第43話 闇市、奴隷
食事を済ませ、今日も今日とて機器に潜り込み、私はあの世界へとログインする
「ちょっと! いきなり居なくなるから心配したじゃない! 何処かに行くなら一言くらい伝言を…」
「あー…そっか。ごめんごめん」
こちらの世界では時間が加速している為、現実世界での一日がこちらの世界では何倍にも引き伸ばされている。その為、半日開けた程度でこちらの世界では丸一日姿を消した事になってしまっているのだろう
それにしてもきゃんきゃんうるさいな。ずっと付きまとってくるし。闇ギルドには行けない…いや、案外大丈夫かも? でもなぁ…
最悪の場合恩を取り立てる事が、魔法を教えて貰えなくなるかもしれないし、慎重に行動しなくては
闇ギルドはアウトかもしれないけど、闇市ならどうだろう? ご禁制の品々や、入手難易度の高い貴重な素材、自由に使える人的資源、奴隷。クレアはエルフだし禁忌指定の魔法書で釣れるかも
会場は以前洗脳した闇ギルドの人間から聞き出しているし、いずれ行ってみようと思っていた所だ。良い機会かもしれない
なにか騒ぐようならクレアを売り飛ばし、得た金で魔法書を買っても良い。それなら強力な魔法も得られるし、結構な額になりそうだし
「朝食を食べたら少し出掛けようか」
もちろん。目的地は告げない。黙っていても勝手に付いて来るだろうし、どっちにしろ付きまとってくるのなら喚き散らしていない方がまだマシだ
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「だ、騙したのね! 信じてたのに! 」
首輪を付けられたクレアがきゃんきゃんと喚く。失敬な。お前が勝手に勘違いしただけだ。そう仕向けたのは私であるが
「お客様。エルフの奴隷は大変貴重です。首輪も付けずに放し飼いするなんて大胆な発想には驚愕ですが、ここでは首輪を付けられた方がよろしいかと、ところでお客様、そのエルフの奴隷、わたくしめにお売り頂けないでしょうか? 白銀貨五枚、いや、七枚までなら…」
闇市に入り適当に冷やかしていると、早々にクレアが数人の小汚ない男達に拐われそうになっていた。すると突然奴隷商が現れ、護衛と思われる集団に命じ、男共を散らし、このような事が頻繁しないようにと首輪までプレゼントしてくれたのだ
奴隷商がなかなかに良い下衆た笑みを浮かべ手を揉みながら伺いを立ててくる。おそらくあの小汚ない男共は奴隷商の仕込みだろう。あれらが柄の悪いチンピラを演じ。奴隷商が善人の役をして客からの好感度を稼ぐ。わかりやすい手口だ
「悪いね。これはもう少し手元に置いておきたいんだ。また機会があればお願いするよ」
金に困ったらクレアを売り飛ばせば良いわけだ。聖銀貨七枚、七百万ゴールドとなれば想像もつかない大金だ
が、まだ魔法を教えて貰っていないし、売り飛ばす訳にはいかない。上手く行けば人体実験だって出来るかもしれないんだ。その機会を目先の金に釣られ、易々逃すなんて、そんな勿体無い事はできない
「ただ、代わりといってはなんだけど奴隷を二三人融通して欲しいんだ。安価な犯罪奴隷を探してるんだけどなかなか良いのが見当たらなくてね。君の所に良さそうなのが入れば是非売って欲しいんだけど」
ただ断ればこの奴隷商にも付き纏われる可能性もある。丁度自由に使える奴隷が欲しかったし、この奴隷商から購入すれば私は彼のお客という事になる。いくらエルフが欲しいとはいえ客のものに迂闊に手出しは出来ない筈だ
予算を伝えると奴隷商は商品を用意しておくと言い残し走り去って行った。あ、何処で落ち合うか話してないや、ま、回ってたらそのうち会えるか
「クレア? 何処か見たいところとか…」
「普通に話を進めないでよ! ちょ、これを外して!」
「んなこと言ったってこれを外したらきみ、また拐われるよ? あ、なんだろうあれ。魔剣だって見に行ってみようか」
魔剣といえば魔王が生み出し与えた武器では無かったか。掲示板でチラッと見た気がする。私が砕いた勇者擬きの武器よりは劣るものの、パラメータを見る限りかなり良い武器だったような
人集りをかき分けて、奥へと進む。どうやらここではオークションが行われているようだ。どうやら魔剣はオークションの目玉商品の一つらしい。ともあれここなら適当に時間を潰せそう
「お、妖刀だって。格好いいな。白銀貨五枚か…」
「ねぇあの…魔剣? 凄い魔力ね。もっと近くで見てみたいわ」
このエルフ、やっぱ売り飛ばそうかな。白銀貨七枚もあればあの妖刀を買ってもお釣りがくるし、その分で魔法書を買うなり、魔法使いを雇って魔法をおしえてもらうなりすればいいし
それにしても凄まじいな。感覚的に魔力を感じる事の出来ない私でもあの魔剣からは圧倒的な力の奔流を感じる
どれ、試しに【鑑定】を。パラメータは掲示板で確認したものとほぼ一緒だが、魔力がかなり減少している。この分だと明日には壊れてしまうだろう
「三十! 聖銀貨三十枚でどうだ! 」
「わ、ワシは聖銀貨六十枚は出すぞ! 早くワシにそれをよこせ! 」
そんなものによくもまぁとんでもない額の大金を出せるものだ。明日には消えて無くなってしまうというのに
まさか鑑定もせずにオークションに出品している訳じゃないだろうし、私が知らないだけでもしかしたら何らかの使い道があるのだろうか?
毎時毎秒魔力を消費し続けているとはいえ、残存魔力量は膨大、であればその膨大な魔力を利用した、大規模な魔法を行使する為の媒体として利用するつもりだろうか
魔物の脅威から王都を守護する結界魔法の強化? それとも件の大型の蜂型魔物の巣を破壊するために大規模な殲滅作戦でも計画されている可能性もあるが、あの程度の脅威にこれ程までの代価を毎度毎度支払っていたら、既に王国の財政は破綻している筈だ
見たところ身なりは小綺麗に整えられているようだし、それなりの階級の人間なのだろう。であれば裏など無く、単純に力を欲しているのかもしれない
それか降って沸いた異常な魔剣の解析を行うために、実物を回収しようとしているのかも
結局の所に情報が全くないので、かもしれない。そうなのかも。もしかしたら多分そう、と言った勝手な推測に過ぎないのだが
それにどうせすぐに壊れてしまう代物だし、そんなに気に止める必要も無いか。他にも面白そうな商品は山程ある
事前に設定した時刻になると刻印された魔法が発動するトリック・クロック。マトリョーシカのように大剣の中に直剣を仕込んだイロモノ武器。魔力の回復を阻害する効果を持つ珍しい特殊な毒…ってこれ私の作った粗製の青酸カリだ
「金貨二枚か…結構な額だし、私が作って売りに出してもいいな」
どうせ闇ギルドからの出品だろう。依頼主にレシピを渡す前に盗み見やがったか。冒険者ギルドや科学者ギルドであればこれをネタに強請をかけても良かったが、相手は闇ギルド、手間と労力がかかりすぎる。よって強請は無しだ
「さぁお次は世にも珍しい変異を遂げた不死身のゾンビ! どんな殺し方をしても翌日にはキレイサッパリ元通り。白銀貨二十枚からのスタートです」
良さげだけど、檻の中に入れられたゾンビからはどうも人間みたいな理性を感じる。あれはおそらく異邦人だ。性能だけ見ても、死なないだけで白銀貨二十枚は高過ぎる。ナシだ。絶対無し
「お待たせお待たせ致しました。こちら右から窃盗、殺人、強姦の罪で奴隷落ちとなった犯罪奴隷となります。三点で計、金貨二枚と銀貨一枚でどうでしょう」
「ちょっと高いな。もう少し安くならない? 」
「ご冗談を。品質管理を徹底しているからこその価格です」
奴隷商が連れてきた奴隷は確かにどれも汚れや悪臭等が漂っておらず、みすぼらしい格好だが、それなりに清潔にされているようだ
鑑定してみた所、レベルは私より少し高い程度だったが、ステータス面ではDEXを除き、奴隷達の方が優れていた。スキルは二つしか習得していないようだけど、これもしかして反抗されたら為す術が無いんじゃあ…
「ご安心下さい。奴隷には契約のスキルにより奴隷紋を刻んでおります。わたくしもまだまだ未熟者ですので命令を維持できる数に限りはありますが、危害を加えないように命じられれば奴隷からの攻撃に怯える必要はありませんよ」
なるほど。支配スキルの下位互換的なスキルによって奴隷の自由を奪っているのか。それなら安心できる
あのスキルの凶悪さは誰よりも私がよく知っている。あれは便利だった。修正前の終末を翳す手を組み合わせた即死コンボは格上相手にも通用する戦法だったと思うのだけど、魔王に奪われてしまったのが惜しい
「わかった。支払うよ。金貨一枚だっけ? 」
「…金貨二枚と銀貨一枚でございます」
ともあれ自由に使える奴隷が手に入ったのは嬉しい。改造の素体に使っても良いし、街外へ出る時の護衛として使っても良い
ポーションや素材の買い出しも奴隷に行かせればその分私は他の事が出来るので、時間を有効活用できるし、良いこと尽くめだ
「確かに頂きました。奴隷には主人を害する事を禁じる命令を命じていますが、必要に応じて新たに二つまで新しい命令を下す事が可能です。命令を下す際には奴隷紋に触れる必要がありますが、有料で遠隔操作が可能な奴隷紋への変更もですが、いかがですか? 」
商魂たくましいな。まぁ、私を害する事は出来ない訳だし。今の私には使い捨ての奴隷にそこまで出来るほどの余裕はない
「いや、今回は遠慮しておくよ。それより、奴隷の所有権は既に私にあるんだよね? 」
「ええ、その通りでございます。では私めはこれにて失礼します。今後とも是非、我が商会を御贔屓に」
本来、奴隷にも一定の人権が存在しており、最低限の食事や、自傷の強要等の命令は下せないらしいが、犯罪奴隷にはそれが存在していない
つまりは人権を尊重する必要がない。こそこそと隠れて回らずとも大っぴらに腕を付け替えたり、中身を弄くっても、誰も文句を言えない。ほんと良い買い物をした
「よし。とりあえずきみと、隣のきみ。当面の食料を買ってきてよ。あ、逃げないでね。金をくすねるのも禁止だ。きみは家に帰って二階の空き部屋で待機」
奴隷の肩に触れ、命令を刻み込む。支配スキルのように魔力が消費されるような感覚は無かったので、おそらく奴隷の魔力が消費されているのだろう
「信じらんない。あなた奴隷を買ったの…? 」
「うん。それがどうかした? 」
青ざめた表情で弱々しく話すクレアは何かに怯えているようだったが、なにかあったのだろうか? 【鑑定】してみたが、特に異常は無さそうだし、気持ちの問題か
「私はこの後用事があるから、家まではクレアに案内してもらってね」
「へへ、主人。あっしを家まで案内するのはァ、あのエルフのガキですかい? 」
うーん。この男が原因かな。下衆た笑みを浮かべるこの男。確か窃盗で犯罪奴隷に落ちたんだっけ
殺人犯と強姦野郎は買い出しに行かせたし、あの奴隷達の中では一番マシな奴を選んだつもりだったんだけど、この様子じゃクレアには荷が重そうだ
「気が変わった。私も家に帰る。あー、付いてこい」
さして今日行かなければならないと言う訳でもないし、ここは地の底を突き破っているクレアからの好感度を、少しでも稼いでおいた方が良いだろう
少し早いけど、連日夜遅くまで遊んでいたんだし、今日くらい早めに寝て身体を休めるとしよう。




