第52話 対死霊戦闘
不味いことになった。相対する死霊にカテゴライズされる魔物、鑑定がまともに通らない為、暫定でデュラハンと呼称するが、コイツは魔力を宿していない物体を以外を透過させる能力を宿している。能力の適応範囲は武器を除いた全身だ
鎌を用いた斬撃と左手に抱えた首から、息をつく間もなく放たれる多彩な魔法攻撃相手に、こちらは防戦一方を強いられている
クリンの方はどうにか善戦しているようだ。数的不利を抱えながらよくやっているが、いつ状況がひっくり返ってもおかしくはない
私を狙っている死霊達が標的をクリンに変えてしまえば、きっとクリンは増えた手数を捌ききれずにそのまま死んでしまう
かなり数を減らしたつもりだが、デュラハン以外の死霊も、通常の物理攻撃はあまり効き目がないようで。[魔力形成]により生成した剣で対処しているが、数度斬っただけで刃が駄目になってしまう為、魔力の消耗も深刻だ
デュラハンの隙を見て対応出来ないようなタイミングで死角から[魔力形成]により高強度に生成した剣で斬りかかったにも関わらず、奴らはその攻撃を自ら身体を上下に分離させるなどという離れ業で避けて見せた。あんなの反則だろう
厄介な死霊はデュラハンだけではない。ゴブリン程の体躯をもつ鼠人の死霊は、任意で分裂することが可能らしく、いくら殺しても数を増していくばかりだ。分裂する度に能力が低下しているようだが、それにしたってこの数はやりすぎだ
分裂鼠人霊で築かれた質量の壁の奥からは、邪精霊達が構築した精霊術が矢継ぎ早に放たれている
密度的にはまだ回避可能な範疇だが、一発一発の威力、貫通性能が非常に高く、盾なんかで防ぐことはまず無理
。武器で弾こうものなら武器の方が駄目になる
取れる選択は回避のみだが、このままではいずれ被弾してしまう。そうなってしまえば死ぬまで秒読みだ。なら、先に潰すべきは邪精霊だが、分裂鼠人霊の壁と目の前のデュラハンはそれを許してくれない
「ああもう、うざったいな」
分裂鼠人霊の相手をていればデュラハンが死角をついた致命を狙う一撃を放ってくる。それに対処しようとすると、邪精霊の術によって粉微塵にされてしまう
駄目だ。打つ手がない。やはり逃げよう。現状の手札では対処のしようがない。このまま留まっても殺されるだけだ。しかし、やられっぱなしは性に合わない
「クリンくん。大技を撃つ。後は任せたよ」
声を張り上げて投げた言葉が届いたかなんてわからないが、別に構いはしない。巻き込まれて死んだのなら弱いお前が悪いのだ。なんて
死霊の接近を阻むために【鎖魔法】で産み出した鎖で周囲を封鎖し、デュラハン達は個別に[バインド]によって拘束。これで奴らに一泡吹かさせる魔法を準備する時間くらいは稼げるだろう
クリンは意図を読み取ってくれたようで、私に意識を向けかけた死霊術師らの注意を上手く引いてくれている。案外使えるやつだし。わざと巻き込んで殺してみようかと考えたが、やめておいてやろう
右腕を竜化させ、基礎的な耐久性能の向上を図る。魔力を流し、魔法の構築。基盤とする魔法は無属性魔法のマナボールだ。複数のマナボールを連結し、計十三発の魔力の球体を形成、これらを十三の魔法の同時発動ではなく、巨大な一つの魔法として処理する
魔力の管により連結された天体模型のような形状を取ったマナボールの集合体に、指向性を与える。貫通性能は必要ない。いま必要なのは爆発的な破壊力
離散しない程度に幅を広げ範囲を拡大。別に倒す必要はない。逃げるための時間が稼げればそれで良いのだ。だから少しだけ手を抜く。余力を残すために。この程度で止めておく
「最悪頭が弾けとぶかも、だったっけ? ふふ、試してみよう。[マナボール]続けて、[ショット]」
中央のマナボールを起点として十三のマナボールに魔力が満ち、辺り一面に魔力の弾丸による無差別な掃射が行われる
勿論。術者である私も標的に含まれてしまっているが、あれは私の魔法だ。干渉することなど容易い。私に飛んでくる弾丸は一つずつ干渉して別方向へと反らしている
しかし今回の魔法は発動に際しての負荷がかなり大きい。頭部に鈍い痛みがはしるだけに留まらず、今回は発動の際に掲げた右腕からも止めどなく血液が流れ出している
杖を用いれば負担を軽く出来たのだろうが、あいにくそんなものは持ち合わせていないし、仕方がなかった。竜化させておいたお陰か、どうにか右腕が木っ端微塵に弾けとぶなんてことは避けられたのでよしとしよう
さて、これで一旦落ち着ける。じきに死霊達は魔力の弾丸によって一掃される。死霊術師らはどうにかして防ぐかもしれないが、私の知ったことではない。さっさと素材を回収して、逃げなければ。こんな所に居ては命がいくつあっても足りない
「レイムさん! 死霊術師がそっちに向かいました!
どうにか取り押さえてください! 」
無茶を言うなよ。このイカれ野郎が。私もうかなり頑張ったんだけど。まだ足りませんか。そうですか。ならもうひと頑張りしなきゃね。いいよ。いいさ、やってやる。お前ら全員私がぶっ殺してやる
「僕の放った死霊が全滅するだなんてね。ほんと異邦人ってのは化物みたいな存在だ。参っちゃうよ」
「それは、投降の意思表示とみて良いのかな? 」
「いや、第二ラウンドといこうじゃないか。来い。アーマード」
言って指を鳴らした死霊術師の影から現れたのは、鎧を纏った人型の死霊。それぞれ槍や、剣、斧、を装備しており、騎士のような見た目に反して、騎士らしからぬ獣のような体勢でこちらを睨んでいる
百体。その先からは数えるのを辞めた。死霊は止まることなく現れ続けている。先程起動した魔法はいまだに魔力の弾丸を周囲に撒き散らしているが、死霊術師の周囲に展開されている障壁に阻まれ、攻撃は意味をなしていない
「冗談でしょ…それ、ズルすぎる」
「あははは、ズルいもなにもないよ。僕から言わせれば君らの不死性の方がよっぽどズルだ。僕らは一つしかない命を大事にしてるっていうのに」
ごもっとも。しかしこれでは逃げることすら難しい。素材の回収も出来ていないし、どうしたらものか
いや、逃げるしかない。どう考えても勝ち目なんてないし。難しくたって戦って勝つより、みっともなく命からがら逃げおおせる方がまだ現実的だ
「[魔力形成]、落ちろ」
先程使用した連結済みのマナボールに込めた魔力を流用し、魔力を固形化した巨大な固体を形成し、落下させる。シンプルながら強力な、純粋な質量による攻撃だ
「リッチ、奪え」
頭が割れるような痛みに苦しみながら放った決死の一撃は、死霊術師の一声でいとも簡単に無力化されてしまった
死霊術師の影から現れたローブを纏った骸骨の魔物が、王杓を掲げると、私の魔力はリッチに吸い取られ、魔力形成により産み出された物質は形を保てなくなり崩壊した。目眩ましにすらならなかった
だが姿を隠すには十分な時間を私にもたらした。死霊術師の注意が上空に向いている間に、痛みを主張する身体を無理やり動かし、どうにか連絡通路の一つに身を隠すことができた
「…よし。数は集まったし、もういいや。姫、そろそろ帰ろっか」
濃密な死の気配。死の化身の意識が此方に向いて、そっぽを向いた。死霊術師は目的を果たしたらしく、この場から立ち去ってくれるようだ
張り詰めた空気にわずかな緩みが生じる。しかし、なにはともあれ助かった。眼前にまで迫った死をギリギリの所で回避できたのだ
「みすみす逃がすとお思いですか。レイムさん。鎖魔法で足止めをお願いします! 」
この商人は自殺志願者かなにかなのだろうか。私の援護を期待していたのか、クリンは勇猛果敢に死霊術師に飛びかかったが、既に私はその場から逃走し、物陰に身を潜めている。クリンは数多のアーマードに行く手を阻まれ、全身をズタズタに斬り刻まれ絶命した
恐ろしい。身を隠しながら、ちらちらと顔だけを出して、周囲の状況を伺っているが、依然としてアーマードらは周囲を徘徊している
殿として残しておいたのだろう。クソ、これでは置きっぱなしにされた商品を漁る事も、死霊の素材も回収できないじゃないか。多少数は減っているが、それでもざっと百体以上は残っている。万全の状態でも正面から戦って勝つのは難しい数だ。消耗が酷いいまの状況ではただ逃げる事しか出来ない
鈍い痛みが脳内に蔓延している。右腕はちぎった白衣を巻いて軽く止血しておいたが、衛生状況は最悪。しかし血を止めることは最優先だった。この頭痛はおそらく、大規模な魔法の行使によるものだけではない。血液が体内から抜けすぎているのだ
あまり長居は出来ない。ストレージから治癒のポーションを取り出し、服用しながらふらつく足をどうにか動かし。壁伝いに外部への脱出路を進む。道中後方の死霊達に注意を払っていたが、追ってくるような気配はない
生き延びた。やった。助かった。命からがら逃げ延びることができた。運が味方をしてくれた。死霊術師の気まぐれか、タイミングが良かったのだ
おそらく、戦いにすらなっていなかった。手を抜かれているのは明白だった。気だるげに、作業のように、適当に。まともに相手をされていなかった
それでこの負傷だ。新調した白衣もボロボロだし、身体のあちこちにある生傷のせいで着衣の布擦れだけでヒリヒリしてくる。血液が足りないせいで意識を保つだけでもかなりの無理をしている
もっと強くならなければ。こんなんじゃ悪なんて到底名乗れない。このままではいけない。弱いままでは駄目だ。これでは正義の手によってすぐにやられてしまう
「逃げ遅れたのか。その傷…お前、死霊術師と戦ったのか? こりゃ良い、こっちに来い。治療してやる」
聞こえた声からして高慢さが滲み出ていた。死霊術師の情報を吐き出させて、捨てる気だろう。しかし判断するにはまだ足りない。声のする方向へと壁伝いに進むと、そこにはみすぼらしい風貌の商人らしき人物がしゃがみこんでいた
「おお、酷い怪我だ。どれ癒しのご加護だ。感謝しろよ」
言うと男は錆び浮かんだ赤色の液体を私に対して注いだ。最悪だ。鼻の奥の奥にまで侵入した腐臭はその液体の適正使用可能な期間を超過していることを示唆している
しかしよほど良い薬だったらしい。得られた情報に相反し、負った傷は急速に再生を開始している。既に細やかな傷は治ってしまっている。右腕もじきに完全な状態を取り戻すことだろう
「これでお前はおれに大きな借りか出来た。命を助けてやったんだから、礼をしてもらわなくちゃならない。だから…その、なんだ。アレだよ。わかるだろ? 」
わかるさ。わかるとも。うんうん。そうだね。その通り。お礼をしなくちゃならない
「もちろん。任せておいてよ」
「くくく、話が早くて助か」
再生を終えた右腕の調子の確認を兼ねて、男の頭部めがけ二発殴打。違和感はない。ステータスを確認してみても状態異常にはなっていないようだし、どうやら傷は治っているらしい
男は痛みに耐えかねてか、頭を抱え、大地を向き踞っている。口を切ったのだろう。なにかを言っているが、それを言葉として認識できるレベルで、出力できていない
しかし騒がれると面倒だ。仮にも街中である。ここまでの騒ぎで衛兵が近くまで来ているのは確実だ。手早く済ませなければ
まぁ、ちょうど良い。うん。良い。丁度商人を探していたんだ。大したものは持っていないだろうが、この際構いやしない。無いよりはマシだ。あるだけ根こそぎ頂いておこう
しかし、あんな得体の知れない液体を無理やり飲み込ませやがって。回復なんて手製の薬で治らなくたって、他に方法はいくらだってある。的はずれな善意を押し付けやがって
「頭守ったって無駄なんだけどね」
死体にも素材としての価値がある。出来るだけ損傷は避けたいので、首を踏み砕き男の命を終わらせ、死体をストレージに収納。アイテムの吟味は後だ。はやくこの場を離れなくては




