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冷たい石

作者: 葉沢敬一

 真夏の太陽光線が照りつけて、うっかり犬を散歩させようとしたら肉球を火傷してしまう位の道路の上に手のひら大の平たい石があった。周囲のアスファルトが焼け焦げて重油の匂いがしているのに、その石はそんなことにお構いなしに周囲の水蒸気を凝縮して濡れているように見える。

 道を通りがかったKはふとその石に目を止めると立ち止まった。蹴飛ばそうとして、気を変えた。自宅にある熱帯魚の水槽に入れると良さそうな、大きさと形。

 つい拾って家に持って帰ろうとしたのは暑さのせいかもしれない。

 拾い上げると、石はひんやりして冷蔵庫から出したばっかりのようだった。天から降り注ぐ熱線を無視しているのを見て、パソコンを自作する趣味を持つKはペルチェヒーターみたいだなと思った。もっともあれは片方が冷えて、もう片面が熱くなる。それをファンで冷やすという姿になっている。

 別に汚れているわけでもないので、石をバッグに入れる。

 コンビニに行って飲み物とちょっとした支払いを済ませて帰宅すると、石を殺風景だった水槽にぽちゃんと入れる。水の中を左右にゆらゆらと揺れて沈み、良い感じに魚が隠れるように空間を空けて落ち着いた。

 ――あれ、そのまま入れちゃったけど、洗って入れた方が良かったかな。

 でも、入れてしまったものを取り出して洗って入れるのも面倒なのでそのままにした。熱帯魚はなぜか石に近づかず、水槽の端に集まっている。Kはそんなことに気づかずに背を向けて横になった。

 異常を感じたのは朝起きて、水槽の横を通りかかった時だ。

 水槽が凍っている。

 魚が凍っている。

 Kは真夏というのに昨日はクーラー付けずに寝たことを思い出した。そういえば、空気がひんやりしている。冷凍庫の中に居るよう。ネット時代にふさわしくSNSに写真を撮って上げる。

 さて、どうしよう。警察か? 自衛隊か? どこに連絡すれば良いんだ? Kは悩んだ。

 石とは言え、取得物を勝手に持って帰ったから、警察から怒られるか? でも、誰かの持ち物ではないと思って持って帰ったのだから、責められる謂れは無いと思う。

 そんなことをやってたら、肌寒くなってきた。さっきより気温が低くなってない? この調子だと自分も凍ってしまいそうだ。

 こんな時、食いついてきそうな機関は……と考えてNASAとか思いついたが、連絡先が分からず、アメリカ大使館にでもメールしようかと考えた矢先に、玄関のチャイムが鳴った。ちなみに、この時点で会社には本日病欠の申請を出してある。

 Kがドアを開けると、白い防護服に身を固めた集団と、黄色い防護服に身を固めた集団と緑の防護服に身を固めた集団の3者が居て、それぞれの代表者が困った風に、

「すみません、あなたSNSに写真投稿しましたよね。石を回収に来ました」

「いやいや、私どもが回収します」

「ウチなら安心ですよ。是非」

 と、口々に言う。

「それはかまいませんが、みなさん、どちら様ですか?」

「いや、それはちょっと言えません……」

 と、3人とも沈黙する。どこの機関なのか? Kは自分が何を拾ってきたのか興味津々になった。この分だと教えてもらえそうも無いが。機密物質なのか?

 白い防護服の人が、

「今、令状取ってきている最中なのでウチに渡してください。他のところは権限がありません」と言う。ホントか? Kは迷った。

どちらにしても、石は持て余している状態なので引き取って貰わないと困る。

「私のところは100万ドルを用意しておりますので是非」黄色がボソッと言った。

 待て、1億円? 心が揺らぐ。でも、ドルってことは外国人か? 慌てて、白と緑が「汚いぞ」とか言い出して。

「金額については上司の決裁がいるので金額については今はなんとも言えませんが、が、がんばります」緑が言った。

 どうしようかと周囲を見回す。すると、あちこちに止まってる装甲車や空を飛んでるヘリやドローンが目に入って、自分に選ぶ権利があるのか疑わしくなってきた。これ、かなりの大事じゃないか?

「あの、正直、お金頂けるのはありがたいのですが、こっちも選べと言われても困るので、そちらで調整して頂けませんか?」

 必殺、「丸投げ」である。でも、ここで強気に出ると殺されかねない雰囲気なのをKは感じ取った。

 三者が相談を始めたので突っ立っていると部屋の中からパンという破裂音が聞こえてきた。恐る恐る見に行くと、石を入れた水槽が割れて、ペンギンが凍死しそうな寒さになっている。玄関に戻って、

「あの、急いでもらえませんか。部屋が壊れそうな感じなんで。遅くなると石の回収に手間が掛かると思いますよ」と3人に言った。

 慌てて3人は、それぞれ上司と思われる人物に電話を掛けて、話をまとめたらしい。国の権利を主張できるのは白い防護服の人だったらしく、ウチがとりあえず引き取りますと言ってきた。

 寒い。外も寒くなってきた。真夏なのに。そういえば自分は夏用の寝間着のジャージ姿のままだったなとKは思った。

 防護服の人たちを部屋に入れると、寒さで鳥肌が立つ。爆弾処理だと液体窒素で封じてるシーンをテレビで見たことがあったが、そんなもの要りそうもない。作業は防護服の人たちに任せて、スマホだけ持って外に出る。部屋の中はすでに酷寒の状態なのだ。

 SNS開いてみると、通知が数十万来ていて大騒ぎになっていた。

 これ、どうしようかと思って見上げると、夏の青空からの熱線が扉から漏れ出している冷気を相殺する。視線を下に戻すと、道路を封鎖してる警察車両とマスコミが見えて時の人になっているのを実感し始めた。

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気軽に読めるファンタジー短編集Ⅱ 疾風怒濤編 より

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