるここは、わたくし達にとっては肛門ですの。わたくし達、肛門から声を出すことが出来ますのよ。素敵でしょ?」
呆気にとられている僕に構わず、フィーナさんは続けた。
「地球人とわたくし達ココミック星人は、上下が逆なのですわ。だから、上品と下品の価値観もきっと、逆になりますのね」
他の2人が謎が解けたというように、しきりにうなずいた。
「ああ!」
「それででしたのね!」
フィーナさんは自分のかわいいうんこを紅茶の中にぽちょりと浮かべた。そしてそれをまたスカートの中に入れる。
僕は聞いた。
「あ。そこが口なんですか?」
「はい」
「じゃ、僕はこれで失礼します」
「あら。種付けはしてくださいませんの?」
「なんていうか……」
僕は握手を求めながら、言った。
「異星の方と理解し合えただけで、大変満足しました」
「山田様はおうちを買いにいらしたのですわよね?」
「はい」
「なんならわたくし達ごと、この家を買ってくださっても構わないんですのよ? 毎日わたくし達に種付けをしてくださってもいいんですの」
「大変嬉しいご提案ですが」
僕は微笑みながら、
「異なる文化と身体を持つ者同士、あまり触れあわないほうが平和に過ごせると思いますので」
遠慮する意思を伝えると、ぺこりと頭を下げ、ココミック・ハウスを退出した。
買わなかったけどカタログは貰った。あの3人の笑顔が貼りついた顔写真もしっかり載っていた。たぶんそれは、お尻写真なのだろうけど。
僕はそのカタログを鞄の奥に一度しまい、考えて、すぐに取り出すと、公園のゴミ箱に捨てた。家族に見られたら誤解されそうだった。いかがわしい店に立ち寄って来たとでも、誤解されそうだった。
変な気持ちになる前に賢者モードになれてよかった。明日は普通の展示住宅が置いてあるところを探して行ってみよう。今日あったことを全部忘れるため、僕は地球人の町をまっすぐ歩いて行った。




