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フリー・シンギュラー・オンライン 悪役志望のロールプレイング  作者: 神代悠夜
第一章 存外、世界は非日常で満ちている
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第29話 王都、貧民街





入国料の問題を何とか解決し、城壁を余裕綽々とくぐり抜けた先に広がっていたのは活気のある人々の往来の光景だった






過去に立ち寄った街とは比べ物にならないくらいの人の多さ。さすがは王国の首都、東西南北、様々な地方の特産品と思われる物が市場には並んでいる






潤沢な食材が、きらびやかな装具が、強力な武器が






この世のありとあらゆる物がこの場に集められているのではないかと思う程の規模だ。市場の外れには出店も多数出店しており、その時期特有の商材が所狭しと並べられている






さて、長々と市場の様子を隠密スキルを発動し竜化した状態で上空──と言っても低い高度だが──から偵察した情報を再度確認してみたが、この王都、あまりに広すぎる







「うっわ、いくらなんでも密集しすぎでしょ。この分ならプレイヤーも相当数紛れ込んでいそうだね」






上空という障害物の少ない場所からの偵察でこれだ。地上から市場全体を見て回るとすれば何日かかる事やら






それに王都の規模から見てみればこの市場は王都全体の土地の僅か二割に過ぎない。その他に一般の住居地区に、三階建て以上の商店が建ち並ぶ大通り





貴族街と思われるより一段と豪勢な地区に、王が住まうと思われる王城。などとなどと、挙げて行けばキリがない







あれやこれやと観察している内に、気が付けば時刻は日は傾き始める頃





まだ今晩、夜を越すための宿も取っていないと言うのにだ。この時間帯になればどこの宿も入国したばかりの異邦人で満員だろう。それに宿を借りるお金もない







「どうしよう。本当に困ったな」







どこか良い場所はないか。例えば、片足を失くした状態でも特に気にされないような。そんな都合の良い場所が






そんな事を考えながらフラフラと上空から街を見下ろしていると、なんとも都合の良いことに私が探していた場所をようやく見つける事が出来た







私がこの王都に来て真っ先に来たかった場所






誰かの主観が混じった言葉じゃない。何者かが脚本を勤めた映像じゃない。目を覆いたくなるような悲惨さを垂れ流す、ありのままの退廃地区。本物の貧民街を









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










貧民街と聞いて人々が真っ先に想像する物と言えば、一般的には瓦礫の山だとか、所々穴があいたボロボロのトタン小屋





錆びくれたコンテナボックスなんて物や、泥水をすすり、廃棄された生ゴミから残飯を漁り、それを喰らう





そんな、明日生きているかどうかもわからない人々のくらしの風景等が真っ先に思い浮かぶ事だろう





しかし今ではそのような貧民街は支援を細くされた難民キャンプでしか観ることの出来ない過去の産物だ








百二十年程前までは生身の肉体をコールドスリープさせ、仮想世界の肉体に精神を移し変える技術は一部のごく限られた富裕層しか利用できないものであったらしいが、三十年前程からは国立病院にも設置され、ある程度の富を持ち得るものなら誰もが利用できる設備となった







が、それに限らず人間の意識を仮想世界に移住させる方法は、非人道的な手段を用いれば更に低い予算で、効率的に移住をさせる事も出来るが





なに、面白くもなんともない簡単な話だ。脳以外の思考に必要なパーツ(肉体)をバラして培養液に浸し、すし詰めの状態で仮想世界に放り込めばコストも前者の方法よりも遥かに安価で済む





仮想世界に送り込まれた者達には現実で衣食住を与える必要もないし、無駄にこの星の資源を浪費する事もない





つまりは人間の尊厳や意思を尊重しないのであれば、この方法は最も効率的な難民対策だ。昔みたいに難民をそのまま奴隷として扱うのも効率が悪いしね






実際にこの方法で仮想世界に送り込まれた人類は大勢居るだろうし、最近では死体を加工して廉価版のスーパーコンピューターのパーツに流用する事もあるそうだし、実際どうなっているかは定かではないけども





さて、そんな事情もあって現代ではお目にかかれないスラム街が今は目と鼻の先にある。これは行くしかないだろう






沸き出す好奇心のままに、私はほの暗い雰囲気を醸し出すスラム街を気の向くままに散策している







大通りから少し入り組んだ辺りから歩道の整備は疎かにされていたが、入国門から大分離れたスラム街の奥の方まで来るともはや歩道か踏み固められた獣道なのか見分けが付かないくらいに道は荒れ果てており、裸足で歩こうものならすぐさま足の裏が血だらけになってしまいそうな程だ








それでも何とか杖を使いながら歩いているけど、これじゃあふとした瞬間に転んでしまいかねない。私はいつも以上に足元に注意しつつ、辺りの建造物に目を向けた






昔は戸建ての一軒家か何かだったと思われる半壊した住宅らしき残骸。今にも崩れてしまいそうな三階建ての商店らしき建物のワンフロアで暖を取る人々






辺りの建造物は状態が良いものでも、軽く見てみるだけでボロボロと破損している箇所が見つかるくらいに磨耗しており、比較的まともな建物は倒壊した建物から回収したと思われる廃材を使用して建てられた浮浪者の住むような家くらいの物だ





王都に入って始めてみた活気のある光景に反して、こちらは先のない真っ暗な陰惨な空気が自然と立ち込める景色がずっと奥まで続いている。それこそ、スラム街の規模の大きさが地上からでも良くわかるくらいに






これくらい広いなら物乞いや人攫いみたいな軽犯罪者が跋扈してそうだけど、意外な事にスラム街を見回っている最中にそういった輩に絡まれる事は無かったので、わりと罪を犯した犯罪者達に関してはきちんと取り締まっているのかもしれないけど






この分ならよっぽどの事をしない限りはそうそう捕まる事も無いだろう。なんだ。案外拍子抜けだ。最も悲惨な光景までこっちは想定してたってのに。




スラム街の散策を続けていたが、私が見て回っていた場所はまだまだ浅瀬だったようで、少し奥に進んでみると小路地を覗けば傷害






道を歩けば窃盗。地べたに商品を置いて店の真似事をしていた者は脅迫。恫喝等々の被害に遭い、商品を根こそぎ持っていかれていたりと、様々な軽犯罪がいたるところで発生していた






しかし辺りでこれだけの事が起きているのに、私にだけ何も問題が起こらないなんて事はどういう事だろう。片足欠損なんて素早い行動が出来ないから良いかもカモなのに






もしかたら服が悪かったのだろうか? 少し汚してくればみすぼらしさを演出出来たかもしれない






それか彼らの元締めが私に狙いをつけているなんて展開だろうか。もしそうであればかなりドキドキする展開だがスラム街に元締めが本当に存在しているかもわからないし、そもそも狙われるような事はしていないため、これはあり得ない






となれば、最後に残る選択肢は私が特に金になりそうなものを持っていないから、と言う事になる。いや、正確にはストレージに収納してあるから手荷物に無いが正しいのだけど






場所を取らない、重量を無視できる、物を奪われない以外に、恐喝などの被害を事前に防ぐことも出来る。ストレージって優秀すぎやしないか? これがスキルに該当しないなんて、現地人に語れば面白いくらいに妬んでくれそうだ







「とりあえず宿でも探してみるかな。……あ、お金が無いんだった。とりあえず適当な民家の住民を洗脳して……」






とりあえずの住居を確保し、ついでに金品も奪おうかと考え、ちょうど良さそうな住民を物色している最中、正面から不自然な走り方をして私の方に向かってくる子供に目が止まる





俯いている為、子供の表情は確認できないが、服は酷くに汚れ、所々が破れたボロきれを羽織っている




身体は痩せ干そっている。それでもこの子供が私に対し全力の体当たりをしてきたとしたら、片足の欠損している私はバランスを崩し、転倒してしまうに違いない





ははーん。さてはその隙に私から金品を掠めとろうとしているのか。いや、金目のものなんて持っていないのだけど





さて、どうしようか。もちろん前方からの接近に気が付いた以上、そのまま押し倒されるなんて展開は全力で回避したい所





最近読んでいたライトノベルなんかでの定番は返り討ちにして何故こんなことをしたんだと事情を聞き、同情的な態度で接するのだと思うが、これをそのまま行えば私の時間は大幅に拘束されてしまう






ならばどうするか。場所が場所だし死体の処理には困らない。サクッと殺してしまうのが一番手っ取り早いが面白味に欠ける。身体改造の素材にしたいけど痩せ細ってて不健康そうだし……っと、考えている内に大分近付かれてしまった






不味い。このままではただ押し倒されてしまう。それにせっかく拐っても問題なさそうな素材も逃げてしまう。うーん。とりあえず洗脳しておけばいいかな






不自然に弱々しい走り方で接近してくる相手と私との距離は五メートル程。これくらい距離が離れていれば思考に要する時間は充分。言葉を発せずともスキルを発動できる





私は練習もかねて思念操作で【終末を翳す手】を発動。異常状態は沈黙、思考誘導、洗脳を選択し、私の右腕を闇色の禍々しいオーラが包む






腕に闇色のオーラを纏わせた時点で相手はここから退こうとするような素振りを見せたが、この時既に相手との一メートル程まで縮まっていた。距離は十分。相手は恐れから動きが鈍っている。私の右腕(終末を翳す手)が外れる要素がない







「さぁて。悪い子にはご褒美をあげないとね。栄えある人造魔物の被験体第一号……君の身体は有効活用させて貰うよ」







相手は体制を崩し、ふらつく足を必死に動かして必死の逃走を行おうとしていたが、もう遅い。私は僅かばかりの距離を詰め、右手で相手の頭を握るように包んだ。その瞬間選択した異常状態が相手に寄付され、目の前の子供は私の手駒となる






「少し探索しただけで人間がタダで手に入るなんて……やっぱ良いな。スラム街」







奴隷と言う身分が存在するかどうか知らないが、人間を買うにも金がかかるのは間違いない。それがここじゃあ(スラム街)無料(タダ)





定期的に人間を拐ってみて騒ぎにならないのならとんでもないコスト削減になる。いやぁ凄く良い場所を見つけたなぁ





「そのうち迎えに来るからこの辺で待機。以上」





とはいえ面倒を見る余裕も無いためここで待機させておく他無いのだけど。私は【支配+2】を発動し、とりあえずの【命令+3】を植え付け、簡単に金を稼げそうな。そんな旨い仕事を探す為に、その場を後にした













◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇













「来た道を今すぐ引き返しな。さもなくば残ってるもう片方の足も無くす事になる」






眉間に(シワ)を寄せながら老け顔の老婆は杖を私に突きつける。






「なかなかキツいこと言うお嬢さんだこと。私はただ職を探してただけだって言うのに」






老婆の握る杖の尖端は細剣のように鋭く、私の肩を貫通し私の身体を地面に縫い付けている。これではこの場を立ち去ろうにも動きようがないじゃないか。全く、面白いジョークを言う(ひと)






夕暮れ時、職を探し初めて気がついた事なのだが、そもそもの話スラム街で職を探そうとしている事自体が間違いだったのかもしれない






社会のバランスが崩れ悪循環が発生し、職を失ったもの達や浮浪者等が集うのがスラム街であるからして、そこに職を必要とする者達が居ても、その者達を労働者として雇用する為の需要は存在しない。存在しないから浮浪者として彷徨う他無いのだ






しかし全く経済活動が行われていないのなら、何故、少ないながらに出店が設けられているのか? 欲しいものに手が届かない苦痛を味わわせる為だとしたらとても効果的な策だが、そんなことをする物好きはあまり居ないと思う






なら何故? このような店があると言う事は何処かしらから金品を得ている者が居るからだと思う





賊の類いの者はわざわざ金を払ってまで物を買ったりはしないだろう。衛兵が居る中央街とは違い、ここはスラム街。力ある者なら奪ってしまった方が早い





なのである程度の倫理感、価値観を持ち、最低でも食うに困らない程度の金を稼ぐ事が出来る者達が必ず居るはずなのである





と言う事でスラム街をあちらこちらへ歩いていると道の外れになにやら見覚えのある建物が一つ





外観はこの前に見た冒険者ギルドに酷似していたが建物のあちこちが崩れてしまっているし、そもそもこんな立地の悪い場所にギルドを建てる意味がわからない





ならば、あの建物はただの廃屋? だとしたら一晩の宿には丁度いい。そう思い建物へと馬鹿のように一直線に進んだ結果がこれだ





「あらま、お嬢ちゃんなんて。ガキが随分と舐めてくれたもんだ」






老婆の言葉と共に手に握られた──触感から金属製の物と思われる─杖は私の肩のより深くまで突き刺さり、今まで以上に激しい痛みが痛覚を刺激する




しかしここで泣いて喚いたら格好が付かない。相手に余裕がないと自分から伝えてしまうような物だ





痛い。痛くてたまらない。肩からは焼けるような熱を持った鮮血がドグドグと緩やかに流れ続けている






おそらくヒビが入ってしまっているのだろう。身じろぎをしようものなら痛みは更に増してやってくる。これではロクに逃亡すら出来やしない





となれば私に残された最後の手段は対話による交渉──もっとも相手が言語を理解できない野蛮人という訳では無さそうなので幾らかは気が楽であるが──それも相手が有利な状況でだ





ならば出来るだけ友好的に、敵対心を、殺意をおくびにも出さず、つちくれのような善意を飾り付ける






「この辺りを少し散策していたら道に迷ってしまっただけなんだ。何も貴女を取って食おうって訳じゃない」





「ハッ、何を白々しい。ギルド目掛けて一直線に歩いてきた癖によくもまぁぬけぬけと言ったもんだ」




ギルド。老婆は今、ギルドと言ったか。聞き間違いではないはずだ。眼前の老婆は今、私が向かっていたあの一際大きな建物の事を指しながらギルドと言った







「仕事を探している」





ギルドに迫る不審な人物に警告を与える存在。それはギルドの関係者に違いない




勿論悪意の第三者の可能性も完全に否定することは出来ないが、こんなスラム街でそのような無駄な行為を行う余裕のある者などいないだろう





「嘘をつくんじゃないよ。ギルドカードの管理はあたしが一括で行っているけど、あんたはギルドカードを発行していないじゃないか」





「別の街で登録したんだ。あなたが知らなくても当然でしょう。何故そこを不審がる? 」





「……? あんた本当に何も知らないのかい? 派閥からの刺客でもなんでもなく、本当にただ仕事を探しているだけなのかい? 」





何とか頭をこくりと動かし同意の意を示すと、老婆は急に警戒を解き、ため息をつきながら、私の肩から杖を引き抜き、ギルドの方へと歩みを進める





「着いてきな。こっちの不手際もある。その肩の治療と仕事の斡旋くらいはしてやるよ」





そうして私は、傷口から溢れる血を塞ぎながら、老婆の後を続いた









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