16a-1 異世界ファンタジー
「これは念の為の確認なのだが」
と、件の街の『擁護者』が疑問を口にした。
「奴隷剣闘士というのは皆『卵頭』のように苛烈な決断をするものなのか?」
横目に俺を見つつ尋ねた相手は訓練士の『仕切り役』だ。その問いには、新人奴隷剣闘士所有者としての見識の不足を、できる限り解消しておきたいという思惑が見て取れる。
「そうですな──おい『無垢なる者』」
説明を許可する『お嬢さん』の頷きを確認してから、仕切り役が俺に声をかけてきた。
「お前、この場でいきなり逆立ちをしろと言われたらどうする?」
「やるけど、あー、やりますけど」
「試しに奴隷になる前のお前だったらどうしたと思う?」
「なんで? って聞く」
仕切り役が俺を殴った。いたい。
「とまぁこんな感じでグズグズ言う奴隷には躾をします、ここまでは?」
「そこまでは私の知る奴隷と同じだな」
仕切り役の説明に、聞いていた擁護者が理解を示す。
「でだ、『無垢なる者』。お前殴られてどう思った?」
「いつか殺してやる」
「このやろ」
再度聞いてきた仕切り役に答えた所でもう一度殴られる。いたい。
「とまぁ、奴隷剣闘士は立場を知りつつも内心で折れていない、折れない者を特に選んでおりますから」
仕切り役が実例を前に解説した。
「そうでなければ剣闘士興行を耐えられない。そして、我々は普段から、この無駄に反抗心のある連中を抑えつけて使っている」
つまり、日々の苛烈なしごきに耐えつつも、面従腹背なり意識を逸らすなりして自分を保つ者だけが奴隷剣闘士として生き残るというわけだ。ここで反抗心すら亡くした者は、大抵が諦めと無力感に苛まれて、興行で無様を晒して手酷い敗北をするか、団にも見放されて獣闘士堕ちするかとなる。
ちなみに獣闘士というのは猛獣との闘いを強いられて血塗れになるのがお仕事で、本番を盛り上げるだけの能がない奴らが、前座として流血で場を暖める事を期待されている。生存率は滅茶苦茶低い。
「我々の剣闘士団は目利きがいるので、ここしばらくは獣闘士は使っていませんけれどね」
と、お嬢さんの補足が入る。
「なのでまぁ、いま現役の連中に限っては、処刑を臭わせたらば即座に何らかの行動に移すでしょうな」
と仕切り役。
「なるほど、まさに猛獣使いだな」
剣闘士団側の説明に納得したのか、擁護者が豊満な胸の下で腕を組んで頷いていた。
これ、俺が殴られる必要あったかな?
***
というわけで奴隷身分のままご主人様二人体制となった俺なのだが、そもそも二人がなんで和解に至ったかという話を聞いていなかった。
「手段は違えど、私達の目指すところが似通っていたのですよ」
俺のいつもの質問癖に苦笑しつつ、お嬢さんが教えてくれた。隣では、再び観察モードに入った擁護者が黙って俺達のやり取りを眺めている。
「我々が目指すのは、『中央』の影響力の排除です」
『中央』──この街と件の街を含めた諸都市の大連合である『四都市同盟』の『原始四都』、同盟最初の四都市は、同盟内で確かな影響力を持っている。
それは、四方に伸ばす枝の幹としての物で、子世代、孫世代にあたる衛星都市、植民都市間の摩擦の原因にすらなっている。
「嫌いなのですよ、現場を知らず、知ろうともせずに口を挟んで来る連中が」
お嬢さんの声に珍しく嫌悪の色が混ざっている。
お嬢さんはこの街の当初からの入植者一族の出だと聞いている。都市開発においては支援もあっただろうが、それ以上に中央からは過去に様々な注文や難癖を付けられてきたらしい。
「そのため、独立とまでは言いませんが、四都市同盟内での外縁都市の発言力を強化していきたいと考えています」
外縁都市というのは新しく出てきた概念だが、要は四都市同盟の最前線にある街の事を言っている。
「その手段として、私達が選んだのが産業の育成、中央にも劣らぬ周辺都市の中心への発展です」
そして、お嬢さんは一族の方針の一環として、若くして剣闘士団の運営という新事業に手を付けた。
「そして我々の街が選んだのが」
と、それまで口を閉じていた擁護者が自分達の事情を語りはじめた。
「──直接的な支配、自らの支配圏の拡大だ。そのために、同盟外の独立都市を調略し、周辺都市への調略を進めていた」
そこでアタマ剣闘士の俺達にぶち当たったのが不幸と言うかなんというか。
「だが、こうして目指すところの一致から我々が協力すれば、より大きな物が得られると判断した。それが、和解に至った最大の理由だな」
つまり、俺が知らなかった背景事情から、お嬢さんと擁護者の新同盟が生まれてしまったというわけだ。
「それから、『ねじれ双角錐』の扱いについて彼女の考えに感心したところも大きい」
擁護者が続けて言った。
おっと、いきなり世界の謎の話が出てきましたぞ。
***
「夜空すら異なる彼方から」
と、お嬢さんが唄うような口調で語る。
「人々を呼び寄せる道具。呼び寄せられた者たちは、この地で生きるために様々な特典を与えられています」
「学説が唱えられて以降の既存史料の再調査でかなりの事がわかっていてな」
と、それまで背景に徹していた警備の『私兵』が、その教養の一端を披露した。
「おそらく、こいつは複数あり、歴史上何度も異世界転移を引き起こしている。記録上、突然現れて周囲と衝突しながら定住に至る部族や種族の事例がいくつもある」
それらの調査が取りまとめられて、少なくとも四都市同盟では『人類及びその他知的種族別世界起源説』として知識階層に知られるまでになっている。
「我々が調略した岩塩鉱山の街では、これにより呼び出される者達を『金糸を吐く野蚕』と考えていたようだな」
と件の街の擁護者が言った。
「その言い方だと、ご主人様には別の考えがありそうだけど」
「そのとおり、私の考えは違う」
俺の指摘を新たなご主人様が首肯した。
「私は、『ねじれ双角錐』自体が『金糸を吐く野蚕』だと考えていた。呼び出された者は特殊な能力を持っている? それがどうした。我々が自由に異世界転移者を呼び出せるならば、奴らは換えの利く、代替可能な存在に過ぎない」
支配者側の冷徹な理論。優秀な、あるいは特殊な才能すらも、補充可能ならばティッシュペーパーのように使い捨てに出来るという強者の理屈。
「だが」
と、そこで件の街の擁護者が声音を変えた。その視線はある種の敬意すら持ってお嬢さんに向けられている。
「この娘は、私とはさらに別の考えを持っていた」
***
「夜空すら異なる彼方から──」
お嬢さんが同じ文言を繰り返す。
「人々を呼び寄せる力。ならば、同じ夜空の下であっても、人々を移動させることができるのでは」
お嬢さんが、じわり、とあの笑みを浮かべるのが見えた。
「ある場所からある場所へと、人を容易に移動させられる。これにどれほどの価値があると思いますか?」
移動。流通。人を運ぶ事の意味。
ある場所からある場所へ如何に素早く人を送り込むか。
それは、人類史における最古にして最大の関心事項のひとつと言える。
それが、おそらく瞬時に行える事の意味。
しかも、運が良ければ移動した者は何らかの特典を得られるかもしれないのだ。
「でも、それは」
あり得ない、と言おうとして俺は言葉を飲み込んだ。
***
俺は自分が体験した事を異世界転移だと思い込んでいた。いきなり月の数すら違う夜空の下に放り出されたのだから、当然と言えば当然だ。
だから、『ねじれ双角錐』についても世界を超えて人を移動させる物だと考えていた。なにか、次元の壁のような物を超えて、全く繋がりのない世界へと移動させる道具。
俺は、それがお嬢さんの言うように、同じ世界でも人を移動させられるかも、なんて考えてもいなかった。
だが、お嬢さんの考えが正しかったとしたら。
『ねじれ双角錐』の機能が、ただ単に、人を遠距離に移動させるだけのものだったとしたら。
この世界は、本当に、異世界なのか?
二つの月が浮かぶ見慣れぬ夜空。
あの星々のどれかが、俺の故郷、地球が回っている太陽なのだとしたら。




