第41話 暴力的購買術
冒険者ギルドにて副ギルドマスターから金貨一枚を騙し取った私は外で待たせておいたクレアを連れ、クレアの身の回りの物を揃えるために商店の立ち並ぶ通りへと向かった
ここまで恩を売ってやれば魔法の一つや二つくらい教えてくれるだろうし、必要経費だ。それにいい加減私自身の服も用意しなければならないし丁度良い
生活用品と服を揃えたが、グレードの低い店で妥協したので合計金額は銀貨八枚程度のものだった
残りの所持金は銀貨六枚。多少質が劣っていてもいいから適当な武器を偽造擬術用に用意しておくべきか
「もういい? そろそろ武器屋に行こう」
「待って、見てよこのエルフ用のピアス。魔力増大に魔法威力向上、その他にも便利なスキルが付いて白金貨二枚だって! 」
つまり二千万ゴールドか。鑑定してみると【魔力増大Lv7】【魔法威力向上Lv5】【魔力効率向上Lv5】【魔力回復Lv6】の計四つのスキルが付与されていた、確かに凄い。凄いけど金額が金額だ。到底手が出せない
「馬鹿か。高すぎる。そんな物買うお金なんて私には無いからね」
「…わかってるわよ」
あれを買ってやれば人体実験でもなんでも、快く引き受けてくれそうだ。一応記憶に留めておこう。今は買えなくても、いずれ私の計画が上手く行けば何もせずに大金が勝手に転がり込んでくるようになる
そうなれば白金貨二枚なんて端金になる。特殊なエルフの生態調査、それをわざわざエルフの国を探さずに済ませる事が出来るのであれば安いものだし
「どこかおすすめの武器屋とか無い? 私はまだこの辺りにはまだ詳しくなくてね」
「それならわたしがこの杖を買った店なんてどう? 店主さんもいい人で私が金貨一枚しか持ってないって伝えたら、杖の代金を金貨一枚まで値下げしてくれたの」
【鑑定】してみると杖の性能は下の下と言った所。こいつ騙されてやがる。この程度の武器、フォダンの街なら五千ゴールド。王国貨幣にして銅貨五枚で買えるぞ
まぁ、購入したいのは使い捨ての武器だし、こんな物でも良いか。店主には適正価格での販売をして貰えば良いし
「なるほど。良さそうだね。早速案内してよ」
着いてきてと言い残し、子供のようにはしゃぐクレアは、私が失ってしまったナニカを持っているような気がして、痛みを感じる程に眩しくて仕方がなかった
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クレアの案内により王都の大通りから外れた、貧民街程ではないが寂れた区域へと移動し、小汚い店の前まで来た。どうやらここが詐欺師の根城らしい
「よし。とりあえず私が話をしてくるから、クレアはその辺で待ってて」
言って、立て付けの悪い扉を蹴り破り店へと侵入する。水垢の目立つショーケースの中の武器を【鑑定】どれも粗悪品じゃないか。よくもまぁこんなもので金貨一枚以上の金銭を要求出来たものだ
「な、テメエなにしやがる。営業妨害だぞ! 衛兵を呼ばれたくなかったら…」
「別に? 呼べば良いじゃないか。呼べるもななら、だけど」
呼べる訳がない。何故ならお前は犯罪者で、詐欺を働く悪人なのだから。その立場で市民の味方なんかに頼れる訳がない
「こんな事をして何が目的だ。金ならこれっぽっちも無いぞ」
よくもまぁそんな嘘を吐けるものだ。クレアから巻き上げた金貨あるじゃないか。最低限店を維持できている時点で金遣いが荒い訳じゃないだろうし
「嘘を吐くなよ。売上金があるだろう? ああ勘違いしないでね。今日は強盗に来た訳じゃないんだ。ただそのふざけた価格設定を、今日に限り改めてほしいだけだから」
「店主さん大丈夫!? なんでこんな酷いこと…」
威圧的な入店、流石に店の扉を蹴り破るのはやり過ぎだったか。外での待機を命じた筈のクレアが店に飛び込んで来てしまったし、あまり長居すると本当に衛兵が来てしまうかもしれない
「さ、クレア。必要なものを選んで。私は少し店の裏を見てくるから」
クレアがなにか言っていたような気もするが、無視だ。私の進行を阻むようにカウンターの奥の扉の前に立ち塞がる店主を数発殴り、立ち上がれないようにして扉をくぐる
扉の先には店に並んでいる物と似たり寄ったりな粗悪品の武器、店の売上金と思われる金貨三枚。この店で寝泊まりをしているのか簡易的な居住スペース
その先には自称勇者の装備程ではないが、それなりに使えそうな武器が複数仕舞われていた。客を釣るための展示用の業物だろう。片っ端から【鑑定】、使えそうな物だけを選び、ストレージへと収納
「あれ、収納できない…あ、そっか」
所有権は店主にあるのだ。では先ずは店主を殺さなければこれらのアイテムを奪うことは出来ないという訳か
困ったな。スラム街に近い位置とは言え、ここはスラム街じゃない。国家から捨てられた掃き溜めの終着点とは勝手が違ってくる
殺しをすれば街の治安維持機関が動くだろうし、もしかしたら死体感知や、犯罪感知みたいなスキルで死体を処理しても発見されてしまうかも
強力な毒性を持つのハイドの体液で溶かしてしまえば大丈夫だろうか? わからないな。それにこの状況では言い訳も難しい
第一店主を殺してしまえば、クレアは私の元を離れるだろう。その後恩を返してくれるとは到底思えない。殺しは無し。今回最適なのは脅しだ
ショーケースを叩き割り、切れ味の悪い直剣を一本選び、そのまま店主へと向ける
「阿漕な商売をしていたみたいじゃないか。こんな鉄屑同然の武器が金貨一枚? 馬鹿にするのも大概にしろよ」
「ヒッ、だ、騙される方が悪いんだ! 馬鹿共がら金を巻き上げて何が悪い! こんな粗悪品を掴む奴なんてどうせ…」
いくら切れ味の悪い粗悪品とは言え、人間の柔肉に刺さらない訳じゃない。私は店主の太股に狙いを定め、直剣を突き刺した
「ごちゃごちゃ煩いな。とりあえず裏にあったこの短剣と、ショートソード。あぁ、ついでに盾も貰っていこうか。」
「馬鹿が、誰がお前なんかに、っであああ! 」
太股に突き刺した直剣を勢い良く引き抜くと、面白いように店主は悲鳴を上げてくれた。さすが粗悪品。切れ味が悪いせいでまともに肉を切断しきれず、傷口はズタズタだ。
「次は何処が良い? 右足? でも歩けないと困るか。じゃあ手にする? それとも顔が良いかな」
「ま、待ってくれ、武器は渡す。武器は渡すからああああッ! 」
懇願する店主の声をよそに、私は店主の肩の付け根部部に骨を避けるようにして剣を差し込み、引き抜く
「なん、で…」
「ん? ごめん聞こえなかった。ああ金も貰ってくよ? 」
そこそこの武器に金貨三枚の儲け。クレアの言う通り本当に良い店だ。店主も本当に良い奴で、血を流して倒れてて
やっべ、やり過ぎたかも。ストレージから回復薬を取り出し、店主に投げ付け、私は店を後にした
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「どうして店主さんにあんな酷いことをしたのか説明して! 」
おいおいこいつも頭お花畑なのか? 冗談キツイ。価値観を合わせてやってるつもりが、理解しがたい程にズレてしまっていたなんて
「何が聞きたいのか良くわからないけど質問は三つまでね。それ以上は答えない」
「どうして店主さんを傷付けたの? 貴方ならもっと上手くやれた筈だわ。それなのにどうして」
何百回も聞いた。聞き飽きた言葉だ。お前ならもっと上手くやれた。もっと穏便に、事を大きくせずに済ませる事が出来た筈だ。何度も何度も言われた言葉だ
「知らないよ。私は神様じゃないんだ。あれが私の能力の限界なんだよ。期待を裏切ってしまってすまないね」
必ずしも弱者は被害者ではない。そんな簡単な事すらわからないのか。あまりに世間を知らなすぎる
「…どうして衛兵を呼ばなかったの? もしかしたら貴方だって危ない目に遭うかも知れなかったのに 」
なんだ。今度は私の心配か。いや、違うな。何が狙いだ? エルフという種族は思考回路が人間とは違うのか? 面白い。実験してみたいな
「地理的に呼んだところで、って感じだね」
それに面道だし。犯罪歴を参照するカルマチェックみたいな魔法が存在するかもしれないし。呼んだ所でマトモな対応をしてくれるかもわからない。なら呼ぶだけ無駄じゃない?
クレアはどうも衛兵や法を神聖化している。育てた親の教育の賜物だろうか? だとしたら非常に厄介な事をしてくれたものだ
「ならなんでお店の商品を持ってきてるの!?
泥棒じゃない! 」
これが教育を施されていない、多くを知らない馬鹿であればどんなに扱いやすかった事か。なまじ善悪の概念が存在する為、悪に対し嫌悪感を抱いてしまっている。これでは動きづらいし、困ったな
「泥棒? きみまで冗談を言うのかい? これは店主から譲り受けた品だよ? 店主さんのご厚意をそんな風に言わないようにね」
「そんな嘘に騙されないわ! 店主さんを剣で刺して脅してたじゃない! 」
「そうだね。それがどうかした? 」
現場を見られている。では否定は悪手だ。認識をねじ曲げる? 運任せになってしまう。確実に成功させるには要素が足りない。誘導しようにもあまり手間はかけられないし
「今回起きた出来事は、元はと言えば君があの店で騙されたからじゃないの? 」
なら責任転嫁が最適だ。私へと向けられたクレアの悪意を、全て、そっくりそのままお返ししよう
「あの店に行ったのはクレアが紹介してくれたからだし、店主を脅したのはクレアが騙された分を取り替えそうとしたからだ。店主を刺したのだって、クレアの身の安全を確保する為さ。これでもきみの事を考えてたつもりだったんだけどなぁー」
「ッ…でも」
言い訳を並べ解釈を歪める。否定する事の出来ない程度に事実をねじ曲げ、脚色し、それが真実であるとクレアに思い込ませる
「私そんなに悪いことした? してないよね。言い掛かりはよしてくれよ」
「でも、貴方ならもっと他のやり方だって」
うるさいな。同じ質問をするなよ。もしかして馬鹿なのかな。ああ、よくある創作話に出てくるみたいなエルフ独自の閉鎖的な集落のご出身で? 凝り固まった前時代的な価値観を私に強要しないで貰いたいな
「エルフは数も数えられないのか? だとしたら非常に申し訳ない事をしたね。まさかそこまで馬鹿だなんて思いもしなかったんだ。いやぁごめんごめん」
平謝り。小馬鹿にするように。どこまでも平行線を描き続ける。話なんてするだけ無駄だ。私とクレアでは得ている情報量に差がある。理解しろという方が無理な話だ
かといって私がわざわざ手間をかけてまで真実を教える義理はないし、私の時間がもったいない




