15b-1 デスペレーション
訓練同期の『債務奴隷』は、なんと言うか、雑に強い。
俺達剣闘士は、団が集める時点である程度篩にかけられてはいるのだが、それでもそれぞれ向き不向きや得手不得手があり、それが興行における個性となる。
だが、債務奴隷にはそういう意味での個性がない。
型を能く使う『捕虜上がり』に『色男』。前者はそこに自らの経験を加えて使いこなし、後者は若さゆえの成長力や判断速度で底上げする。
手数型の『女顔』、身体操作に長けた『犯罪奴隷』。こいつらは自分の特色をよく理解していて、そいつを活かして闘っている。
体力バカ枠の俺、それから『イビキ野郎』。俺は現代日本が育てた恵まれた体格を、イビキ野郎はとにかく相手をかき回す運動量と重い一撃を誇示している。
債務奴隷にはその手の物がない。
と言うか、必要としていない。
いつだか、『ヤバい連中』を相手にした後の反省会での奴のセリフを思い出す。
「普段の訓練でお前やイビキ野郎を相手にしてるからな。別にどうとでも」
債務奴隷は、同期でも実力者側に立つ俺やイビキ野郎を相手にして、そして他の面子に対しても、どうとでも出来る奴なのだ。
普通に闘って、普通に強い。
それはもう普通とは言わんのでは。
***
捕虜上がりと債務奴隷に護衛連中が殺到する。と、気負いなく前に出た債務奴隷が当たり前のように構えを取った。
邪魔だとばかりに二人ほどが奴に向かうが、債務奴隷は巧みな運足で相手を縦に並べる形にして、手前の奴に向かって剣を振るう。
木剣に木剣を絡めて材質ゆえの摩擦で掴み、敵の勢いを操ってその場でくるりと回転させる。
いきなり味方と向き合う事になって驚く背中に蹴りを入れて突き飛ばし、抱き合うように敵がもつれた所で手前の奴の脇越しに剣を突き入れる。あっという間に二人が転がされて無力化された。
もがく連中を無視して振り向いた債務奴隷は、次に向かって来た奴に前蹴り──俺のパクリだ──を食らわせて距離を作ると、右手の木剣をひょいと投げ上げ、落ちてきた所を切っ先側を掴んで構えなおした。
十字鍔側を向けられた敵が踏み込んでくるのに合わせて盾を構えて、数撃をいなした所で鍔を鈎のように相手の足首に引っ掛け、転がした。
倒れた相手にギロチンのように落ちる盾の縁。
立て続けに仲間がやられて債務奴隷を抑えなければ不味いと気がついたのか、襲撃組でも体格のいい奴が盾に肩を入れての重い突撃をかますのが見えた。さすがに揺すられた債務奴隷がいったん下がり、もう一度剣を投げて柄側を掴み直すと、猛然と相手に向けて振るいはじめた。
どうやら相手は凄腕らしく、債務奴隷の剣はことごとく待ち構えた盾の上を虚しく滑った。
大暴れしていた債務奴隷を相手に互角の闘いを見せる凄腕に、観客席からはどよめきが起きる。流れが敵側に傾いたように錯覚する。
と、債務奴隷が蛇のように剣を持つ手を振るった。
相手の脇腹からどばりと血が噴き出した。
「なっ……」
届かないと思っていたのか、敵の凄腕が驚愕の表情を浮かべている。
柄を手の中で滑らせる技術、『滑らせ』による攻撃の伸び。それに加え、債務奴隷の奴は相手の盾で木剣の切っ先を砥いでいやがったのだ。
債務奴隷が木剣を振って血を払って見せた。
観客席のどよめきが、別のものへと変わっていく。
***
債務奴隷が襲撃組の大半を相手取ってくれたおかげで、俺は今度こそ訓練同期の救援に間に合った。捕虜上がりに合流して奴を襲っていた連中を退け、肩を並べて周囲を警戒する。
「よう」
と、我らが同期最強殿が軽い調子で戻ってきた。その後ろでは、転がされ、痛めつけられていた連中がその身を起こしはじめるのが見えた。
ここから、奴らが捕虜上がりを殺す目はもうないだろう。
「なんとかなったか」
自らの命を囮としていた捕虜上がりが、ほっとしたように息を吐いた。間に合いはしたが、満身創痍といった有り様だ。
有力者席を見れば、ほとんど表情を消している件の街の『擁護者』と、満足そうな『お嬢さん』。
お嬢さんが俺を見て頷いたのを確認して、俺は改めて捕虜上がりと債務奴隷に声をかけた。
「じゃあ、俺はこれから狂うから、あとはおねがい」
二人から了解が返ってくる。
さて、と改めて闘技場を見渡せば、護衛連中は半ば壊滅状態で、戦意を残しつつも手仕舞いを考えはじめた顔をしていた。
剣闘士側はと確認すれば、訓練同期はなんとか立ち上がった女顔が仲間に守られつつ下がりはじめており、他の皆も傷を負いつつも無事に生きているようだった。
イビキ野郎左手ブラブラじゃん、折られたのかな?
ヤバい連中は例の骨砕きは健在だが、他は地に伏せ動く気配がない。おそらく、何人かは死んでいるだろう。
と、仲間に支えられて、木剣を杖代わりになんとか立ち上がろうとする護衛連中の指揮官の姿が見えた。
最初はお前らでいいか。
俺は咆哮を上げて注目を集め、駆け出した。
気付いた指揮官の顔が恐怖に歪む。
というわけで、俺は親しくしている捕虜上がりの痛めつけられた姿に怒り狂って、殺しは無しのはずの特別企画で、うっかり護衛連中を殺しまくった。
途中からは命乞いの声まで上がりはじめたが、俺は蛮族なのでわからない。
半分ほど息の根を止めたあたりで、警備の私兵達がなだれ込んできて、暴れる俺を制圧する。
闘技場の袖に引き摺られながら、なおも吠え続ける俺の姿に、観客席は滅茶苦茶盛り上がっていた。
特別企画は大成功。
***
さて。
特別企画で真っ先に退場となった俺は、後になってから最終的な結果を教えて貰う事になった。
剣闘士団側の参加者はヤバい連中が骨砕き一人を残して全員死亡。死んだ連中の一人は何日かは持ったらしいが、内臓をやられていたようで、最期は血を吐いて逝ったらしい。
訓練同期も満身創痍。こちらは木剣ゆえの打撲中心だが、頭をやられた女顔は慎重に様子を見る事になっており、左肩が外れていたイビキ野郎は、『医者』の指導のもと、せーの、で肩を入れられて痛みに絶叫したとかなんとか。
女顔を守って闘った犯罪奴隷は、右手の指を狙われて薬指と小指が潰されかけており、しばらく興行は出られないという有様だった。
そして、護衛連中と、件の街の擁護者は。
***
「彼女とは和解しました」
と、俺を例の執務室に呼び出したお嬢さんが教えてくれた。
その隣には、今まさに話題になっている、件の街の擁護者の姿。
予想外に過ぎるのだが?




