授業おわりの教室(むーちゃんの場合)
彼女の背後にいた。座って目の前でカバンにノートを片付けている。私には気づいていないようだ。顔を合わせてなくても、ひょこひょこ動く頭を見ていると心を満たしていくモノがある。私は彼女に抱きついた。そしてあごを彼女の肩に乗せる。彼女の香りが私の鼻腔に広がる。甘い。パクっと食べることが出来そうだ。彼女は突然のことに体をビクッと震わせ、「えっ何」と顔を確認しようとするが肩に頭がのっかていてそちらに首をひねることが出来ない。しかし誰がこんなことをしてきたのか理解したようでこわばった身を弛緩させる。
「むーちゃん、いきなり抱きつくのやめてよ。びっくりするじゃん」
「えーだってこばちゃんいい匂いするし、好きだし抱きつきたくなるじゃん」
「はいはい、でもやめてね。本当にびっくりするし、びっくりして心臓止まっちゃうかも」
「その時は心肺蘇生、私に任せてね」
私はびしっと彼女の前に親指を上げた手を差し出す。顔も自信に満ちた表情をしてみせたけど、彼女の肩に乗っているせいで彼女の目に届くはずはなかった。
「早く、どいてよ。暑いし」
彼女はうざったらしく、そして軽く私を拒絶する。彼女の優しさだ。彼女は私に向かって本気で拒むことはしない。私がこのままがいいと言うとおそらくもうすこし付き合ってくれるだろう。彼女は誰にでも優しく、それは私にも例外なく適用される。強く言ってくれれば、彼女の特別になれた気分になるだろうけど、何でも優しく当たる彼女も好きだからもう少しこのままでもいいのだろうと思った。けど彼女への抱きつきは解除した。彼女の優しさにもたれかかり過ぎてはいけない。
「うーん、肩が軽い。むーちゃん重いから」
「失礼な、乗ってたのは私の頭で、全体をみたら私は軽い」
「重い」
「軽い」
「重い」
「軽い」...(しばらく続きます)
不毛な争いだ。私たちはこんなにどうでもいいことを肩が上下するほど言い争っていた。結論、私は軽い。異論は認めん。
それにしても彼女と親しくなり、彼女を思う気持ちは膨張していく。最初は小さかったそれは今では私の体を突き破ろうとするほどになっていた。私の彼女を思うおもいは重いのだろう。この気持ちを彼女に乗せたとき彼女は重いと本気で拒絶するのだろうか。それとも優しく受け止めてくれるのだろうか。こんなこと考えていると、考えすぎて頭がいたくなってくるので保留することにした。未来の自分頑張れ。なげやりにエールを送る。
今は彼女と一緒にいて楽しい、それだけで満足する。