第40話 偽造擬術の欠点
残念ながら蜂の死骸は回収されてしまったようだ。前回立ち入った区域をいくら探しても蜂の死骸を発見する事は出来なかった
仕方ない。適当な蜂を殺して死骸を回収しよう。今のステータスに慣れる為の戦闘訓練もしたかったし、丁度良い
そうと決まれば獲物の選定からだ。先ず数が多すぎるのは駄目、出来れば単独で行動している個体、多くても三体以上の群れとの戦闘は出来れば避けたい
前回とは違い、今回は仲間の魔法使いが居るとは言え、私自身の弱体化が酷い。今の私ではせいぜい三匹で限界だ。それ以上は持たない
「クレア、あの蜂に向かって火の魔法を」
手頃な蜂の魔物を発見。前回戦ったタイプとは見た目が少々違うようだが、種としての進化でもしたのだろうか
標的を定めると即座に、クレアに指示を出し、私は【鑑定】により相手の情報を盗み見る。装備品──自称勇者を退けたお礼として受け取ったモノクロル──により強化された鑑定は相手の情報を正確に映し出した
以前となんら変わらないステータスにスキル。これなら問題なく倒せそうだ
キラービーはクレアの放った《ファイアーアロー》により羽を焼かれ、もう飛ぶことは出来ないようだし、さっさと殺して死骸を回収しよう
「待って! あれ! 」
クレアの指差す方向を見てみるとキラービーとは異なる姿の蜂の魔物がこちらの様子を伺っているようだった
キラービーよりも人型に近い形で空に滞空しているその魔物に、私は鑑定を試みるがそれよりも早く相手の土魔法による石球が私に向けて射出される
「【偽造擬術】《土魔法》…ってあ! しくじった。クソ! 」
土魔法により壁を作り出し、足場を作りながら蜂へと迫ろうと算段を立てていたが、失敗した。擬造擬術により再現させるのはあくまでもスキルのみ。それに付随するアーツは一切再現されないのだ
土魔法を再現したとて、それは土魔法を扱える資質を再現しただけであり、土魔法を使えるようになった訳ではない。こんな単純なミスを犯してしまうなんて。少しはしゃぎすぎたか
自身の力を過信していたのは私も同じだったみたいだ。これではタクト達に偉そうな事を言えたもんじゃないな
迫る石球を鉈で弾き返し、クレアを回収。そのまま後方へと待避し、木の影に身を隠す
「悪いけど私じゃあいつに近付けそうにない。きみの魔法でどうにかなりそう? 」
切り札の偽造擬術も無駄遣いしてしまったし、空中戦は行えない。遠距離への攻撃手段もないとなれれば詰みだ。私が一人であったのなら、であるが
「…今の音を聞き付けて他の魔物が集まって来ているみたい」
言われて目を凝らすが、それらしい姿は見当たらない。不味いな。現状でもどうにもならないってのに
さっさとキラービーの死骸を回収して逃げるか。キラービーの死骸は損傷が酷いが、クレアの身の回りの品々を整える代金と数日分の食事代程度にはなるだろうし
「少しの間あいつの気を引いてくれ。私はキラービーの死骸を回収してくる。死骸を回収したらすぐに逃げるよ」
「わかったわ。こっちは任せて」
弱体化以前よりも低いAGIを頼りに、体勢を屈め地を這うように駆ける。いくら工夫したとて遮蔽の無い空間を通過する必要がある以上、相手からしたら絶好の的だ
「させない! 《ロックウォール》《ウィンドアロー》」
放たれた石球はクレアが造り出した土壁に阻まれ、お返しと言わんばかりに風の矢が魔法蜂へと放たれる
魔法蜂は風の矢をギリギリまで認識できていなかったのか回避しきれずに体勢を崩し、その隙に私はキラービーの死骸を回収、ストレージに収納し終えた
「よし。逃げるよ」
こんな所に居てはすぐに死んでしまう。先日キラービーを安易に殺してしまったのがいけなかったのか警備体制も強化されているようだし、想定よりも戦力差が開いている
空を飛べないので退路が確保できないし、単純に私が弱すぎる
「デカイのを一発頼むよ。撃ったらすぐに走って」
前回ゴブリンの群れから逃げるために使った天候を狂わせ、嵐を呼ぶ魔法を期待して声をかける
私は先行して既に逃走を開始している。クレアのステータスは私よりも上なのでこうしないと私が置いていかれてしまうからね
「《テンペスト》! 《アースシェイク》! 」
期待通りの嵐と予想外の地響き。あのエルフ、まだこんな隠し球を持っていたとは。風魔法も驚異だが、この地震を発生させる魔法も十分に凶悪だ
「だけど一言欲しかったなぁ…ッ」
クレアの発生させた地震のせいで走りにくい。ただでさえ足元が悪いのに
「クレア。私を担いで走って。その方が速い」
「…わかったわ」
あからさまに嫌そうにしていたが、万が一蜂達に追い付かれた場合の方が面倒だとクレアも理解したのか、クレアは渋々私を担ぎ上げ、悪路を駆け抜けた
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冒険者ギルドとの交渉は最悪上手く行かなくてもいい。間に人を挟めばやりようはいくらでもある
闇ギルドが仕事を受けてくれるかもわからないし、それなりに儲けを持っていかれるだろうからあまり使いたくない手だけど
「上の人間を呼んでもらっても? 村を飲み込んだ蜂の巣の件で話があるんだ」
冒険者ギルドに入るなり窓口へと一直線に進み、さも私がギルドから依頼を受け、蜂の巣を調査してきた冒険者だと錯覚させる
明言はしていない。勝手にギルド職員が勘違いするだけだ
「かしこまりました。ですがその前に、ギルドカードを拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
論理的自己防衛は完璧に近かったが、決まりごとに厳しそうなギルド職員にあたってしまった。今の私には支配スキルや威圧スキルは無いし、終末を翳す手で洗脳や服従等の異常状態を付与する事も不可能
「別に良いけど後にしてくれない? 事態は一刻を争う。騎士蜂の存在が確認された。それとは別に魔法を放つ蜂に見たこともない新種の蜂まで巣の近くをうろついていた。今この瞬間も脅威は力を増しているんだ」
使えるスキルは一つもない。なら私自身のスキルで乗り切れば良いだけだ
嘘を織り混ぜた脅威。現実的な範囲での敵性存在の水増し申告。ギルド職員の胸ぐらを掴み、唾が飛ぶくらいの距離で怒鳴り付ける
焦りを演出する。王国に迫る危機に気が動転している。善良な冒険者を演じる。冷静な判断能力を失っている筈だ。だからこそ表情は出来る限り威圧的に。少しの恐怖、恐れを添えるだけでいい
ギルド職員の対応の遅さ。融通が効かない、状況を理解してくれないことに、イライラしている筈だ。だからこそ感情は怒りで塗り潰す。思わず手が出てしまう程に
「わ、わかりました。すぐに確認してきますから手を…」
崩れた。後は乱暴に手を離し、併設された酒場の適当な席に座り、受付へ目線を固定。急かすように机に指を打ちつける
なんとか上手くいきそうだ。後はギルドの役職持ちと交渉し、損傷の酷いキラービーの死骸をなんとか高値で売り捌くだけ
損傷が酷いと言っても羽が焼け落ち、皮膚が少し爛れた程度のものだし、この世界ではこれくらいの傷は普通に買い取ってくれるかも
「お客様、ご注文は? 」
「あー…水と適当につまめる物をお願い。お代はギルドに請求しておいて」
席に座ってしまった以上、なにも頼まないという訳にもいかないので取り敢えず注文を済ませたが、生憎私は無一文だ
正確には僅かばかりの金銭は所持しているが、余裕がある訳じゃないし節約できるのであれば節約しておきたい
わざわざ馬鹿を演じたんだ。ギルドも命がらがら情報を持ち帰った勇敢な冒険者からこの程度の代金を請求しようとは思わないだろうし
「待たせたな。生憎ギルドマスターは近辺には居ない。副ギルドマスターであるこの私が対応してやる。要件は何だ。話せ」
提供された軽食を摘まみながらしばらくして、奥から現れたのは副ギルドマスターを名乗る男。何だか高圧的な態度だ。ナメられない為にわざとそうしているのだろうか?
「ん? ああ遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ。それで、ここで話しても構わないのかい? 私は別にどうだって良いけど」
「事態は一刻を争うんじゃなかったのか? 要件を早く話せ」
そこらの馬鹿とは違う。私では事前準備も無しにこの男を欺くのは難しいな。新種の蜂が存在する証拠を提示しろなんて求められたりしたら負けだ
「そこの職員にも伝えた筈だけど、村を飲み込んだ蜂の巣の様子をもう一度見に行ってきたんだ。騎士蜂や魔法を放つ蜂に、見たこともない新種の存在も確認した」
「なぜ魔物を刺激するような事をした。興奮した魔物が王都に攻め入る可能を考えられなかったのか? 」
正論パンチがストレートに決まった。痛い所を突いてくるな。最悪異邦人に対処させればいいやと思ってたなんて言えないし、適当に誤魔化すか
「そうならないように十分注意を払ったさ。それで、私は奴らの死骸を回収して、命がらがら逃げてきたって訳さ。羽は燃え落ちてるけど、臓器なんかにはあんまり傷は入ってない筈だ。劣化の心配もない。で、ギルドはこれをいくらで買い取ってくれるのかな? 」
「…我々の方で調べて終えた後、見合った金額を支給しよう。それで構わないな? 」
「ならこれは渡さない。私はこれを持って帰ってくる際に死にかけたんだ。それなりの額を払って貰えないなら、この死骸は渡せないな」
バラされてしまえばなんの変哲もないただのキラービーの死骸であるとバレてしまう。魔法を使う蜂の魔物が居たことは事実だが、それ以外は全て真っ赤な嘘なのだ
「守銭奴が…金貨一枚だ。特殊器官や変異の痕跡が確認出来れば追加報酬も出す。これ以上は譲歩出来ない」
「交渉成立だ。死骸は何処に出せばいい? 」
「この場で引き渡せ。手続きは省略する」
副ギルドマスターに促されるままにキラービーの死骸をストレージから取り出し、テーブルに乱雑に解放する
ストレージも無しにどうやって運ぶつもりなのだろうかと見物していると、副ギルドマスターの右手の指輪が淡く光を放った
指輪は、まるで異邦人がストレージにアイテムを収納するかのように指輪の中にキラービーの死骸を収納し、副ギルドマスターは私に向かって金貨を投げつける
なるほど。現地人用の収納系アイテム。空間収納、インベントリ、アイテムボックス、呼び方はどうでもいいか
しかし存在するのだろうとは思ってたけど、まさかあれほどまでに小型化されているとは。せいぜい空間拡張により収納性能の向上したバック程度かと思っていのに、あれじゃまるで別次元、四次元にでも収納しているみたいだ
欲しい。相場はわからないし、次いつ巡り合えるかもわからない。腕を切り落として逃げきれるか?
否だ。状況が悪すぎる。まだ太陽が沈む気配はない為、闇に乗じて逃げ去る事も出来ないし、これだけの数の冒険者を凌ぎながら冒険者ギルドから抜け出す事も難しい
第一にこの副ギルドマスター。低く見積もって以前イベントの際に遭遇したゴブリンキング以上の実力を有している。今も瞳の奥では私への警戒を微塵たりとも解いていない
モノクロルによって強化された鑑定なら、もしかしたら情報を抜けるかも知れないが、察知される危険性もある以上、不用意な鑑定は避けるべきだ
仕方ない。必ずしも必要な訳じゃないし、あの指輪は諦めるか
「それじゃ、くれぐれも王都にあんな魔物を近付けないように頑張ってよ」
惜しいが、王都で活動できなくなると困る。表向きは大人しくしておこう




