第1話 悪役大好きっ子
悪役、それはほぼ全ての物語に登場する存在
多くの物語では主人公達の陣営と対立し散っていく存在
魔王、ダークヒーロー、狂科学者、誘拐犯、殺人鬼
主人公達に数秒で倒される悪の組織の構成員
いわゆる雑魚キャラでも立派な悪役である
悪役、それは大胆不敵に笑み浮かべ、先を読み立ち回り、主人公達を翻弄する存在
たとえどんなにギリギリの状態でも、主人公達に余裕の表情を見せ
『どうした? この程度か? 』
などと呟き、主人公達を絶対絶命の状態に追い込む存在
一般的な英雄とは違う、だがそれに勝るとも劣らない強く、人々に狂気的と思われるほどに強い信念を持ち、目的のためなら手段も選ばず非合法に手を染める存在
悪役、それは醜く愚かな軽蔑される存在。だがとても人間臭い、そんな存在
ふと調子に乗って滅ぼされてしまう存在
悪役、それは主人公を引き立て、ぶざまに足掻き、けれども倒され、物語を読む読み手にカタルシスを与える存在
だがその死すらをも乗り越え、強くなり。再び主人公達の前に、自身を一度倒した者の前に現れ、再び挑み、スタイリッシュに格好よく勝利する存在
そんな────
そんな悪役に私、夢霧零司は憧れていた
▲▽▲▽▲▽
私が初めて悪役と言う存在を知ったのは、幼稚園に通っていた、五歳の時だった
私は自由時間になると部屋の隅で積み木を並べて遊んでいたのだが、その日は雨で外で遊べなかったため、いつもより人が多く、他の人達が積み木でドミノ倒しをして遊んでいたため、積み木を確保する事が出来なかった
その頃の私はいつもオドオドとした性格で、多数派の意見に同調し、自分の意見が言えない
そんな幼稚園児だった。ただ一言
「一緒に遊ぼう」と
「私も仲間に入れてほしい」と
そう言えば良いのに、私はいやだと言われるのが怖くて、とても言えなかった
仕方が無いので部屋の隅でうずくまっていると
「なぁおまえ、ひまなのか? おれたちといっしょにあそぼうぜ! なー? いいだろー? 」
「....え? .....うん、いっしょにあそぼ!」
私が隅っこに一人で居たから気にかけてくれたのか、元気で活発そうな男の子から私は遊びに誘って貰えた
その男の子について行って隣の部屋に一緒に行くと、部屋では十二人程の人数が集まっていた。何でもヒーローごっこをするらしく、出来るだけ人数を集めたかったらしい
私の事を気にかけてくれたのではなくて、ただ単純に暇な人を集めていたのかと思いガッカリする事は無かった。せっかく誘って貰えたのだから、みんなで楽しく遊びたいと、そう思っていた
「やーだー! おれがヒーローがいいー! 」
「じゅんばんだろー? さいしょはおれがやるぜ! 」
「ぼ、ぼくもやりたいよ....」
みんながワイワイと盛り上がっている中、当時の私の頭の中には疑問が浮かんでいた
「あの......ちょっときいてもいいかな? ヒーローってなんなの? 」
「え!? にちようびのあさテレビ見てないの!? 」
「しょーがねーなー、おれがおしえるぜ! 」
当時、私はテレビをほとんど見ていなかったため、ヒーローとは何なのかを知らなかったのである。私はその時初めて、英雄と悪役の存在を知った
「どうだー? かっこいいだろー? ヒーロー! おれもおおきくなったらヒーローになるんだ! おーい? だいじょうぶか? 」
「.....あぁ、うん。おしえてくれてありがとう。だいじょうぶだよ」
「そうだ! こんかいはおまえがヒーローやっていいぜ! たのしいから! 」
その日、私は初めて出来た男友達とヒーローごっこを、それもヒーローの役でやった
だがその時、私の心の中では何故だかモヤッとした、コレじゃないと言う気持ちがあったが、私は大勢の友達と遊べるのが嬉しくて、そんな気持ちは心の隅に追いやっていた
その週の日曜日、いつもなら寝ている時間帯に私は起きてテレビを見せて欲しいと、お母様に頼んだ。お母様は不思議そうな顔をしていたが、私が幼稚園で知ったヒーローのテレビを見たいと言う事をしっかりと伝えると、ジュースとお菓子を用意してくれて、テレビを見せてくれた
私はその日初めて、英雄と悪役のテレビを見た
テレビの中のヒーローは腰につけたベルトと言う物を使ってヒーローに変身して悪い怪人をやっつけると言う内容で、私はヒーローでは無く、悪い怪人を格好いいと思った
ここで私の敬愛する怪人の言葉を抜粋しよう
『あぁそうさ、俺は悪の怪人だ。お前みたいな正義のヒーローにはなれない。だがな、俺はそれでいい。それで良いんだ。好きな女を救えたのなら、こんなゴミクズみたいな命で、彼女の役に立てたのなら。俺の人生には、意味があったと、そう思える。さぁ、始めようぜ正義の使者! 俺はお前をぶっ潰す!』
悪い怪人がヒーローとの戦いの最中、言い放った言葉だ
私にはこの言葉が、悪の怪人が言い放ったこの言葉が深く、心の奥底に響いた
後日、私はヒーローのテレビを見て凄く感動したと、こんなにも美しい物語を教えてくれてありがとうと、そう、教えてくれた男の子に伝えると、男の子は自慢げにヒーローのテレビに登場しているアイテムの一部は、グッズ、玩具として販売されていることを教えてくれた
私は幼稚園から帰るとお母様に早速買ってもらえないかねだったところ、お父様に聞いてみなさいと言われたので、お父様が帰ってくる深夜12時まで、私は眠気を我慢して待っていた
「......あ、お父様......おかえ....り....」
「はぁ....ただい..ま? おい零司! 大丈夫か! 零司! 」
私は生まれつき、少し体が悪かった。体力はあまりなく、突如体が動かなくなったりする事もあった。私は眠気を我慢したことで発生した頭痛や倦怠感から倒れてしまったのだ
翌日私が目覚めるとそこは病院で、私はベットの上にいた。その傍らにはお父様とお母様が私の手を握ってくれていた。何故こんな事をしたのかとお父様とお母様に聞かれると私は正直に玩具が欲しくてねだるためにお父様を待っていたと伝える
怒られてしまうのではないかと、内心ビクビク震えていた私がどこかおかしかったのか。お父様は笑って許してくれた。お前は体があまり強い方ではないのだから無茶をすると危ないと、優しく、心配してくれた
玩具についてもこれからはお手伝いをしたらお小遣いを渡すから、それを溜めて買いなさいと言われた。金銭感覚を壊さないように気を付けさせるためだろう
私は今いる場所が病院である事も忘れて喜んだ。幸いにも、体調の悪化は軽いものだったため翌日には退院できた
私はあの悪の怪人の玩具が早く欲しかったため、お手伝いをたくさんこなし、お金を貯めていった。一回のお手伝いで百円を貰っていたため、私は一ヶ月にして一万円という、一幼稚園児が持つには不相応な金額を持っていた
私はお母様と一緒にショッピングモールの中に入っているおもちゃ屋さんに行って、あの悪の怪人の玩具を探す。だがいくら探しても見つからなお母様に無理を言ってほかのおもちゃ屋さんも探してみたが、全然見つからなかった
最初のおもちゃ屋さんに戻り、私は店員さんに聞いてみる
「あ、あの、すみません悪の怪人のおもちゃってないんですか? あの日曜日のテレビで朝の....」
私は必死に伝えようと頑張って伝えていると、その日、私は衝撃の事実を知る事になった
なんとあの悪の怪人は1話限りの登場で、グッズ化はされていなかったのだ
その事を知った私は、家に帰るとその日から一週間ほど幼稚園を休み寝込んでしまった
お父様やお母様が心配した様子で私の事を見ていたが、私の頭の中は、あの悪の怪人のグッズが無いことに対する悲しみで、いっぱいいっぱいだった
ふと、このままではいけないと思い。私は幼稚園に一週間ぶりに行く事にした
「ゆめきり、体調、悪かったの? 大丈夫? 」
「久しぶりだな! またいっしょにあそぼうぜ! 」
一週間ぶりの幼稚園だったからか、やたら話しかけてくれる人が多くて、私は喜んでいた
そして自由時間のときにあるものを発見して、私の悲しみはとうに吹き飛んでいた
自由時間のときに発見したものとは、ヒーローの絵が描かれた紙
私は自身で悪の怪人のおもちゃを自作しようと思ったのである
早速使い道の無くなったお小遣いを使って、悪い怪人の出てくる話のDVDを買い、何回も悪の怪人の姿を見て覚えた
絵に書くために、だがそれ以上に格好いいあの悪の怪人の姿が好きだったから
何回も見てしまっていた、それから私は一人で絵を描く時間が多くなり
私に悪役について教えてくれたあの男の子と、入園したときからの友達の女の子以外に、私と会話をする人は居なくなってしまっていた
それからさらに一ヶ月後、私は急遽お父様の仕事の都合で引っ越す事になってしまった。私はサヨナラが言えないまま、2人と離ればなれになってしまった
私は引っ越した先の幼稚園で馴染めず孤立してしまっていたが、友達も居ないから、一人で絵を描いている方がずっと楽しかったから、私は気にせず悪の怪人の絵を描き続けた
もちろんあの悪の怪人だけではなく、他の格好いい悪役達も描いたりした。小学校五年生の時、それを馬鹿にしてきた人もいた
私はしっかりと相手にも私が受けた苦痛を味わって貰った
中学校でもあまり周りに馴染めなかったが、生涯の友と呼べる仲間に出会えた。彼らと出会えた事は一生の宝だ
そして今、中学校卒業まで残り2ヶ月、私は高校受験に合格し、暇を持て余していた
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その日私は、数日前に発売されたばかりの、主人公が悪の下っ端戦闘員の一風変わった私好みのゲーム、成り上がりエナミー2という新作ゲームを購入するため、行きつけのゲームショップに向かっていた
入り組んだ路地を入った先の少々わかりづらいところにあるその店は、なかなかに良い品揃えで私のお気に入りの店の一つだ
「いらっしゃいま....なんだ、零司くんやないか~久しぶりやな? 今日はどないしたん? 」
「いや、そこまで言ったなら最後まで言い切れば良いのに。今日は成り上がりエナミーの続編でも買おうかと。本当は当日買いに生きたかったんですけど、急な用事が入っちゃって」
このどこか抜けているような大阪弁の喋り方をする女性はこの店の店長さん。髪を赤く染めていて見た目は怖いが、気さくで話しやすい、私の数少ない話相手でもある
「あぁ~成り上がりエナミー2な。アレ、ついさっき売り切れたんよ。まさか零司くん以外買わないようあんなマイナーソフトを買ってくなんて、物好きもいるもんだよ」
「....え、売り切れ? 次の入荷日はいつなんですか? 」
「未定。初回ロット分しか製造されてないし、増産の予定もない今のところないらしいよ」
私が購入する予定だった成り上がりエナミー2は売り切れていて、次回入荷日は未定
さてどうしようかと悩んでいると店の奥で店長が手招きしていた。ついて行くとそこは、今ではありふれたVRのゲームコーナーだった
「店長? どうしたんですか? 」
「いやね、零司くんが好きそうなゲームがあったから....何処だったかなー....お! あったあった。これだよこれ! その名もフリー・シンギュラー・オンライン! 通称FSO! 」
「VRMMORPGですか。私って、MMORPG向いてないって思うんですよね。ゲーム内で軽く暗躍してイベントを起こしただけなのに悪質プレイヤーとしてBANされちゃいますし」
ほんの少し国の未来を滅びの方向に傾けてみたり、街の治安を悪化させて犯罪率を上昇させたりと、大した事をあまりしなくても、それはもう簡単にBANされる。近頃厳しすぎやしないか
「あー零司くん悪役ロールプレイしたのか.........完成度高すぎてもはやテロでしかない、いやテロが起きている光景が幻視できるよ」
何処か遠くを見るような仕草をしながら呆れ顔で、店長は溜息混じりに呟いた
本当に大した事はしていないというのに。ただ、ゲーム内で知り合った仲間たちと一緒に、街をいくつか攻め落とした程度の事で、いや、あれはやり過ぎたかもしれないが、ただの遊びだし、楽しんだもん勝ちだと私は思うのだ
「...って話が脱線しそうだから戻すけど、このFSOは自由に遊べ! って感じのゲーム内容でね、人を助けて英雄になったり、零司くんみたいに悪役ロールプレイしてゲームを混沌の渦に落とし込んでも、何をしても良いんだ。もちろんゲームの中でだけだけどね」
何をしても良い。それはとても魅力的な言葉だ。しかし、本当に何をしても良いのだろうか? 何処までとか、実は提示されていない区切りがあるのではなかろうか。少しの不安が頭に浮かんだが、それよりも期待の方が大きかった
「その誘い文句はズルいですよ。ハードの方も持ってないので良さげなやつを適当に見繕ってくれます? 」
「毎度ありー! いつも通り家に送っておくよ」
私は思わず即購入を決めてしまった、ハードの方がお値段120万。ハイエンドモデルだそうだが、詳しいことはわからない。FSOは1万2000円ほどだった、貯金の半分が消し飛んだが問題ない。お金は使うからこそ意味があるのだ
「そういえば私フルダイブ系のゲームこれが初めてなんですけどどんな感じなんですか? 」
「なんか凄いらしいよ? 私もやった事無いからわかんないけど」
やりたいとは思ってるんだけどねーと呟く店長。店長もフルダイブ系のゲームをやったことが無いらしい
事前にどのような感覚なのか知っておきたかったが仕方ない。ネットで調べると、検索していない物まで出てくる事があるし、それで新鮮味が薄れるのは嫌だ
「じゃあ私もう帰りますね、届いたら早速FSO、始める事にします」
「え? FSOはまだサービス開始してないよ? 来週の日曜日、お昼の12時からサービス開始だった気がする」
なんと言う事だろう。まだ遊べないなんて。新手の拷問か何かだろうか
「......そうなんですか。ソフト、入荷したら教えて下さいねー。それじゃまた」
「任せろ! いつか私もやってみたいからVRの感覚とか今度教えてくれると嬉しいかもーんじゃまたね! 」
元気に手を振る店長に挨拶をし、私は少しガックリしながら家に帰り、初代成り上がりエナミーを遊ぶ事にした