第4話 初めての死と待機部屋
「私は、死んだのか…身体がッ────」
私は強制ログアウトにより現実世界で目覚めたあと、ハードから這いずり出て叫び声を──上げなかった。歯を食い縛り、痛みを耐える
足に矢を受け、上半身と下半身を分断されて、たとえ現実ではないとしても、私は、生々しい死を体験したのである。痛くて怖くて苦しくて、泣き喚きたくなるほどに、最高に楽しかった
「あぁ…私が、この私が彼らと彼らと同じ体験を、死を経験している。私は彼らに近付いた。あぁ、これ以上ないぐらい気分が良い! 今ならッ……」
私は精神が興奮し過ぎたのか、床に倒れ込んでしまった。おや? 体がピクリとも動かない。どうしよう、困った
春とは言え、まだ寒いし、床で寝るなんて身体が痛くなりそうだ。しかし動けない事にはどうにもならない
仕方がないので私は、そのまま寝ることにした。明日は遊びに行く約束をしていたので後輩達が迎えに来てくれるはずだ
少々恥ずかしいが後輩達に病院まで連れて行って貰えば良いだろう。このまま発見されずに死亡、なんて事にはならないと思う
その日私は世界で現実性のある死を経験した
初めて感じる死の感覚は、痛み、恐怖、消失感、様々な感覚が混じった不思議な感覚だった
ただ確かな事が一つだけ。どういうわけか私は今、死を喜んでいるらしい
◇◆◇◆◇◆
明け方、私は目を覚まし。体を動かしてみようとする、ゆっくりとピクピク震えながらだが動かすことが出来た
しかし寒いな。エアコンのリモコンを探し、暖房をかけ、私はフラつきながらゆっくりと冷蔵庫を目指し水を取り出す
「ギリギリ動けるか....よし、後輩達にはこの事は黙っておこう。恥ずかしいし」
以前病院で貰ったっきり仕舞い込んでいた筋肉の硬直をほぐす薬を引っ張りだし、服用して少したつと、だんだんと身体を思い通りに動かせるようになってきた
急ぎ食事を済ませ、遊びに行く準備をして、ゆっくりと後輩達を待つ
ゲームで悪役の最後っぽい事を体験出来た事で精神が昂って動けなくなりました
なんて、恥を晒す事は出来ればしたくなかったので、体が動くようになったのは嬉しい
眠気に誘われながらウトウトしていると、インターホンの音がリビングに響き渡る。どうやら後輩達が来たようだ。私は荷物を入れた鞄を持って、玄関へと歩みを進める
「我が友、ユメキリよ!迎えに来てやったぞ! 早く行こうではないか! 」
「さぁ準備は出来ているでしょう? 行きましょうすぐ出発しましょう! グッズは待ってくれないのです! 」
私の数少ない友達の二人。恵まれた体格を持ち、自分の事を我と言い。魔王に憧れる。佐藤真央とパワーこそ正義! な魔法少女に憧れる。マスコットのように小柄な少女涼風優
「ああ、行こうか。でも何処に行くんだっけ? 忘れちゃってさ」
「フッ、我が友ユメキリよ、貴様は記憶力が良い方では無かったか? 具合が悪いなら日を改めるか? 」
真央は初対面の人とはなにかと誤解を生んでしまいがちだが、長いこと友達でいるとだんだんこの魔王っぽい言い回しが頭の中で自動翻訳されていくようになる
今の言葉は、失礼ですが夢霧さんは記憶力のよい方では無かったですか? 体調が悪いなら後日にしますか?
と言ったところか。心配してくれているのだろう。私はとりあえず歩きながら、昨日あのゲームで起こった出来事について話をしていく
「大丈夫、ちょっと忘れてただけだから。昨日面白そうって前話してたゲームのサービス開始日で熱中しちゃってね。あ、ちょっと聞いてよ」
その日は二人と服とアニメのグッズを買いに行き、ファミレスで食事をしたあと、ゲームセンターで遊んで解散となった
私は家に帰り独りあの世界にログインしようとハードの中に入り込む。だが死亡によるデスペナルティーのログイン制限がまだ一時間程残っており、あの世界にはログイン出来ず、初めてログインした際の空間に私はいた
幸いにもこの空間からでも、お知らせにゲーム内掲示板。それに公式サイトは観覧が可能なようなので、順番に見ていく
まずはお知らせから。お知らせのページを開いてみると、全体へのお知らせが一つ
それとは別に赤文字で緊急と表記された私個人にメッセージが届いていた。早速全体へのお知らせから読んでみる
▲▽
異邦人の皆様へ。フリー・シンギュラー・オンラインをプレイしていただき、誠にありがとうございます
本日正式サービス提供開始となりましたフリー・シンギュラー・オンラインについて
公式サイト内のご意見ご要望コーナーに、「明らかに説明不足過ぎる」や「なぜ初期装備が自身の服なのか」など「プレイヤーごとに初期ステータスにバラツキがあるのは何故だ? 差別では無いのか」という同じような質問が大量に届いているため、新たに公式サイト内によくある質問をまとめた、Q&Aの項目を追加いたしましたので、運営へのお問い合わせの前に、先にこちらを確認して頂けると幸いでございます
また昨日いくつかの重大なバグを修正するために緊急メンテナンスを十七時~十八時の間実施しました
異邦人の皆様にご迷惑をかけた事をここにお詫び申し上げるとともに、メンテナンス終了以前にログインしていた異邦人の方々には、回復薬99個、10000G、任意のスキルを習得出来る特別なアイテムを一つ配布いたします
さらに異邦人一万人誕生記念として、ランダムでスキルを習得出来る特別なアイテムを、このお知らせの発信から一週間の間にログインした異邦人の皆様に一つ配布いたします
現在、運営主催のイベントを計画しています。続報をお待ちください
今後もフリー・シンギュラー・オンラインをよろしくお願いします
「おぉ、いろいろ貰えるのは嬉しいな。でもバグなんてあったんだ、まぁあんなにリアリティがあったら仕方ないと思うけどなー」
▲▽
このメッセージはレイム様個人にお送りしております
この度は我々運営のミスにより現実性の設定を100%に設定した状態で、本来想定していなかった挙動が発生していた事をここにお詫びすると共に、現実性の再設定、及び補填を申し出たくご連絡をさせていただきました
対応に不満があるという事なら可能な限り、最大限の配慮をさせていただきます
我々運営のミスにより、レイム様に多大なる損害、精神的苦痛を与えてしまった事を深く猛省し、再発防止に努めさせていただきます。このたびは誠に申し訳ありませんでした
「…バグ? いいやあり得ない…アレが……バグ? 落ち着け、落ち着け私。一回落ち着こう」
私個人に送られてきたお知らせは、メッセージを返信出来るようだったので、アレがバグだなんてあり得ないと、感情のままに返信しようとした
だがアレがバグでは無いという明確な理由がなければ、そんな言葉に意味など無い
私は一度深呼吸をすると、ゲーム内掲示板を観覧することにした
私と同じように現実性の設定を100%にした人達の考えを知りたかった
【神ゲー】フリー・シンギュラー・オンライン バグ報告スレ【バグなんてあるのか....?】
1. 名無しの人間
とりあえずスレ立てしとくでー、一向にバグは見つからないが
2. 名無しの人間
おつー 本当全然見つからないよなw 俺氏壁抜けがしたくて町中でずっと壁に体当たり中
3. 名無しの人間
ベータテストの時には何かバグは無かったのか?
4. 名無しの森人
≫ 3. なにやってるんだよw 街の衛兵に捕まるぞw
5. 名無しの獣人
ほぼ無い、ただ一つ 国の法律を犯したら監獄に入れられてそこでログアウトすると出られなくなるってバグぐらいだったぞ
6 名無しの人間
あといきなり馬鹿みたいに強い敵に殺されたりする。死んだらアイテム無くなるとかは無いけどなんか悔しいよな
7. 名無しの殺人
僕も町中で無差別PKをしたとき監獄に連れて行かれましたが、見張りを殺して鍵を奪って、こっそりと貨物船に乗り込んだら無事脱出出来ましたよ
8. 名無しの鍛冶人
≫ 6. お、おう....情報ありがとう(殺人....? そんな種族あったか....? )
9. 名無しの殺人
≫ 7. 僕の種族はベータテストの時の特典でユニーク種族?らしいです。獲得条件はベータテストの時プレイヤーの中最もPC NPCを殺害することでした
10. 名無しの人間
そういえばベータテストの時にいい成績を残したやつには正式サービスの時に、特別な特典があるって運営が言ってたな
11. 名無しの人間
おう、俺はベーステスターだが最後に全ベーステスター10000人が集められて、そこで
本気でこの世界をやってるプレイヤー?ってのと
総合Lv上位10位のプレイヤー達、合計12人に特殊な特典が配られたんだ。
俺らも同じやつじゃないけど特典を貰ったぜ
ベータテストの時のレベルに達するまで経験値2倍ってやつと
最初に選択できる職業の種類が増えるって特典
あと、ベーステストの時の所持アイテムを1つ引き継げた
12. 名無しの人間
は? 裏山すぎるんだが?
~以下バグについて全く関係ない話が続く~
軽く掲示板を見てみたのだが、現実性の設定がバグ扱いされている事を掲示板に書いている人は一人も居なかった。今度は公式サイトのQ&Aを見てみる
Q. 最初の説明が少ない、何が目的なのか、もっと詳しく教えてほしい
A. このフリー・シンギュラー・オンラインは異邦人の皆様に自由なプレイをしていただきたく、キャラクターメイキングの時点で開示する情報を制限しております。異邦人様達が何を目的にするかは、異邦人様達の自由です
Q. 初回ログイン時の時の服が初期装備になっていたんですがこれはバグですか?
A. 仕様です
Q. プレイヤーごとに初期ステータスのばらつきがあるのは何故なのか
A. 初回ログイン時に異邦人の皆様の現実での経験をこの世界のステータスに当てはめて換算しているためです。つまり仕様です
「見つからない....まさか私の他に現実性を100%にしている人は居ないのか....? いや、あり得ないだろ。プレイヤーが一体何人居ると思ってるんだ」
私が掲示板をいくら探しても、現実性を100%にしたという人は見つからず、それどころか設定をいじった人すらあまり見つからない。掲示板では設定の事が、(死に)設定という不名誉な名で呼ばれていた
私がどうしようかと悩んでいると、デスペナルティーによるログイン制限は既に終了しており、ログイン出来るようになっていた
「考えてても仕方ないし、まずは遊ぼう」
私は、あの現実性のある世界にログインした筈だった




