残されたもの
ふと気がつくと森の中に立っていた。木々の隙間から漏れ出る光が妙に眩しい。降り注ぐ光と目の間に手をかざすと、朦朧とした意識で考える。
ここはどこなのだろうか・・・いつからここにいるのだろうか・・・何をしにここにきたのだろうか・・・
答えの出ない自問自答を繰り返す。すると、視線の先に見覚えのある背中が映る。その姿を見て自問自答を中断し、声をかけながら走り寄る。
「姉さん!」
姉さんはこちらに気づかないようで呼びかけても振り返って返事をしてくれない。
・・・そうか、姉さんを探しにきたんだろうと勝手に自問の答えを導き出すと未だ振り返らない姉さんの背中に飛び込む。
・・・・・え?
飛びついた体は恐ろしく冷たかった。鼻の中には鉄臭い匂いが広がる。下をに何かついたような感覚がして、拭って手を見つめると赤く染まっていた。声も出ずに姉さんの背中に目を戻すとさっきはなかったはずの3本の傷跡が深く刻まれていた。
うわぁぁああぁぁぁぁぁああああぁああああああああ!?
叫びながら悲惨な姿となってしまった姉に背を向け走り出す。何が起こったのか訳もわからずとにかく走る。走った先に別の見覚えのある影を見つけて助けを求める。
「ブランクさん!姉さんが・・・姉さんが!!」
姉さんの時と同様に返事のない様子に顔を見ようと顔を上げると・・・
首から上がなくなっていた
もう何も見たくないと目を瞑りながらとにかく怖いものから逃げるようにその場を離れる。
地面に手をつき激しくえずく。全身から血の気が引いていくのがわかる。
そしてえずく際に口を覆っていた手が赤く染まっているのを見て全て思い出す。
思い出すと同時に恐怖が、痛みが、悲しみが蘇ってきて苦痛の雄叫びを上げる。
朦朧としていく意識の中で遠くに佇む姉さんに手を伸ばす・・・
気づいた時には伸ばした手は布でできた天井に伸びていた。全身に走る痛みは消えていないが、伸ばした手についていた血は消えていた。
「フォ・オ先・、生き・・の少年・・・覚まし・・・!気が動・・ている・・で暴・・います」
「・ぐに・静剤を打・」
混同した意識の中で人の声が聞こえた。程なくして暴れる全身を取り押さえられ、首元に何かを打ち込まれると荒れていた意識が落ち着いていった。
僕は地面に敷かれた布の上に寝かされていて、体からはいくつも管が伸びていた。涙まじりの目で周りを見渡すと同じように寝かされている人が多数いるが自分のように管に繋がれていることもなく皆一様に頭まで布をかぶせられていた。
荒れていた息が整い、一通り辺りを見渡すと傍で膝をついてこちらを眺めている男性に声をかける。
「ここ・は」
まだうまく舌が回らない。構内にまだ血の味が残っている。体は怠いが意識ははっきりしている。
「ここは討伐軍が設置した簡易医務テントだよ」
僕が驚かないようにゆっくりと優しく言葉を返してくれた。男性は白衣に眼鏡をつけ、肩ほどまである髪を後ろで結んでいた。彼の側には他にも大人が3人いて一様に、心配や、安堵の眼差しをこちらに向けていた。
「ぼ・・くは助かったんですか」
おおよその処置をしてもらえたのはわかる。それに加え現在意識があることも明白なのだが、生きていると言う言葉を他人の口からも聞きたかった。
そんな心証を察してか僕が安心できるように力強く答えてくれた。
「大丈夫、君は助かった。君は生きている」
その言葉を聞いて体に走っていた緊張を完全に解くと聞きたいことを率直に聞く。
「村のみんなは・・・」
その言葉は詰まらずにすんなり口から出た。その問いに少しの間逡巡していたが、落ち着いて答えを待つ姿を見て決心したのか重い口を開けた。
「この村で私たちが救うことが出来たのは君だけだ」
その言葉はこの村で起こった出来事の結果全てを表す言葉だった。止まることのない涙が流れた。だけど、不思議と声を上げることはなかった。それは打ち込まれた薬が効いていたのか、もうその結果が予想できていたからか自分でもわからない。ただ声を上げることなく枯れるまで拭うことなく泣き続けた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はフォビオ・フィーグル。今回の討伐軍で救護隊の隊長を任せられている。」
「僕はアルフレッドと言います。あの、ポーションってこの場で調合しているんですか?」
僕の体に巻きつけられた包帯を変えている間、軽く雑談をしていた。
フォビオさん曰く、傷の治療はポーションで行われるが部位や損傷規模によって配合が違ってくる。実際に負傷者の患部を見てその場で最適な薬を作り出し、傷を癒すのが救護班の仕事だと言うことを教えてもらった。
ポーションは一種類だと思っていた僕にはちょっとした驚きだった。
いろんな話を聞いているとあっという間に包帯の交換が終わってしまった。
「その・・・ありがとうございました」
僕を腹には三つの大きな穴が空いていたらしいが現在血は出ていない。包帯のことだけではなく、怪我の治療のことも含めて述べた感謝はどうやら正確に伝わったようで
「どういたしまして、でもお礼ならワルグって人にも言ってあげて、討伐軍の侵攻に先立って単機で偵察に出た時に君を見つけてきてくれたんだ。本体が到着した頃では君の命は間に合わなかった。」
確かに僕が最後に見た時に討伐軍はまだ地平線のあたりにいた。ワルグって人には後でしっかりお礼を言わなければ。けど、明かりも持たない僕をどうやって見つけてくれたんだろう・・・
「まだ意識が朦朧としているようだね。言うのを忘れていたが今回の君の傷はポーションなどで塞ぎ切れるものではなかった。そこで近年開発が進んでいた魔術という最新の技術を使わせてもらった。実験体にしてしまったようで悪いが何か体に異変があったらすぐに教えて欲しい」
包帯を巻き直す際に見えた傷跡はとても大きなものだったためどのように塞いだのか疑問だったのだが新技術が使われていたらしい。
「いえ、今のところ大丈夫ですが・・・魔術ってなんですか?」
「う〜ん、詳しくは機密事項で教えられないんだけど、獣が瘴気によって体に変質をもたらすように、私たち人間もそこから力を得られないかという研究の果てに発見された技術だよ」
魔術という言葉は師匠にも聞いたことがなかった。瘴気も人間には影響がないはずだし、いろいろ聞いてみたいが機密事項と言われれば聞くことが出来ない。
「こんな大きな傷を塞いでしまうんですからフォビオさんはすごい技術を持ってるんですね」
「あ、いえ・・・その技術を持っているのは私ではなくて私の部下のものです」
なぜか少し歯切れが悪い。少しえみも崩れている。もしかして触れちゃいけないことだったのか・・・
「そうなんですか、では是非ともその方にお礼を言わせてください!」
「すまない、彼女は君も見ての通り素晴らしい力を持っているからね。けが人がいる別の村に向かってしまった」
やはり何かあるのだろうか・・・彼女ということは女性の人なのであろう、その人の話をしているときのフォビオさんは複雑な顔をしている。
それにしても今気になることを言っていた。
「別の村って、この村以外にも魔獣が現れたんですか?」
率直に問うと歪んでいた顔を正して答えてくれた。
「そうなんだよ、この村を含めた三ヶ所の村に魔獣がでてね。それで討伐軍の到着が遅れてしまったんだ」
この辺りの村といえばここから北へいった人口100人ほどの村と南西にある50人ほどの村だ。この村のようにたくさん犠牲者が出たのだろうか・・・
しかし、フォビオさんの言葉の本当の意味が次第に見えてくると心の奥から何かが溢れ出てきそうになる。
「本当にすまない。おそらく今君が考えている通りだよ。他二つの村よりも人口が少なく、周辺に住む獣の気性も大人しいこの村への討伐軍の派遣は後回しにされた」
明かされる事実に対し、心の奥からドス黒い感情が顔を出す。そうだ、この村への討伐軍の到着は明らかに遅かった。
もし、なんていうもう実現不可能なことを言うのであれば、真っ先に来ていれば姉さんは助からなかったとしても避難場所にいた人は全員助かったかもしれない。2番目にこの村に来ていれば、ブランクさんを含め何人かの人は助かっていたかもしれない。
「先ほどすべての村の被害状況が確認できた。死人が出たのはこの村のみだ」
更なる追い討ちに頭がおかしくなりそうになった。この村の人間が死んだことによって他の村は助かったと言ってもいい。言い方を変えればこの村の人間を犠牲にして他の村を救ったことになる。
「ここまでが今回の件の真実です。そして、今回討伐軍を指揮しているギルベルト辺境伯はこの真実を公表しないことを決められました」
何を言っているんだ?
「ギルベルト辺境伯は今回の魔獣騒動で襲われた村は二つとし、死者がいなかったと言う形で公表することを決めました」
限界だった。荒ぶる感情をそのままにフォビオさんに掴みかかる。現在このテントの中には二人しかいない為止めるものはいない。フォビオさんは掴みかかる僕を気にせずに言葉を続ける。
「今後この村は元から存在しないものとして扱われます。もともと村の名前はなく、人口も少なく、村外との交流もほとんどない、加えて今回の件で村の建物および住民はあなたを除いて何も残らなかったということで今回の措置が取られることになりました」
僕は怒りに身を任せフォビオさんを殴る。もうこれ以上聞きたくなかったから。
「未だ発生原因の分からない瘴気がっ、一つの村を滅ぼしたなどというっ、話が広まればっ、国の治安が揺るぎかねません。っっ!!、今貴方にこの話をしているのはっ、貴方にも今回の件で口裏を合わせてくれないといけないからです」
フォビオさんの顔から血が噴き出そうと構わず殴る。フォビオさんもどれだけ痛めつけられようと話すのをやめない。次第に腹部の傷が開き、激痛により殴っていたこちらが蹲る。
フォビオさんは腹部の傷に合わせて作り出したであろうポーションを取り出すと蹲る僕の腹部にそれを流した。次第に痛みが引いていくのを感じてもう一度殴りかかろうと起き上がるとそこで動きが止まる。
「貴方がこの話を聞けば、こうなることはわかっていました。当然でしょう。私だって貴方の立場だったら同じように怒り狂うでしょう。しかし、この決断は決して我ら討伐軍の対面をよくしたいからなどという浅ましい考えのもとから出た考えではないのです」
泣いていた。いくら殴られても悲鳴一つ上げなかったフォビオさんが両頬から止まることのない涙を流している。
フォビオさんは両手を地につけ額を剥き出しの地面に擦り付けると残った言葉を全て吐き出した。
「他の二村の死者なしという結果がこの村の29人の命の上に成り立っていることは重々承知です!決してその方々の命を軽視しているわけではありません!しかし、未だに発生原因が解明されていない瘴気が村を一つ滅ぼしたということになればこの国の秩序は崩壊します!どうかっ!どうかっっ!私たちに協力していただくことはできませんか?!この国のために!この国に生きる人のために!!」
もうないもいえなかったし、何もできなかった。僕が村の人たちを第一に考えるようにこの人はこの国に生きるすべての人を第一に考えていた。それからずいぶん時間が経ってから様子を見にきた救護隊員が入ってくるまで僕はその場を動けなかったし、フォビオさんも土下座をやめなかった。