第22話 理性的な狂気
「よし、終わった」
ゴブリンキングを討伐した後、ステータス確認の邪魔をしてきた紅の騎士団を殲滅させ、漸く安全を手に入れる事が出来た。これで安心してステータスの確認が出来る。どれぐらいレベルが上がっているのか気になる。それに何か新しいスキルとか習得出来ているかもしれない。なんだかワクワクしてくる
「おうおう、ひでぇザマだなこりゃ」
ウキウキ気分でステータスの確認を行おうとしていると、突然後ろから、濃密で静な怒りを孕んだ、男の声が聞こえた
どうやら生き残りがまだ居たようだ。私は多少の面倒くささを感じつつも、手早くメスの刃の部分だけを人差し指と中指でつまみ、軽く勢いをつけ、目を狙って投げつける
風を切るとまでは行かなくとも、人体に傷を負わせる程度の威力を持った刃は、確かに男の方向へと速度を緩めること無く進み、男の視界を奪うと思われた
「おっと! ....なんだぁ? 今の」
しかし男は何の変哲もないただの鉄剣を用いて私の放った刃を弾いて見せたのだ
私自身が今の攻撃を受ければ、無傷で回避する事は絶対に無理だ。
回避するにも完全に避けきるだけの速度が無い。防御するにも無傷で耐えられるほどの耐久性が無い。弾くのも私の武器では刃渡りが短すぎる。正直、弾けるかどうかは五分五分だと思う
それを目の前のこの男はやって見せたのだ。実践でそれを行うなんて正気の沙汰じゃないとしか言い様の無い、痛みを許容し、恐怖を受け入れて、少しの被弾を覚悟して回避した方が簡単なのに、わざわざこんな絶技を披露したのである
「投剣スキルか? 悪いがソレはもう俺には効かないぜ? 不意の攻撃ならまだチャンスはあっただろうが、もう、ソレは俺が既に認識した攻撃だ」
別に投剣スキルなんて使って無いのだが、勘違いしてくれるならそっちの方が都合が良い
私は右手でしっかりとメスを握り締め、左手を白衣のポケットに突っ込み、先ずは相手の油断を誘うために格下を演じ、相手に私が弱者だと言う印象をどうにか持たせられないかと試してみる事にした
『くひっ、くひひひひっ! そうですかそうですか! 認識した攻撃は二度と自分に通用しないと! それは慢心ですね。あなたは近い内に、首から血を流して倒れます。もう効かなかった筈なのに、何でですかね? 』
首を捻って手を曲げて、どこかチグハグな動きをイメージし、不気味な雰囲気を汲み上げる。すると自然に粘着質なニヤついた笑みが浮かび上がってきた
これじゃない。私が演じなければならないのは弱者だと、自覚できているのに出来ない。今が楽しくて辞められない
『あぁ、私には見えるのですよ。貴方が、無様にも血に塗れ、地に伏せる姿が浮かぶのです。貴方は何故だと思考していました。ですから、理解できずに死ぬのです。あぁ全く、本当に残念だ』
もういいや、考え方を変えよう。私は勝利を求めてるんじゃ無い、勝ち負けは二の次だ。私がこの世界に求めていた物は既にあるじゃないか。あとは悪のロールを自由に演じるだけだ。ああ楽しいな脳が快楽で満ちていく
「あぁ? 何言ってんだお前。アホかよ。お前が俺に負けるんだよ。なんでわかんねーかな」
相手は不審げな表情を浮かべ、剣先を私の方に一直線に向けたまま警戒を保っている。何らかのスキルを発動する為の動作かと思ったが、そうでは無いらしく、私を警戒しているだけのようだ
『ええ。何一つわかりません。誰も、何も。一つとしてわかっていないのです。ただ、わかった気になっているだけで、貴方は何も理解できていない。貴方は無知だ。何も知らない。だから死ぬのです』
無駄話を一つ重ね、警戒が緩まないかと期待してみたが無理そうだ。私は自分から攻撃を仕掛けようとせずに、その場で動かず待機しながら相手を警戒する
「先手は譲ってやんよ。だからはよ攻撃して来いやクソ科学者」
『おやおや、何故私が科学者だと? あぁ、見た目で判断したのですか。いけませんねぇ。いけませんよそれは。物事を表面上でしか見ることの出来ない、哀れな人間ですね。悲しい。私は悲しいですよ』
「あァ? 何言ってやがる? 」
相手は怒りながらも冷静さをし失っていなかった。だからまずは、その判断能力を奪うことにする
『良いですか? 無能なヒューマン。貴方はただの人間です。物語の主人公でも、登場人物でも無い。ただの人間です。いくらでも代わりのある。余りある人間です。代用可能な、居ても居なくてもなんら変わらないような、ただの人間なのです』
ネガティヴイメージを植え付ける。お前の代わりなんざいくらでも居ると、心にも思っていない言葉を、さも心底そう思っているかのように装飾し、抑揚をつけ、耳によく届くようなトーンで、脳に染み込ませる
『貴方今、自分は特別なんだ。って思いましたね? それともこれは糧となる敗北だと、負けを正当化しようとしているんですか? だとしたら、それはそれは、いや、また。酷く滑稽だ』
勝負は始まってすらいない。だから終わってもいない。つまり、まだこの戦いに勝者は存在しないのだ
だからこそ先に相手の思考を先回りし言葉で封じ、さも私が勝者で、相手が敗者であるような言い方をわざとする
「うるさい」
ここまでの時点である程度の効果はあったようで、相手の精神状況は既に乱れが生じているようだった。さぁ、仕上げに取り掛かろう
『貴方が死んだところで周りは誰も苦しみません。むしろ喜ぶ人の方が多いかもしれません。だから死んでくれませんか? その剣を引き抜いて、自らの手で、命を捨てて下さい』
私は自殺を示唆する。ただそれだけだ。これで自分自身を刺してある程度ダメージを負ってくれたら楽なのだが…
「うるせぇって言ってんだろうが! 黙りやがれ! 」
相手は私の望み通りに冷静さを失ってくれたようだが、代わりに怒りを手に入れてしまった。相手はうるさく叫びながら剣を振り回し、私の方へと駈けだして来る
「死ねっ! 死ねっ! クソ...死ねよ! 」
攻撃と共に軽い悪口が飛んでくるが、そのほとんどは聞き慣れている物なので、実質私への精神的ダメージはゼロ
怒りで冷静さを欠いた攻撃には、狙いも何もあったもんじゃ無く、ただ我武者羅に大振りな攻撃を繰り返すだけの物。そんな攻撃が命中する訳が無く、私に攻撃は擦りもしない
相手が大きく剣を振り上げる。真っ直ぐ振り下ろし、私を一刀両断するつもりなのだろう。しかしスキが多すぎる
私は回避行動を辞め、相手の方へと勢いを付けて突進し、すれ違いざまに右手のメスで相手の右腕を浅く切り裂き、そのまま相手の剣による攻撃範囲外へと退避
「ぐがっ...死ねぇ! 」
傷口が浅かったのか、相手は顔を苦痛に歪めつつも、そのまま振り上げた剣を多少の揺らぎを生じさせながら、重い一撃を、私の左足めがけ振り下ろした
まず肉が切られ、そのまま骨を砕かれ、左足はガタガタに切断された。私は体勢を崩して地面に転び、即座に次の連撃が襲いかかれば更なる被害を受けてしまうと警戒したが、どうやら相手も相当疲労しているらしく、剣を地に下ろし肩で息をして呼吸を整えている。その姿は勝利を確信した、獰猛な獣のように見えた
痛い。泣き叫びたいぐらいに、気を失いそうなぐらいに、痛い。だけども、それよりも、楽しさが上回る
『あぁ。足をやられましたか。痛いです。死んじゃいます。ですが、ですがですがですが。私は死にません。貴方が代わりに死ぬのです。私が死ぬはずが無い。そんな事があって良い筈が無い! 』
私は相手が抱いている勝利への確信をより強固な物にするために、悪のロールを続行したまま、負け犬のように、錯乱をしたフリをする。いや、実際に半分ぐらいは本当に錯乱していたのかもしれない
「あぁ、そうか」
そうだ。私は錯乱していた。しかしそれが何だ。何か問題になることか? 違う。むしろ脳内麻薬として一定の有用性を有している
「ふぅ...手間取らせやがって。ほら......最初に言ったろ? 負けるのは、お前...ってな」
相手は息を途切れ途切れにさせつつも苦しそうに勝ち誇った笑みを浮かべ、こちらを馬鹿にしたように見下し、何の変哲も無いただの剣を、私の顔面めがけて振るった
鉄色の剣先は薄く光を反射させながら私の眼前に迫り、何処か忘れた気になっていたフツフツとした怒りを思い出したように、楽しみを感じつつも、腹立たしさを感じてしまう。同族嫌悪か? と疑いを掛けたが、私の脳内が導き出した答えはNO
違う。何かがあった筈だ。つい最近、刃物を振るわれる経験が
あと少しで鍵が開きそうな感覚を覚え、少しのもどかしさを感じる。しかし剣は刻一刻と迫り来る。私は咄嗟に地面の砂を拾い投げつけばらまき、砂に軽度の目眩ましの役割を持たせ、相手の攻撃を中断させようと試みた。結果は成功
「がぁぁぁぁああああ! ざっけんじゃねぇぞカスが! 」
申し訳程度の、ほんの僅かに視界を遮るだけの砂埃は、確かに相手の注意力を失わさせ、相手は馬鹿になったように剣を出鱈目に振り回し始める
このままでは、いくら雑な軌道を描く剣だとしても、いずれその剣撃は私に届いてしまう事だろう。ピンチだ。しかし同時に、チャンスでもある
今ならば、相手が、注意力を失い、視界を遮られ、冷静さを欠いている今であれば、私の得意な不意討ちが十分通用する
『ほぉら。目が痛いでしょう? 考えまとまらないでしょう? あっ、気を付けた方が良いですよ』
右斜め上、左斜め下。出鱈目な軌道で、無茶苦茶な軌道を通る剣には、もはや術と呼べる技術は一欠片も残っていなかった。だからだろうか、目の前で私の命を簡単に刈り取る凶器が振るわれていると言うのに、みじんたりとも恐れを感じない
『すぐそこです。死はすぐそこまで近付いています。3歩、2歩、1歩』
剣相手の振るう剣が、私の頬を切り付ける寸前まで迫る。仕込みの段階は終えた。後は仕上げをするだけだ
『後ろですよ。あなたの敗けです』
仕上げと言ってもただ騙すだけ。薄く、細く張り詰めた警戒の糸を引き、浅く集中している意識を真反対へと逸らす
相手は簡単に言葉に釣られ、即座にと言えない速度で後ろに振り向き、何も無い方向を向いて空気を相手に剣を振るう
「ははっ! ざまぁみろ! 俺は生きてる! 死んだのはテメェの方じゃねぇか! ははははは! 」
この男は生物を切断した感覚を感じることが出来ていないのだろうか? いや、何も切っていないのにこのような言葉を発している事から、そもそも物を切る感覚を知っているかすら怪しい
私も人の事を言える立場ではないが、ただまぁ、この男の頭が残念で良かった。私は勝利を確信しながら【竜化+1】を発動し背中から翼を生やし、安心したら蘇ってしまった頭が締め付けられるような痛みに耐えながら
意図的に足の出血から気を逸らし、メスを右手に空中を翔ける。狙うは一点、丁度こちら側から狙いやすい右側の首筋
当然、この距離で失敗する訳が無い。大丈夫なはずだ。何度も自分に言い聞かせ、十分に距離を詰めた私は、メスを相手の首筋へと刺し込んだ
「うぎっ...生きてやがったのか。ならっ! 」
突き刺さったメスは確かに3つの断層に損害を与えた筈であった。確かに感覚があったのだ。しかし男は生きていた。何故だ? いや、ファンタジーか。現実的ではないオカルト、と言ったら失礼に値する。私達の住まう世界ではあまり有名で無い、この世界特有の要素
レベルがあって、スキルがあって。種族があって、職業があって、ステータスが存在する。私達の住む世界にも勿論これらは存在するが、この世界ではこれらの要素が簡略化され、強く反映されている
何がどうしてレベルの上昇で体が丈夫になる? 原理など理解できない。それが事実なのだ
スキルとはなんだ。大体順番が逆ではないか。スキルがあるから技を使えるのでは無く、技を使えるからスキルが習得出来たと言えるのでは無いだろうか
危ない危ない。ロールに引っ張られ過ぎた。って言うか楽しみすぎた。私は相手の反撃、腹部に突き刺された何の変哲もない剣をそのままの状態にしたまま、距離を取るべく動こうとするが、強い力で相手に肩を捕まれて、にっちもさっちも動けない
痛い。痛いが気にしない。そんな余裕が今は無い
「へへっ、流石にこの距離なら外さねぇよ」
男は自慢げに左手で私の肩をがっしりと掴んだまま、右手を大きく振り上げ私の顔を思いっ切り殴りつけた。口が切れたような感覚がする。ぬるっとした液体が舌の上を暴れ回り、赤錆びた、鉄の味を味わせる
「さんざんこけにしてくれたからよぉ...たかが一発で済ますわけねぇよなぁ!! 」
顔を三発殴られた。視界が歪み、耳も遠くなった気がする。音がうまく聞こえない
腹部を二発蹴られた。一発は横腹、二発目は突き刺さった剣を押し込むように剣の持ち手の部分を蹴り、剣はさらに深く私の肉に突き刺さった
全身は既にボロボロだ。体を動かし、相手の攻撃によるダメージを最小限に抑えようとも、もう、体が思うように動かない。失血量も相当な物。私のHPは、あと残り僅かだった
「糞──。何か──か? 」
よく聞こえない。やは耳の機能の一部が損傷してしまっているみたいだ。私は聞こえない物は仕方ないと、無駄な体力の消費を避け、黙りを決め込んだ
「─畜生。──言い残す事は──? 」
今度は少し聞き取れた。だがこれでも断片的だ。相手が何を言っているのか、何が言いたいのかがわからない。わからない以上、答える事など到底不可能だ
「おい! 最後に言い残す事は何か無いのかって聞いてるだろうが! 」
やっと全てを聞き取れた。相手はどうやら私に、遺言を言い残す時間を設けてくれたらしい。しかし残念な事に、あまり頭が回らない。最後の言葉、と言うとなにか意味深な格好いい事を言いたくなるが、痛みで思考はまとまらない
「言い残す事、ねぇ...」
なにも思い浮かばない。まだ、死ねない。と言う想いが、私の諦めを殺してしまう。考えても、何も思い浮かんでくれないのだ
虚無感、とでも言えばいいのであろうか。いや、違うか。別に私は、全てが無価値だなんて思っていないし
簡単な思考なら出来るのだ。ただ、深く思考を沈め、より高密度の考えをまとめようとすると今の痛みがより近付いてくるような感覚がする
「...もういい。俺もそこまで気が長い訳じゃ無いんだ。最後のチャンスをやる。何か、言い残す事は無いのか? 」
どうやらもう時間は残されていないらしい。もういいや。流れに身を任せよう。思った言葉を吐き出そう。ロールに染まって、徹して、完遂する。なんだ、簡単じゃないか
『死は、今も近付いています。貴方には死がつきまとっている。今、この瞬間生きていても、それは貴方の、死への道中でしかない。安心は無い。休息も無い。安全も無い。貴方には何も無い。貴方は無力だ。だから死ぬ。弱いからだ。弱くて脆くて人らしい。だから貴方は死ぬ』
正直私自身、何を言っているのか、半分以上理解できていなかった。まるで私の中の別の私が、私の口を勝手に動かしているような、自分の言葉が、本当に私自身が言った言葉なのか怪しんでしまうような、気味の悪い感覚がした。だけど、これも嫌じゃ無い。むしろ楽しくて好きだ
『安心して下さい。なにも、私は貴方を永遠に恨み続ける、なんて言いません。ただ、私が恨まずとも、不思議と憎しみは人に集まる物なのです。仲間を殺されたから、目が合ったから、天気が曇っていたから、石につまずいて転んだから。人はどんな事にでも因縁を結びつけて問題を大きくしたがります』
「な、なにが言いたい! お前は死ぬんだよ! お前が! だから、何も出来ないのは、お前で」
相手は面白いように態度を急変させ、何かに怯えるように剣を手放しうずくまった。これで私が何か攻撃を出来れば良かったのだが、現在、私は攻撃手段を取れない
体が上手く動かせないからだ。腕は震えるから狙いは定まらないし、立つことすらままならない。私は相手を攻撃する事が出来ないのだ
「あぁ、大丈夫。貴方もきっと死ねます。安心して下さい。きっと今にも貴方の首を落としてくれる者が現れ」
私が言い切るよりも前に、相手は突如として現れた人型の生物により、短く細く鋭い、棒のようなもので背骨から首を貫かれ、喉仏を貫通し、鮮やかな血を数滴、ぽたりぽたりと地面に撒いた
「すみません遅れました! レイムさん! 大丈夫ですか! 」
油断した事が原因とは言え、私が苦戦した難敵をいとも簡単に、冷酷無比な一撃で鮮やかに、スタイリッシュに殺して見せたその人型の生物に、私は見覚えがあった
クリンだ。あのナチュナルにヤベーやつな商人。まさか本当に合流できるとは思わなかった。私は素直にクリンに感心しつつ、殺した相手を興味なさげにポイと捨て、私の方に駆け寄る冷たさに、やはり才能自体はあるのだろうなと、軽い嫉妬を覚える
「あー...。うん。控えめに言って死にそう。とりあえず応急処置をお願いできるかい? 」
しかし、そんな残虐性を持っていても、それを自覚せずに。本当に心配しているような声で私の名前を呼ぶものだから、私は苦笑を浮かべつつ、最低限の治療を頼み、ダラリと全身から力を抜いて目を瞑り、軽く仮眠を取る事にした




