第50話 商人ギルドにて
何やら重量のある物体が身体の上に乗っている。ログアウト中、異邦人の肉体は異空間に保管されている筈なのだが、ログイン処理中のほんの短い時間で私の肉体が現れた事を察知し、私に攻撃をする事が果たして可能だろうか
否、不可能である筈だ。そもそもここは私のプレイヤーホームだし、戸締まりだってしっかりとしていた。ドアや窓を壊して侵入したとすれば、昨日作成した四つ腕の怪獣が気付かない訳がない。いくら失敗作とは言えその辺の盗人に敗れるほど私の怪獣は弱くない
「…なにしてんのさ」
「クヒャ! キヒャア! 」
目を開くと、どうやら犯人はその四つ腕の怪獣だったよう。そりゃ自分自身を撃退する事は出来ないよね。やっぱり鎖で縛っておくべきだったか
怪獣を蹴り飛ばし、洗面所にて顔を洗う。朝食はこの間購入したホットサンド。ストレージに収納していたので腐っていない。むしろ出来立てだ。両手にホットサンドを持ち片方を…
「あ、ねぇきみ、食事とかって必要だったりする?
」
必要に決まっているじゃないですかといった様子で身振り手振りで慌てながらホットサンドを受け取ると、怪獣は出来立てのそれを貪り始めた。怪獣も生物であるのだからやはり食事は必要か。そりゃ魔物だって大気中の魔力だけで生きていける訳じゃないし、当然か
しかしクレアを失ったのは相当痛い。あの輝きは未熟ながらも確かな信念を宿していた。私が見誤ったが為に陰が刺してしまった。何から何まで私の自業自得なのだが、どうも心から離れてくれない
間近であれ程の適正を持つ者の成長を見られる機会なんて、そう何度もある訳がない。本当に勿体無い事をしてしまった。私の不在中にクレアがこの家を訪れたような形跡は無いし、今どこで何をしているのか、生死すらもわからない
怪人の作成と平行して、クレアの代わりに成り得る才能の捜索も行わなければ。最悪怪人を放ってその場で目ぼしい物を拾い上げても良いが、それだと初期から歪みが生じてしまう可能性が高い
「少し家を空ける。きみは待機ね。日が暮れる迄には戻るから」
「クハッ、キケケケッ! 」
着いてこようとしていたようだが、その腕で街中を歩けば衛兵が飛んでくる事間違いなしだ。布か何かで腕を隠すことが出来ればすぐに騒ぎになる事はないだろうが、要らぬ注目を浴びてしまう
私一人であれば人目を避け、密かに行動する事が可能だ。標的は非力な商人。最悪冒険者でも構わないが、どちらも一人で行動している者に限る。二人までは不意打ちで一人を潰して一対一の状況を作り出せるのでまだどうとでもなるが、三人以上となるとそうもいかない
先ずは商人ギルドを目指そう。その近辺で人目の少ない場所に身を潜め、手頃な商人を襲ってしまえば金も素材も取り放題だ
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「うっわ銀貨九枚? 商人も夢がないね」
死体と化した商人の所持品を漁っているが、金はおろか素材すら全く持っていない。収穫と言える物は容量の少ない指輪型のアイテムボックスくらいのものだ。それも以前冒険者ギルドで見た物とは違い容量がかなり少ないのだけど
身に付けている服も見てくれだけは悪くないがスキルも付与されていないので身体を護る役には立たないし、武器も直剣が一本だけ。商人本人の鑑定結果を見る限り魔法は使えない筈だし、これでどうやって商売をしてきたんだろう。普段は用心棒を雇っていたりしたんだろうか?
このまま二人目を待っていても良いが、クリンの話や商人ギルトに所属している異邦人の話を踏まえるに、商人らの間には格差が広がっているのは間違いない。であれば狙う場所を変えるべきか。でもここ以外に商人が集まりそうな場所なんてあまり知らないし
「こんな時は地道な調査が大事なんだよね。聴き込みとか。…ねぇ、上澄みの商人の集まる所とか知らない? 」
直剣で太股を突き刺しながら聞いてみるが、死体が言葉を発する事はない。死体から情報を得る技術を、私は有していない。情報収集は生きている商人から行う必要がある
であれば話は早い。商人の溜まり場は目と鼻の先。しかし以前クリンから聞いた話によると、他職のギルドに入るのはあまり良くない事らしい。面倒は避けたいし、少し小細工をしておこう
「【改竄】」
職業を科学者から商人へと書き換え、鑑定、終末を翳す手。念のために竜化も非表示化、メモを擬装表示。ステータスは据え置きだ。クリンを見る限り商人だからよっぽど弱いなんて事はないだろうし、ステータスを覗き見る事が可能な人物だってそう多くはない筈だ
私のモノクロルのように鑑定が付与された道具の存在は考慮すべきだが、ステータスを覗き見られた所で現地にも私のようなSPの割り振りをしている者も居るだろうし、そこまで深刻に考える必要もないか
出来れば変装用に服も用意したかったが、金も無いし白衣を脱いでモノクロルを外すだけにしておこう。白衣の下は初期装備である現代の服装だし、この世界の物に比べそれなりに質が良いはずだ
おっと、肝心な事を忘れていた。ギルドカードに対して【改竄】。科学者ギルドの物を商人ギルドの物へと書き換える。これてギルドカードの提示を求められてもなんとか逃げ切れるだろう
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商人ギルドは商店の建ち並ぶ大通りから少し外れた地区に位置している。この辺りを通るのは大抵が商人か、商人と取引をする依頼人。勿論護衛を連れている者も居るが、数は多くない。人通りの少ない路地も何ヵ所か発見できているし、進行ルート次第で誘導を省略する事も出来そうだ
商人ギルドの戸をくぐり、一巡だけ辺りを見渡しながら進む。あまり立ち止まってじろじろの観察していては余りにも不自然だ。今見た限りクリンは居なさそうだし、唯一懸念していたクリンと接触してしまう事による正体の露呈は避けられそうだ
狙い目は余裕のある気の強そうな、自己顕示欲の強い人物。素材の良さを打ち消し合うような下手糞な装飾の施された、黄金と宝石で自らを着飾り、周りには護衛と煌びやかな女性を侍らせているくらいがいい
気の弱い人間は警戒心が強すぎて先ずは信用を得る所から始める必要があるのに対して、前者の場合は相手は自らが格上であるという傲りが存在し、なにか問題が生じたところでどうとでもなる。自分なら余力を持って対処できるのだと考えてしまう場合が多い
これまでの成功体験、経験してきた人生が思考、判断能力に影響を与え、見るからに怪しい危険人物を相手にしていたとしても、道化かなにか程度にしか認識できない。脅威を正しく捉える事が難しい
「やぁ、随分と羽振りが良さそうだね」
「貴様、それ以上近付けば命は無いと思え」
しかし参ったな。護衛が思った以上に優秀だ。情報収集をするだけで殺すつもりは無いのに。無かったのに。近付いただけで剣を向けられるなんて
喉仏にあてがわれた直剣は私の薄皮を裂き、傷口からは少量の血液が溢れ落ちている。まぁこれくらいで死にはしない。死にはしないのだけど、少し不愉快だ
護衛の数は六…いや、目の前の護衛から妙な魔力の流れが見える。面白い。なにか情報を共有しているのか?
波長を辿るとギルド内部、目の前の連中以外に八、どうやらギルドの外にも十人の護衛が待機しているらしい
確認できただけでこれだ。逆探知を警戒し、伝達、通信の魔法による情報共有を行っていない別動隊が居る可能性もある。まぁ、その方が好都合か
「ああすまないね。でも短気だと色々と損する事になるよ、こんな風に」
商人の目に、眼鏡に魔力が集中するのが見える。鑑定スキルが使えない為推測になるが、おそらくあの眼鏡には鑑定のスキルが付与されているのだろう。となればこの現象はスキルが発動する際の予備動作か
竜化も、終末を翳す手も使えない。が、そう悲観する事もない。左右の手に魔力を集中させ、[魔力形成]を発動し、両手に短剣を生成
【擬装擬術】で[短剣術]を再現し、耐久値度外視の一撃を首に向けられた剣へ放ち剣を破壊。続け様に超至近距離で[魔力弾]による射撃を行う。一人は倒れたが、商人に近付くにはまだ足りない
踏み込み、護衛へと向けて短剣を投擲。護衛はなにやら結界のような物を張り、防護魔法か何かで短剣を防ごうとしているようだが、そう簡単に防がれてしまっては困る
魔力形成により産み出された武器、その材質は純粋な魔力の塊だ。今回生成した短剣には通常の三倍程度の魔力が込めてある
前回は上手く行かなかったが、今回は大丈夫。魔力は十分。形成した魔力は私の支配下にある
「[マナボール]」
思念操作とキーワードの発声による魔法の行使の併用により、頭痛は回避できている。しかし護衛らにとっては二つの魔法が同時に炸裂するなど想定外だったらしい
「何処かに仲間が隠れている筈だ! 探せ! 」
「誰か風魔法で煙を吹き飛ばせ! 」
「バカ! 主人に万が一魔法が当たったらどう…」
原型のマナボールとは似ても似つかない砲撃は防護結界を粉砕し、護衛らを飲み込み建物に甚大な被害を与えた
舞い上がった砂埃の影響で視界は良好とは言い難く、護衛らも状況を飲み込めておらず混乱に陥っている。チャンスは今だ
[魔力形成]により新たに短剣を一本生成し、記憶にある商人の位置へ駆け迫りながら[魔力探知]を発動。護衛らから観測した魔力に該当しない魔力を特定。入れ替りや転移の魔法でも使っていない限り、位置関係的にも間違いない
この場から逃げ去ろうとしている商人の背後へとまわり、拘束。鎖の用意をし、先程私に行われた行為を再現するように、首に短剣をあてがう
「おっと動かないでよ。妙な真似をしたら君らのご主人様の命は無いと思ってね」
やばいテンション上がってきた。このシチュエーション。最初の街で領主の館の宝物庫の中身をかっさらう時にやりたいなと思っていたが、結局あの領主は暗殺されてしまったし、当分機会は訪れないだろうと諦めていたのだけど、まさかこんなところで叶うとは
要求は何にしようか。商人だしそれなりに金品も貯め込んでいる事だろう。であれば自身の命の値段分の支払いをしてもらおうか。吐き出すだけ吐き出させたら殺せば良いし。逃がしてやったって面白い事になりそうだ
金銭的に余裕が出来れば、素材だって買い放題だし、財宝のなかにも使える素材があるかも。しかし当初の目的から脱線しすぎるのも良くないか。この商人を始末するにしたって周囲の目に身を晒しすぎた。この商人が姿を消したとなれば真っ先に疑われるのは私だ
それに最近は計画を無視した行動がいくらなんでも多すぎる気がする。その時の感情に任せすぎてしまっている
悪いことではないが、後々の事を考えるならあまり賢い選択とは言えない。現に今だって悪目立ちしてしまっているし、下手をすればこの後、街を取り仕切る警察的な組織から逃げ切る必要があるかも。言い訳は既に用意してあるが、即興で練り上げた言葉なんてものはどうしても薄っぺらになってしまう
「…何が目的だ。金か、こんなことをして只で済むとでも? 」
「? ああすまないね。てっきりこれが君らの間の挨拶なのかと思ってさ」
あくまでも常識を知らない体を装う。先に剣を抜いたのが相手だとしても、この惨状はやりすぎだ。これを正当防衛だと押し切れる程、私の口は達者ではない
不思議そうな顔を造り上げ、無知を纏う。計算され尽くした角度で首を傾げ、疑問を抱いているのだと言う印象を強制的に押し付ける
「あー…お願いがあるんだけど、いいかな? 」
この商人に正常な判断能力が残っていれば、拒否される事は無いだろう。奪ったつもりはないが、本人が手放してしまっている可能性もあるのだけど
穏便に事を済ませたいのは相手も同じ筈、それに私の場合はそもそも商人ギルドに所属すらしていないので姿を眩ませて暫くの間身を潜めるか、何処か別の地域へと逃げれば良いだけの話だが、この商人の場合は話が違ってくる
商人ギルドには勿論所属しているだろうし、王都で商売をしていたならある程度顔と名前は知られている筈。商人らが今王都に来たばかりだとすれば、王都に卸すための商品を抱えている可能性が高い。商品が食品等の生物であれば腐ってしまえば売り物にならない。そうでなくても道中商品が危険に晒される事だってあるだろう
「ちょっと道に迷っちゃってさ、最寄りのオークション会場まで連れていってくれたりしない? 」
だからこそ、断ることが出来ない。私の機嫌を損ねて暴れられてしまうと、自らが莫大な被害を被ってしまうから。予想に反したとしても、商人と私とでは受ける損害の程度が大きく異なる
しかしもう少し遊びたかったな。折角のシチュエーションだったのに。少し急ぎ過ぎたか。でも商人を誘拐してしまうと快よりもデメリットが大きすぎるし。最悪王都に居られなくなる可能性も出てきてしまう。そうなれば勿論家も手放すことになる
「…護衛の者が先走ったようだ。案内役を一人手配しよう。今回の件は互いの認識の食い違いに起きた不幸な事故だった。以降このような事の無いよう、護衛らには教育を施す事にする」
謝れよ。私を斬ったんだから。なに自分は常識人ですよみたいな顔して頓珍漢な事をほざいてやがる。しかしここまでやってまだ余裕そうな面が剥がれないという事は辺りに潜んでいる護衛は相当の実力者という事なんだろう
仮に私が商人の首にそえた短剣に少しでも力を入れたら、次の瞬間に斬られているのは私の方かも。こちらは当初の目的を達成できる訳だし、少しは妥協してやっても良いだろう。
「うーん。まぁ、じゃそういう事で」
同意の言葉を呟きながら、敵対の意志が無い事を明確化する為に魔力形成を解除し、空いた手をひらひらと上げながら商人を解放する。護衛らは警戒を解いていない様子だが、無理もないだろう
なんせ自身の行った行動のせいで、ほんの一瞬で護るべき主の命を危機に晒してしまったのだから。護衛としての本分を発揮できず、役立たずとして床に転がされて。そりゃ警戒するなって方が無理な話か
結果的に商人ギルドに来た目的は果たせたし。オークション会場までの案内役まで付けて貰える事になったので、逆に感謝してやっても良いかもしれない。私を斬ってくれてありがとうとでも言ってやろうか。さてはて、護衛の彼はどんな風に歪んでくれるだろう




