第32話 古き魔王と喪失宝珠
適当な出店をいくつか巡り、腹ごしらえを済ませた私は大通りから外れた噴水のある広場のベンチに腰を掛け、構想を練っていた
義務教育機関の教室二つ分程度ではあるが、誰にも邪魔されない自前の実験室を持てた事で出来る事の幅は格段に広がった
より強力な薬品の作製、この世界特有の法則の研究もしてみたい。お金に余裕が出来れば魔法武器をバラしてみるのも良い。やりたい事が次から次に浮かんでくる
「ちゃんとした手駒を用意する所からかな」
ある程度知能を持つ私兵を用意できれば素材の収集を効率良く行える。イベントを開催する際も多彩な演出を行えるようになる。なんだ。良いことずくめじゃないか
そうと決まれば素材を集めよう。幸いにも私の滞在しているこの王都はありとあらゆるモノで溢れ返っている。よほど珍しい物を望まなければ、大概の品は手に入る筈だ
先立つものが必要だ。何処からか資金調達をしなくては。既に財布の中身は悲惨なことになっている。手持ちは銅貨三枚と王都では端金のようなGのみ
明日の朝食すらあやうい状況でおちおち買い物なんて出来たもんじゃない
闇ギルドで大金を稼ぐ為には信用を得る必要がある。つまりはギルドカードのランクを上げる必要があるらしく、ついさっき家の鍵と一緒に受け取ったギルドカードのランクはD
Dランクの依頼となると遠方への機密文書の配達か特定の人物への恐喝、取り立て等々、小金稼ぎにもならないような仕事ばかりだ
通りの店で働かせて貰えるように頼み込むのも選択肢の一つだが、それを選ぶと店に長時間拘束されてしまう
「となると私に残された選択肢は二つ。冒険者ギルドか科学者ギルドか。うーむ。悩むな」
冒険者ギルド、Fランクの依頼は薬草の採取や迷子の動物探しだったりと比較的安全な依頼が多い。魔物の討伐依頼だとしてもある程度鍛えた人間なら難なくこなせるレベルだ
しかし今の私は左足を欠損した状態、歩行するにも杖がなければままならないような状態だ
なら科学者ギルドか。科学者ギルド、Fランクの依頼は体力回復薬の作成や薬草の仕分け等の軽作業らしいが、こちらは報酬がかなり少額に設定されている
「一先ず冒険者ギルドで仕事を探してみよう。良い条件の依頼があるかもしれないし」
無くても最悪、手段を選ばなければ手っ取り早く資金を集める事も可能な訳だし。そんなに焦る事でもない。出店で購入した猪の焼肉串を片手に、私は冒険者ギルドへと向かった
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冒険者ギルドに入るやいなや、私は真っ直ぐギルドの受付へと向かい、短時間である程度まとまった金銭を稼ぎたい事を受付嬢に伝えた
「でしたら、周辺の魔物の生息域の調査なんていかがでしょう? 基本的にこの辺りには特段強力な魔物は生息していませんし、調査なんて記載してはいますが、実際に事細かに分析をする必要もありません」
間引かれた原生種の魔物が管理されていない外来種の魔物に駆逐されてしまっていないかの確認
支給されたチェックリストを確認して回るだけの作業だと、此方に視線も向けずに無愛想な態度を取りながら案内をするのは王都の冒険者ギルドの受付嬢だ
「なるほど。報酬もそこそこだし、この依頼を受けようかな」
山積みにされた書類を次から次に捌く彼女から、私に一枚のチェックリストが高速で射出された。それを難なく掴み取り内容を一巡し記憶する
どうやらこれに記載されている箇所を回れば良いらしい
「ありがとう。ギルドに戻るのは遅くなるかもしれないけど、必ず今日中に戻るから報酬を用意しておいてくれるかい? 」
「あーはいはい畏まりました。報酬は必ず用意しておきます。つったく、忙しいんだから冷やかしは帰れってんのよ」
依頼を受けてしまえばこのような場所に長居する必要はない。渡されたチェックリストに記載された地点は三ケ所。さぁ、手早く済ませて、とっとと資金を調達しようじゃないか
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記載された三ケ所地点の内、二ヶ所の確認を済ませた頃。一ヶ所は過去に一度見たことのあるゴブリン達の村に酷似したオークの村。もう一ヶ所はありふれた魔力回復薬の原料となる薬草の群生地帯
適当なオークを何体か【鑑定】してみたが記載と差異のある異常な成長を遂げた個体は存在しなかったし、魔力回復薬の原材料の薬草が枯れ果てているという事もない
既に確認を済ませた二ヶ所に異常は見られなかった。問題なのは三ケ所目、数年前までは美しい花樹を一目見るために集まった観光客を相手にした商売で利益を得ていたが、流行が終わり、今は廃れた集落の調査
廃村寸前の緩やかに終わりを迎える村の様子を確認するだけの渡されたチェックリストの中で最も簡単な項目の筈だった
背の高い木々が並ぶ深林を進んだ先にある村は大きく姿を変化させていた。私は【隠匿+1】を発動し近くの木々に潜み、姿を隠しながら村の様子を詳細に確認する
「これはこれは…【鑑定+2】。一応村判定ではあるんだ。もう壊滅してるようにしか見えないけど」
かつて栄えた観光地は、今は一メートル越えの大型蜂の楽園と化し、瓦屋根の家屋のその殆どが家の形を残しておらず、辺りの樹木に絡み付き空に聳える巨大な蜂の巣に飲み込まれている
しかし判定的には村は壊滅していない扱いらしいけど、この状況で村人が生存しているとは考えにくい。そもそも、村が存続中であるとされる判定基準はどの辺りなのだろうか?
村が存続される判定基準をあの蜂達が理解し、あの蜂達に何らかのメリットが生じるとして、その状態維持するなど可能なのだろうか?
いや、そもそも前提から間違っているのかもしれない。あの蜂達には自ら思考する自由意思など無く、もっと高位の存在が生み出した使役物、召還獣等に分類されるものなのかもしれない
なら、あの蜂達を生み出した主の目的は? こんな廃れた防衛設備もなにもない村の制圧にはこれだけの量の蜂は明らかに過剰戦力すぎる
木々から隠れ覗いている視界に入る数だけでも六十以上の蜂が巣を護るように飛び交い、外敵を警戒するように辺りを見回っている
ならこの場所に巣を作り、護ること自体に意味が……?
耳障りな羽音が迫る。音のなる方向に視線を向けると三匹の蜂が私に気が付き、襲い掛かかってきたようだ
戦闘か、逃走か。どちらにせよ先ずは相手の情報を抜くことから始めよう
蜂を【鑑定+2】してみると、種族名称はキラービー、Lvは45、ステータスは平均的に私よりも格上だが、スキルの習得数は私の方が段違いに多い
人数不利を覆すのは慣れている。それに所詮相手はただの昆虫。勝てる。確信を持った上で私は腰からメスを引き抜き、【竜化+3】で竜の脚を生やし、失った左足を一時的に代用する
異形の左足には違和感を感じるが、無いよりはマシだ
「来いよ虫ケラ。バラして実験の素材にしてやる」
煩いくらいの羽音が迫る。先ずは先頭の二匹の翅を捥ぎ、地上戦に持ち込む所からか
竜化を使用し翼を生やせば空中戦自体は可能なのだが、今は欠損した足の疑似再現に手一杯。さらに翼を生やせば、今度は足の竜化が解けてしまうかもしれない
顔を歪ませ毒性を含むと思われる体液を口から漏らしながら、敵意を孕んだ怒声が轟く。どうやら相手は私の事を侮ってはくれないらしい
となれば油断を誘う為のわざとらしい行動は省くべきか。【身体強化魔法+1】を発動。強化するのは勿論AGI
解毒手段を持ち得ない現段階ではあの毒液を受ける事は死に直結する。メスを構え、左手には【終末を翳す手】を異常状態を付与する前の待機状態で維持しておく
キラービーは数の有利を生かし、散開し、私を取り囲むようにくるくると蝿のように飛び回っている。そのまま降りてこないようなら私から仕掛ける必要があるなど考えていると、旋回中の二匹が上空から速度を付けて降下し、至近距離から毒液を噴射してきた
体勢を屈め、正面に転がりつつも上空に戻ろうとしたキラービーの背中になんとかしがみつき、背の羽めがけてメスを突き立てる
鮮血が吹き付けたが、どうやら血液にまで毒性が含まれている訳ではないようだ。毒などの異常状態は付与されていないので、戦闘の継続に問題はない
キラービーは空中で大きく体勢を崩しながらみるみる内に地面へと落下してゆく。この高さから落ちれば私も相当のダメージを覚悟しなければならないだろう
それはよろしくない。この後の残りに二匹との戦闘に支障がでる。私はすぐさま羽を捥いだキラービーを足場代わりに蹴り、近くに居たもう一匹の蜂の魔物の顔面に深々とメスを刺し込む
それでも空へと逃げようとするキラービーに蹴りを数発入れ、地上へ安全に降下
深々と突き刺さったメスを引き抜き、キラービーを蹴り捨てる。あの様子ではもう身動きは取れないだろうし、放置していれば勝手に死んでくれるだろう
残りはあと一匹。どうやら最後に残ったキラービーは、もはや虫の息の顔から夥しい量の出血をしているこの死にかけのキラービーを助け出そうとしているらしい
地上に降りてきたキラービーは必死に私の隙を伺っているようだ
睨み合いの状態を長く続ける訳にはいかない。戦闘が長引いて特をするのはすぐ近くの巣に大勢の仲間が居るキラービーの方である
出来れば速やかに戦闘を終わらせたい。しかし一対一のこの状況、キラービーに近付けば毒液を放つスキルの餌食だ
膠着状態が長引けば長引くほど不利になるのは私の方だが、相手も瀕死の仲間を救うためには一刻も速く私を排除しなくてはならない
仕方ない。多少の毒を許容してでも短期決戦を仕掛けるか。身体強化魔法でAGIも上げてあるし、最悪竜化で翼を生やし飛んで逃げれば良い
腹を括り終末を翳す手に異常状態を付与しようとしたその時、見覚えのある醜い緑の大男の姿が視界を遮った
「クギャ! キキギ! ヒサシブリ!! ヒサシブリ! 」
チグハグな大きさの無理やり縫い付けられたような多腕でたった今蜂の六本足を引きちぎり、キラービーをダルマにした怪物は私に好意的な印象を抱いているらしく、自由を失った獲物を掲げ、大きく複数本ある手を振っている
以前に造り上げたまま半ば放置していたフェイリァゴブリンと追従するように遅れて現れたのはホブゴブリンとゴブリンが二匹
ゴブリンの数が少し減っている。王都までの道中はどうやら苦難に満ちた旅であったらしい
「うん。久しぶり。[命令+3] さて、それじゃあ私は街に戻る事にするよ。これ以上この場に留まると危なそうだし。後はよろしく」
戦闘が長引いてしまったせいか戦闘音を聞き付けたであろう武装した警備蜂がこちらに向かってきているのが見える
距離がある為、鑑定する事は出来ていないが、装備している槍やスピードから予測するに私よりも格上の相手だ
囮役を務める者が居た方が逃げやすいし、私は運良く合流できたゴブリン達を囮に使う事にした
二体減ってたけど、彼らは王都近郊まで辿り着いた精鋭ゴブリンだ。文字通り命懸けで足留めに徹すれは私が逃げ切る時間くらい稼いでくれるんじゃなかろうか
最悪全滅してしまったとしてもその辺のゴブリンの集落を襲えば代わりは補充出来きるし、なんら問題はないだろう
私は【竜化+3】で背から翼を生やし、身体強化魔法で倍増させておいたAGIにものを言わせた飛行でその場を去った
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夕暮れ時の赤く染まった空をしばらく飛んでいると王都を囲む外壁が見えてきた。ハニービーの追撃が無かった事を見るに、ゴブリン達の足留めは正しく機能してくれたらしい
とは言えあの数の魔物に襲われてゴブリン達が無事であるとは全く思えない。十中八九全滅だろう
まぁあのゴブリン達はたいして重要な役割を持っていた訳ではないので痛くはないが、記念すべき私の初改造品であるゴブリンが失われてしまったのは何だか損な気分だ
夜とは言えこの辺りまで来ると王都へと向かう商人や冒険者達などの通行人が増えて来た。私の翼は闇に紛れる事の出来る暗色の翼だが、羽織っているのは真っ白の白衣
目立つのだ。こんなことなら暗色系の装備も用意しておくんだった
このままだと王都の警備兵に撃ち落とされてかもしれないし、仕方がないので私は地上に降り竜化を解除、ここからは徒歩だ
街に入る為の関所は二十四時間解放されている為、急ぐ必要もない。私はステータスの更新を行いながら王都への道を進む事にした
レベルアップにより獲得したSPの半分をDEXに割り振り、残りは他のパラメーターに適当に割り振る
今回のステータス更新で私のDEXは五千、補正値込みで一万越えの大台へと突入した。しっかし見れば見るほど偏ったステータスだ
DEXの副次効果は公式からハッキリとしたアナウンスがされている訳ではないが、体感から予測するに肉体の操作性の拡張でほぼ間違いないだろう
今や現実世界の身体よりも思考の通りに反応する身体。本来人間の成し得ない生身での飛翔に対する異常な速度での適応
それらを拡張している外付けの力こそがこのDEXの副次効果。であれば他の項目の副次効果はなんだろう? LUCKが高ければ幸せになれるとか?
余裕が出来れば調べてみるのも良いかもしれない。とりあえずは、生活基盤を安定させる所からだけど
依頼の報告さえすれば数日分は食事に困らない程度の金銭が得られる。無駄遣いは出来ないが、少し遠出して実験に使う魔物を回収しに行こうか
改造人間を造るのに必要な技術は既に会得している。あとは材料さえあれば作成自体はいつでも可能だ
そろそろ現実世界の方も二十一時を過ぎるので、一度あちらに戻らなくてはならないが、それくらい苦にならない
ついにここまで来た。科学者という非戦闘職に着き、身体改造と外法医術のスキルを手に入れて、自前の実験室を用意した。やっとだ。やっと念願の怪人作成が行える
あぁ、楽しみだ。もう明日は学校を休んでしまおうかと悩むくらいに、それくらいに楽しみで楽しみで仕方がない
ようやく夢へと一歩近付く。そう、浮かれて過ぎていたのかもしれない
街灯の増え始めた舗装された道を進んでいると、明らかな違和感に気がついた
本来なら街道沿いとはいえ魔物の一匹や二匹、注意せずとも視界に入り込む筈なのだが、今は一切見当たらない
夜だから。暗闇の中で視界を確保する事もままならないから、という訳ではない
周辺一帯から、一切の気配を感じないのだ。それこそ、一切合切征服されてしまったかのように、まるで意思を感じない
「もし、そこな小僧よ。少し話をしないか? なに、大した話じゃない。ちょっとした、真実の話だ」
そんなありふれない異質な空間の中で、街灯の照らす光の影から現れたのは七十台は越えていそうな初老の爺
生気の殆ど感じられないしわくちゃの顔。風が吹けば倒れてしまいそうな痩せ細った身体。長い白髪は後ろで束ねられており、見に包む衣はこの世界でもあまり見慣れない、古めかしいもの
左足を欠損している事を考慮したとしても、争いになれば私の方が圧倒的に優位である筈だ。にもかかわらず私は、声をかけられるまでこの老人の気配を全く感じ取れなかった
「……それで、なにを話してくださるのかな? 今は少し急いでいるんだ。くだらない話であれば、貴方を生かしておけるかわからない」
刃物を一度振るえば起き上がってこなさそうな老人に、私の方が気圧されている。場は既に老人によって支配されている
一歩遅れて放った思念操作の【鑑定+3】《生物鑑定》には私の求めた情報は一切記載されていなかった
鑑定を弾かれた。どうやら老人は思念操作で放たれた鑑定を何らかの手段で防いだらしい
「若僧が粋がるで無い。底が知れてしまうぞ? とと、つい小言を。これでは儂も老害のようであるがな。せっかちな小僧よ。何を聞きたいかは小僧が決めろ。儂は何でも...とは言わないが大抵の事なら知っておる。さぁ小僧、貴様は儂に何を望む? 富か? 名誉か? 力か? その全てに対する答えを、儂は知っておる」
なんでもを知るという傲慢なこの老人は自信満々にその古めかしいローブを風に靡かせ、誘うように両手を大きく広げる。そのポーズにはわざとらしい侮りを含まれていた
「とと、その前に儂の方から三つ聞きたいこと事がある。なぁに、お前のような小僧でも当たり前に知っているような簡単な事だ。そう不安がるでない」
「…いいよ。私に大したデメリットがある訳でも無いだろうし。受けようじゃないか」
虚勢を張ることは出来ても、老人の提案に逆らうことが出来ない。逃げる為に背中を見せてしまえば、ものの数秒で殺されてしまう事だろう
死が確定してしまっているかのように、この場から逃げおおせるビジョンが全く浮かばない。どうやったってこの老人を排除出来る気がしない
提案された二つの選択肢に反し、私の選べる答えは最初から決まっていた
「では一つ目だ。魔王ゲーティアの現在の領土はアルフガルドの何割を占めているか」
「悪いけど私はその魔王ゲーティアさんって方を知らないから答えられない。そもそもアルフガルドなんて国すら私は知らないしね」
「…余り先人をからかうでない。いや待て、本気か?
本気で言っているのか? あぁクソ、少し眠ったらこれか。やはり使えん奴らだ。…もういい、次の質問だ」
「二つ目だ。現代に現存する勇者の総数を教えろ」
「誰しもが勇者になり得る可能性に満ちている。頭の固い貴族、布切れ一枚持たない浮浪者。なにも知らない無垢な子供だろうがなんだろうが、誰しもがソレになる可能性を秘めている」
「違う。そういう話を聞いたわけでは……」
「何が違う? 勇者というものはそういう奴らの事を言うのだ。人々を幸福に導くという高潔な精神の基、身勝手な救いを振り撒く異常者も。何人死のうが生きていて欲しいたった一人を死に物狂いで護り抜く狂人も。何かのため、誰かの為に自分を殺せる失明者も。それこそ無関心の第三者。物言わぬ少数派。無知な凡愚でさえも。誰もが勇者に成り得る可能性を秘めている。それの何処が違う。聞いてやるから言ってみたらどうだ」
「この気狂いが………まぁいい、次が最後の質問だ。これは小僧でも答えられるだろう。ほれ、あれを見てみろ。あの巨大な壁はなんだ。あれは神の宮殿かなにかか? 」
「なにって…街だよ。アベレージ王国の王都さ。多くの人間の住まう経済活動が活発な地域と言えばわかるかな」
問いに答えれば答えるほど、老人は驚いた様子で眉を寄せていた。それはこの世界の人間に比べ、どこか奇妙にズレていて浮世離れしているようなイメージを抱いた
「儂の質問に答えたのだ。褒美をくれてやろう。小僧、お前は何を知りたい? 黄金を生み出す術式か? 時を遡る魔術か? それとも不死の霊薬の調合書か? 」
「それじゃあその左手に隠し持っている球体の事でも聞いてみようか」
こうも会話を続けていると、老人の身に纏う神秘的なオーラなんかにも慣れてしてしまう訳で。私の目は老人が隠し持っている薄らと虹の輝きを放つ球体を見逃さなかった
「ククッ、見事なり。しかしもう遅い」
老人が声高らかに宝珠を掲げると、突然、重力が増したかのように身体が重くなり、身体も思うように動かなくなってしまった
重圧をかけ動きを封じる魔道具か? あるいは拘束系統の魔法を封じ込めたスキルスクロールの形を変化させた物か。はたまたこの老人のスキルなのかもしれない
身体が泥のように重く、動きは鈍くままならない。手に力を込めようとしても上手く拳を握る事が出来ない
感じられる魔力の量も減っている……いや、減り続けている。魔力が吸われているみたいだ
「喪失宝珠。太古の勇者の心臓から造った儂のとっておきよ。効果は対象の経験の吸収。今小僧の身に起きている身体能力の低下はそれが原因だ。他にも小僧のスキルもいくつか奪わせてもらったぞ。しかし…たいしたスキルを持っていないな。所詮は人間か」
「ふざ、けんな」
「おぉ怖い怖い。老人を睨むでない。いや、祖先と言うべきかもしれんな。まぁ、この調子なら大抵の者は絶えているだろうが。何分、人間など腐る程抱いて捨てたものでな。ククク、クハハハ! 」
心臓の逆位置に位置を移している宝珠からは鈍い七色の輝きが見えた。あれさえ破壊できれば、これ以上の弱体化は防げるかもしれない。宝珠の効果のせいなのかスキルの発動が難しくなっているが、やるしかない
「あぁそうだ! 儂こそが征服の魔王、ゲーティアである。誰の許可を得て栄えたのかは知らぬが、アルフガルドは儂の征服した世界だ。異民にはこの世界から立ち退いてもらおうか」
チャンスは一度きり、相手は油断をしている。私はまだ死んでいない
とどのつまり、最高の状態だ
「【竜化+3】くたばりやがれ、クソ爺ぃ! 」
翼背から生やし、スピードをかさ増しして、瞬時に竜化部位を切り替え、翼の維持を止め、竜の脚を形成。残った推進力に任せ超至近距離まで接近。なにやら防御をしようとしているようだが、もう遅い。私の竜の脚は喪失宝珠を正確に捉え、宝玉に致命的なヒビを刻んだ
「ああああああ!! クソ、貴様ァ! 自分が何をしたかわかっているのか! クソが、クソがクソがクソがクソがァ! 若造が意気がりおって、生意気な。殺す。殺してやるぞ小僧」
おぉ怖い怖い。たかだか勇者の心臓を使った宝珠を壊したくらいでこうも冷静さを失うだなんて
先程までの落ち着きのある態度はハリボテだったという訳か。自身の強さに驕り自らを高く置く事で産み出された、虚像であったという訳か
笑える。笑えてくる。馬鹿と煙はなんとやらとは良く言ったものだ
額に血管を浮き上がらせるくらいに怒りを振り撒いている魔王の姿からは、先程の物静かで知的な印象は全く感じられず、奇妙な威圧感は消失し、残ったのは自身の欠陥を認められない老人の幼稚な怒りだけだ
逃げる事は出来ない。身体はもう動かない
目の前で組まれている魔方陣を展開した術式を妨害する事も出来ないし、攻撃を防ぐ手段を持ち合わせている訳でもない
私はここで死ぬのだろう。宝珠を破壊しようだなんて思わなければ、どうにか逃げ切れたかもしれないのに。全く、我ながら馬鹿なことをした
「【古代魔法】《業火》陣を組んだ特製だ。獄炎の中で、己の罪を悔い改めよ」
完成した魔法はこれまでに見た炎の中で最も激しく、まるで意思を宿しているかのように私の肉をジュクジュクと喰らうように焦がしてゆく
業火が身体を包み込む。肌は焼け爛れ、身体の内側から燃やされているかのような感覚が脳内で痛みを出力する
指の何本かは即座に炭化し、ポロポロと崩れてしまったが、身体が完全に燃え尽きるまでには、いくばくかの猶予が残されているらしい。なるほどこれが懺悔の時間という訳か
もっとも、悔い改める事なんて何一つ無いのだけど
「この世界を支配する魔王の手で死ねたのだ。栄誉な事だぞ。クククッ、ありがたく思え」
片方の眼球は溶けてしまっているが、もう片方は辛うじてまだ使用できた。歪んだ視界に映っていたのは、痩せ細った老人の姿などではなく、高笑いをする若い黒髪の男の姿だった




