第27話 魔眼、魔眼使い
掲示板には限られたごく一部の者しか知らないはずの情報や、人々が必死の思いで隠してきた情報等、様々な情報が互いの意思や尊厳を無視して投稿される。その上あまりにも過激な物以外は、本人の他に誰も咎める事はしない
要するに掲示板とは、財宝がそこら中に撒き散らされている無法地帯なのである。当然虚偽、嘘の情報も大量に混じってしまうが、何度か情報の照らし合わせを行うことで、誤りを真実だと勘違いしてしまう事案は防止できる
いくつかのスレッドを確認し、余分な話を切り捨てて。私に必要な部分の情報だけを記憶し、ほかの証言と照らし合わせた結果。私の拠点を構えるに望ましい場所、その候補に浮かび上がったのは二カ所
「都、もしくは山って所かな」
遙か昔、電気の存在すら認知されていなかったくらい昔の頃の話であるが、山と言うのは拠点を構える上で重要な立地だったらしい。高地に拠点を建てれば、攻める側は山登りにより疲弊した状態で城攻めを行わなければならない、だったか?
いや、山に囲まれた地形だと、攻める側の進軍ルートが限られる事になると言う話であったか? 歴史の授業中に無駄話が好きな教師が溢した言葉だ。記憶に残っていないのも無理はないだろう
しかし山。ロマンを感じる。山を丸々要塞化し、地下には秘密結社風の基地を、地上には魑魅魍魎を解き放ち、混沌とした地域を生み出す。数多の化け物を討伐し、拠点攻略を進める勇者はついに最深部の部屋へと立ち入った! そこに佇むのはもちろん私! いやぁ...山。良いなぁ...」
何やら口が勝手に動いている。どうやら興奮しすぎて、また思ったことをそのまま吐き出してしまっていたらしい。今は周りに異邦人が居ないためなんら問題は無いが、ロールプレイ中にコレをやらかしてしまえばキャラ崩壊にも程がある
「本当、気を付けないと。いざと言うときに困るしね。ま、今は置いといて。都、王都に行くメリットは、他の街よりある程度インフラが整っているであろう事と、あとは...魔物と人が多い事かな」
王都とは国の中心であるのだから、インフラも他の街より整っている事だろう。流石に現代と同レベルの技術力はあり得て良い筈が無いが、魔法的な技術により、近しい物が生み出されている可能性もある
それに王都周辺には様々な種類の魔物が多く生息しているらしいし、人間だって一人や二人減ったぐらいじゃ気にならないほどの数が居る。素材集めにはこれ以上ないくらいに最適な場所だ
それによく考えてみれば、どんなに格好良く、ロマン溢れた秘密基地を山に建設した所で、誰も来なければ一体誰の相手をすれば良いと言うのだ
最悪、定期的に町に手勢を攻め込ませ、ヒーローの誕生を待つという方法もなきにしもあらずだが、それだとヒーローが生まれた所で拠点を探してくれるかどうかすら怪しくなってくる。ただの魔物と勘違いされる可能性の方が大だ
少しの間勘違いされるぐらいなら良いスパイスだが、塩梅を間違えてしまえば長い停滞を生みかねない。それは詰まらない。とても退屈な事だ
「となるとやっぱり、イベントに困らなそうな王都かな。上手くやれば私のシナリオも、一つや二つくらいならねじ込めそうだし」
目的地が決まれば、移動は簡単だ。私はフェイリァゴブリンに懇切丁寧に支配下のゴブリン達を仲間だと時間をかけて説明した後、現在地から見た、大まかな王都への方角を伝える
精密な位置は教えなくても大丈夫だ。こんな悍ましい姿をしたゴブリンが街に近付けば、流石に話題になる。こまめに情報を仕入れる手間がかかるが、ゴブリン達と共に王都を目指すのは時間がかかる。それなら私一人でも先に進んでおいた方が良いだろう
幸い、私は空を飛ぶことが出来るし、戦闘だってある程度なら可能だ
「んじゃ、王都周辺に到着したら迎えに行くから、王都まで暴れながら向かってよ」
「ワ、カ、ッタ! マ、カセロ! 」
ゴブリン達に[命令+3]を発動し、奇妙な動きで腕を振り回し歩む、フェイリァゴブリンの声を聞き届け、私は【竜化+2】で背に双翼を生やす
目指すは王都。期待に胸を膨らませ、恐怖と混乱に陥る民衆を想像しながら、私は大空へと飛び上がった
◆◇◆◇◆
ゴブリン達を待機させていた集落から王都までの距離は、実はそれ程遠くない。直線距離で言えば、であるが
ここから王都へ向かうには、地域を分けるように流れる川を迂回し、街道を...いや、ゴブリン達は魔物であるから、街道は使えない
となると補給も無しに、現地調達を繰り返し、最低でも人間の生息域を四、五箇所超えなければならない。ゴブリン達が王都付近に辿り着けたとしても、どれだけ生き残れるか
下手したら全滅も十分有り得る。少し判断を間違えてしまったかもしれない。今気付いても遅いけど
川も街も、斜面も森も。移動に空路を用いた途端、それらは皆無関係な地形と化す。空に障害物は何も無い。精々たまにすれ違う空を飛び回る魔物に注意するくらい
左足が無いせいで飛行中、バランスが上手く取れなかった事。それ以外には特に何のアクシデントも無く空の旅を終え、私は王都付近の平野に一度降りる
そのまま空を飛んで王都に乗り込めば、必ず騒ぎになる事だろう。そして非力な私では王都を護る衛兵達大勢を一度に相手取る事は出来ない。最悪、殺されるのは。本当に最悪のパターンではあるが、なんとか許容出来る。しかし衛兵達に捕まり、囚われてしまった場合は地獄だ
脱出が簡単に出来るような馬鹿な作りの牢なら良いが、そんな作りの牢であれば、今頃この街は廃墟と化しているに違いない。そもそも、私を生かしたまま無力化出来る人材が大勢居る時点で牢からの脱出はほぼ不可能なのだ
【竜化+2】を解除し、翼を仕舞い込む、これで私は、何処からどう見ても人畜無害な科学者にしか見えないだろう
左足の欠損は……製薬実験中に誤って毒性のある物質を被ってしまった、とか。なかなかに良い嘘ではないだろうか
それにしても分厚そうな城壁だ。何処となく昔の城壁都市と言う奴に似てる。確か防衛に特化した都市の形だったか
「んー...ただ分厚いだけじゃ無いね。分厚いだけなら適当に魔法を撃ちまくれば簡単に崩せちゃうし。...ならあの城壁は高い強度と、魔法に対する耐性がある建材で建てられ...いや、魔法による耐性は後から付けられた可能性も...うーん......取り敢えず城壁を少し削りとって...いや、鑑定すれば...」
歩くのも忘れて、じーっと、城壁を観察していると、背後から短いスパンで土を踏み付け走る足音が聞こえてきた。振り向いてみれば背後には一匹の狼が私の方へと駆けている
正気さが感じられない血走った瞳に、荒い息。鋭い牙に、行動速度など、現実の狼とは比べ物にならない程の凶暴性を会得した狼は、大きく口を開いて牙を剥き、私の身体を狙い大きく跳び上がった
目測だが狼との距離は10メートルぐらいだろうか? かなり距離を詰められたが、まだ対応は十分可能だ。狼の狙いは何処か、きっと足か喉のどちらかだろう。私は白衣の内側からメスを引き抜き、戻した
「おーい、ぼーっとしてると危ねぇよ? 」
背後への警戒を強めるべきであろうか? 最近、魔物やら人間やらに背後から近付かれる事が多い気がする。これが通り魔やテロリストだったら、今頃私は一瞬で死んでしまうと言うのに
しかし今回近づいてきた声は、どうやら敵では無いらしい。声色に滲ませた焦り、驚き、それと少しの関心から暫定ではあるが、今回は敵対者ではないと考えて良いだろう
声の主は翡翠色の簡素な装飾が成された槍を携え、瞬く間に私を追い抜き、狼の元へと迫ると、槍を一閃
「はぁ......一丁上がり、だっけ? 」
「そうだけど! そうなんだけど!! 最初の溜息さえ無ければ完璧だったのに...」
狼は人間の部位で言う眉間の辺りを貫かれ、互いの速度も相まってか、文字通り真っ二つにバラされてしまい、狼の死骸は粒子と化して空に舞い上がっている
前にちらっと見た掲示板によると、現地人が魔物を殺した場合、死骸はそのまま残るが、異邦人が殺せば死骸は粒子化する仕様になっているらしいので、この人物は異邦人で間違いない
しかし声が二重に聞こえるのはどういう理屈だろうか? 腹話術の応用? 発声器官に特殊な改造でも施しているのだろうか?
複数の疑問が残り、少しの興味も湧いたが、質問をするよりも前に先ずは形だけでも感謝を表すのが先だ
「あぁ、すまないね。熱さにやられてしまったのか、少し立ち眩みが...」
「いやいや! なんでそんなに落ち着いてられるの!? 今死にかけてたよね!? 」
やはり声がする。目の前の男の口は動いていないが、声がする方向は紛れもなく前方。一体どんなカラクリなのか
「まぁ、いんじゃね? 太陽ガンガン照ってるし、しゃーないちゃしゃーないじゃん」
「いやいや! 死んだらこっちの人達はマジで死ぬんだぞ、そんな軽々しく言っていい事じゃないだろ! 」
片方の声はどこか疲れたような、しかし軽さを感じる声なのだが、もう片方の声は堅苦しさが残ったような、距離感の計りずらい言葉づかいで、声も心なしか前者の声より高いトーンだ
「ふむ、君の意見には面白味がないな。ただただ現実的な一般の常識を述べているだけのそれは、もはや会話の意義すら奪おうとしているように感じられるね。ま、それはさておき聞きたい事があるんだけど……」
「いや俺の言葉完全否定しといてそれは流石に図々しくない!? もう少しやんわり緩衝材とか挟めなかった訳!? 」
「おかしいな。精一杯のお世辞を言ったつもりなのに」
「精一杯のお世辞がそれですか? 良くここまで生きて来られたな! おめでとさん! 」
先ずは一人。声しか聞こえない視認不可の推定異邦人との心理的距離を縮める
初対面にも関わらず異様に馴れ馴れしいこの手の輩は、ある意味では私に似た人種と言える
世間一般的な民衆からつま弾きにされてしまう側の心理。人と関わりたい。話がしたい。一緒に居たい。捨てられたくない。逃げられたくない。それらは総じて自らを無意識の内に明るく装う衣となる
もっとも、このケースだと少々厚着をし過ぎているようだけど
「で、アンタはこんな所で何を? 特に珍しい物があるわけでもないだろ」
探りを入れているのか、単に脳死状態での質問によるまぐれ当たりか。どちらにせよ、異邦人の放った質問は確実に私の事前準備の甘さを突いていた
急ごしらえの演技だ。完璧に演じられるなんて自惚れてはいないが、それでも甘すぎる。ロールは科学者で良いとして、ここに居る理由は何だ?
魔物研究のフィールドワーク? 薬学実験の為の資材収集? どれもここである必要はない。突かれてしまえば崩れ去る脆い柱だ
バックストーリーに立体感が無い。色彩も、動きも、生き物らしさも勿論無い。例えるならなにも描かれていない無地のキャンバスだ
「いや、王都近辺は多くの種類の魔物が生息している、いわば魔物達の楽園だ。に野草だって膨大な種が……っと、いや失礼。つい、いつもの癖でね」
故にいくらでも着色出来る。私は適当に研究熱心な科学者のキャラクターを演じ、さも地元の者であるかのように王都近辺に生息する魔物等の情報を垂れ流す
この程度の情報、もはや情報と呼ぶ事すら出来ないくらいの小さな物でも、相手は勝手に私が王都を拠点に活動をしているのだと勘違いしてくれる
ああ、人を疑う人間は、何と騙しやすい事か。警戒心を抜けた先には、親愛信頼信用のオンパレードだ
勿論、心を許さず、逆に警戒度を高く設定し直す有能な人間も一部存在するが、いずれもごく少数のみ。過剰に警戒する必要も無い
「ところで、先程から何処からか声が聞こえるのだけど、これは君と何が関係があるのかい? 例えば…そう。この声の正体は君に怨みを抱いている……幽霊系統の魔物の仕業とか」
相手からの質問の方向性を曲解し、間違った答えを提示。話題を上手く反らして、私の質問で塗り潰す
端的に言えばヘイトコントロールと言う奴。そう呼べる程に出来たやり方ではないのだけど
今のは一歩間違えば嫌われるやり方だ。しかしそれで問題ない。今後も頻繁に連絡を取る間柄になる訳じゃない
であれば、嫌われたとて、今現在の疑念を払拭出来れば……いや、そんなことをする必要も無かったか
「ん? …あぁ、そういや自己紹介がまだだったな。俺はアンド。ジョブ……職業は魔眼使いだ」
「それで俺がアンドの魔眼! おもに封印と白魔法を自由自在に操れる唯一無二の眼! それがこの俺ケネディ! ってな訳でよろしく! 」
「もしかして君達って実は有名人だったりするのかな? だったら申し訳ない。最近は研究室に混もってたからここ数ヶ月の間の事がわからなくてね」
自信満々に少し顔をニヤケさせながら自己紹介をする二人に向かい、敢えて私は空気の読めていない一言を言い放った
アンドの容姿と特徴
平均的な身長(160) 少しくすんだ金髪 グレーと紅の瞳のオッドアイ 眠そうな顔 真面目に考えて適当に判断を下す怠惰な奴 タメ口 一人称は俺
魔眼 ケネディ 距離感バグってるウザめの奴 ビビり ヒーロー気質




