第37話 ゴブリンとエルフと撤退戦
現在地から洞窟の外までは走って十五分程度の距離だが、武器を失ってしまった為、ゴブリン達を迂回しなくてはならない。そのせいで必要以上に時間を要していた
獲得した経験値を使用してステータスを強化しようかとも考えたが、どうやら戦闘継続中の扱いをされているらしく、戦闘が終了するまで経験値の獲得は保留されているようだ
おかしいだろ。バグだろ。殺したんだからすぐに経験値よこせよ
「今の魔力量で魔法はどれくらい使える? 正直きみの魔法が頼りなんだ」
不平不満を飲み込みつつエルフの少女に質問してみる。武器を失った私では竜化と終末を翳す手を用いた近接戦闘くらいしか出来ない。一応地上に出れば空を飛んで逃げることも出来るだろうけど
「親和性の高い風魔法ならいくらでも。他の属性は…多く見積もって二十回くらいが限界です」
少なくとも洞窟から抜け出すには十分。外に出られさえすれば私が飛んで逃げれば良いし、なんとか逃げ切れそうだ
なんてお気楽な思考に浸っていると、突然エルフの少女が私の手を引っ張り立ち止まってしまった。疲労が溜まっているのだろう。仕方ない。私が背負って逃げるか
「あ、あの、わたしの他にも捕まってる仲間が居て…」
「悪いけど今回きみのお仲間の事を助ける余裕はないよ。正直きみひとりで手一杯。ギリギリなんだよ」
「そう、ですよね。ごめんなさい」
そんな顔をしないでくれよ。必要ない罪悪感を抱かなくちゃならないじゃないか。面倒くさい
「あのゴブリン達さえ始末すれば出口まですぐだ。頼んだよ」
「は、はい。《エアロブレード》 」
風属性魔法による空気の刃がゴブリン達の命をあっさりと刈り取る。しかし魔法というのはやはり脅威だね。認識外からあんな攻撃をされちゃ避けきれないかもしれない
空気を圧縮した刃は視認性が悪く、正確な距離感を計りづらい。それでいてあの切断性能だ
あれ程の能力があってどうしてゴブリンなんかに捕まっていたのだろう? 軽く疑問を抱きつつも、私達は洞窟を脱出した
日は既に傾きかけていた。暗闇に乗じて逃げやすい時間帯だ。後は【竜化】で翼を生やして…生やして…
「ありゃ? おかしいな。翼が生えない」
何故だろう。原因は明白。魔王がスキルの一部を奪っていったせいだ。クソ、弱体化の影響が思ったよりもデカすぎる
空を飛んで逃げることは不可能。辺りには無数のゴブリン。ちらほらとゴブリンリーダー等の上位種も混じっているようだ。これでは逃げきれるかどうか
「レイム!! 無事か!? 」
お、丁度良い肉壁が
「ああタクト。大丈夫さ。君らは? 」
「タクト様~もう魔力が限界です~」
「捕らえられていた人々を解放したのだが…如何せん数が多すぎる。この数が相手ではいくら俺でも守りきれんぞ。どうするタクト」
「ここから安全な街道沿いまではかなりの距離だぞ。足手まといを連れて逃げ切れる距離じゃない。おい! どうすんだ!? 」
ザブが現状の再確認を促し、ハーバーはわざと危機感を煽る。すこしでもタクトに正常な判断をさせる為に必要以上の危機感を演出しているのだろう。というかそう思わせてくれ
援護や増援は期待できない孤立無援の状況で、相手は無尽蔵に襲いかかってくる。それにポツポツと格上も混じっているときた。もう詰みだろこんなの
「……だからってこの人達を見捨てる理由にはならない! みんなで、生きて帰るんだ! 」
馬鹿ここに極まれり。どうしようもねぇなこのリーダー。状況を理解できていない。なにが見る目があるだ。腐ってんじゃねぇのかその眼球
このままではジリ貧だ。タクト達は重石にしかならない衰弱した人々まで連れ帰るつもりらしいし
「ピロル、みんなに回復魔法を、活路を開く。ハーバー、レイムは俺と一緒に来てくれ。ザブは捕まってた人達を護衛を頼む」
救出したエルフの少女を戦力に数えるとしても六人でこれだけの数、ざっと五十人以上の衰弱した人々を連れて撤退するなんて無茶だ
それに捕らえられていた人々はこれで全員では無い筈。現にエルフの少女が言っていた同族の姿が見えない。恐らく洞窟の中にも牢が存在したのだろう。集落の規模からして数百人程度は見積もっておいた方が良い
それがもし、混乱に乗じてこちらに合流するなんて事があれば、タクトはそれを認めてしまう。あっさりと承諾してしまう
救うことのできる命は救うべき。手を伸ばせば届くのであれば、助けるべき。大層ご立派な信念だこと
だか、相応の実力が伴っていないのであれば、それもただの戯れ言に過ぎない
「あのさぁ、私達は今死にかけてるんだぜ? もしかしたらきみだけは死なないのかも知れないけど」
「レイム…お前、何が言いたいんだよ。言いたいことはハッキリ言えよ! 」
ああもううざったいな
「その安っぽい正義感が気に入らねぇって言ってんだよ。異邦人」
自分の事は棚上げだ。今はただこの忌々しい異邦人を吊し上げ、とことん弾糾したい
「何度死んでも蘇るからって正義の味方気取りか? 安全圏から理想ばかりを垂れ流しやがって。気持ち悪いんだよ。ハッキリ言って反吐が出る」
「な、何を言って…」
「おいおい、シラを切るつもりか? とぼけないでくれよ。私は悲しいぜ。お前みたいなのが何かの間違いで中途半端な力とひねくれた思想を持ったしまった事が。可哀想な奴だと思うよ。ほんと」
話なんてしたくない。対話なんて真っ平御免だ。足手まといを大勢連れて逃げきるなんて妄言を吐ける程、私は自分の力を信用していない
戦闘において人数不利を覆すには他の追従を許さない何かが必要だ。彼らはそれを何一つとして持ち合わせていない。そんな状態でこの数の相手に撤退戦を仕掛けるのだ
ただ逃げるのでさえ困難を極めると言うのにそんな無茶をすれば確実に全滅してしまう。で、あれば。そんな無茶を提案するパーティーメンバーは最早味方ではない
「まぁいいさ、ここからは別行動だ。私はそこのエルフと二人でこの場を切り抜ける。君らは君らで好きにすればいいよ」
手持ちの鎖を全て使用し、建物と建物の間を対象に道を封鎖するように《バインド》を発動。無駄な消耗は避けたいが、ここは必要経費として割り切ろう
「自分一人無事なら良いのかよ! 弱ってる人が居たら助けるのは当然だろ!? 」
「助けられる能力があるならそうすれば良いさ。ただ私には無理だって話。君らは君らで勝手にすればいい」
あまり長話をしているとゴブリンが寄ってきてしまう。私は素早くエルフの少女を担ぎ上げると、街道沿いへと逃げる為に森へと飛び込んだ
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「畜生、ゴブリンの数が多すぎる…殆ど私達を追ってきてるじゃないか」
調子にのってゴブリン達を殺しすぎたのか、脅威だと認識されてしまっているらしい
「多分、わたしの魔力のせいで…ごめんなさい」
このエルフのせいか。もうその辺に投げ捨ててその隙に逃げてしまおうか
話によると発情中のゴブリンには母体として優秀な魔力量の多い女性を優先的に襲う特性があるらしく、あの場にいたタクト達の魔力量をエルフの少女一人が上回っていた為、このような状態になってしまっているらしい
「謝る余裕があるならゴブリン達の足留めを。正直、結構キツいから」
集落で生産しているのか質の悪い武器を手に四方八方から襲い掛かるゴブリン達の攻撃を凌ぐのはかなり精神力を削られる
低下したステータス。弱体化、消失したスキル。悪条件が重なりすぎている。いつ死んでもおかしくない状況だ
だからと言って諦めるのは違う。精神論では生き残れない。それぞれの攻撃を見極め、最適な形で反撃、回避を繰り返す
こちらから無理に攻撃を仕掛ける事はしない。そんなことをすれば必ず隙が生まれ、瞬く間に私はお陀仏だ
竜化させた腕で刃を反らし、そのまま常時発動している終末を翳す手で触れる
常時発動していた事で気が付いたのだがこの終末を翳す手。竜化と同じくMPの消費が存在しない為気軽に使用していたが、どうやら何も消費せずに力が発現している訳では無いらしく時々意識が朦朧とする
取り込んだ終末龍の因子が私の中の何かを蝕んでいるのがわかる。が、今これを解除してしまえば押し負けてしまう
「《ロックウォール》! 《サイクロン》! 今です」
エルフの少女の魔法により追手の大半は壁に阻まれ、前方のゴブリンは無数の風の刃により磨り潰された。道は開けたが、先に私の体力の限界が訪れてしまったようだ
私は木の幹につまづき派手に転んでしまった。転んだ拍子にエルフの少女を死骸だらけの方向へと投げ飛ばしてしまったが、もう少しで街道に出る筈だ。この距離なら一人でもなんとかなるだろう
「もう少しで街道に出る。増援を呼んでも多分間に合わないだろうし、私の代わりにギルドへの報告だけしておいてね。後で報酬だけは貰いに行くから」
そう言えばこの前受けた調査依頼の報告もまだだった。魔王のせいですっかり忘れていたけどアレの報酬も受け取っておかないと
──クギャ、ヨク、アバレテクレタナ
──ソノオンナ、オイテケ! オイテケ
圧倒的な実力差。エルフの少女を襲おうとしていたゴブリンと同格かそれ以上の威圧感を放つゴブリンが確認できるだけで八体。土壁の向こうにはこのクラスがまだまだ居る筈だ
流石に死んだかな。エルフの少女を生贄にしたとしても流石にこの数を一人で釘付けにするのは難しいだろうし
「悪いけど君らの相手は私だ。全く、君らとはなにかと縁があるね」
最初に死んだのもこんな森だったっけ。現実逃避気味にノスタルジーに浸ってら
昨日の今日でまた死ぬのか。レベル一だしデスペナルティによるレベルダウンは食らわないと思うけど、保護していないアイテムのドロップは痛いな
今私のストレージには出所が特殊である為、簡単にギルドで売り払う事も出来ず、家にも置いては置けない危険物、ハイドとルージェストの死体が保護されずに収納されている
私が死ねば辺り一帯に呪怨と毒素による汚染が広がってしまう
万が一調査なんてされてしまえば異変の原因が私の捨てた死体であることまで調べ上げてしまうかもしれないし。魔法やスキルなんてものが存在する世界だ。解析の上位スキルなんか怪しい
今後の行動を考えるとあまり目立つような行動は避けるべきだけど、もうどうしようもない
どちらにせよこのままじゃ良くて相討ち。最悪は呪怨と毒素に適応した新種のゴブリンの誕生だ。そう簡単に死ぬ訳にはいかない
「《バインド》、魔法を撃ったらすぐに逃げ──」
「避けて! 《テンペスト》! 」
確かに魔法を撃てとは言ったけど、それは聞いていない
天候さえも歪め、土砂降りの雨が木々を濡らし、殺人的な暴風が吹き荒れる。土壁の向こうには雷も落ちているようだ。これなら私が足留めする必要もなさそう
「流石エルフ。あんな魔法が使えるなんて」
とは言え相当の無理をしたらしくエルフの少女は息を荒くしてまた意識を失ってしまった
ゴブリン達はこれ以上追っては来られないだろうし。助けられた恩もある。私はエルフの少女を背負い、王都へと帰る為に街道に向け歩みを進めた




