15a-2 デッドゾーン
件の街の護衛連中の盾の壁を突き崩したのは、『ヤバい連中』の強襲だった。
盾の壁は右端が弱い。
なので、護衛連中の右側──対する俺達から見て左側だ──の連中は明らかに体格でも腕でも優れた奴らが揃えられていたのだが、ヤバい連中がそこから突き出される木剣を物ともせずに突っ込んだのだ。
背後からの攻撃と弱点への攻撃で護衛連中からの俺と『イビキ野郎』への圧力が弱まった所で、俺は横にしていた自分の盾を構え直した。
左手には、一瞬俺から視線を外した間抜けな敵。
「剣闘士キック!」
剣闘士キックとは剣闘士のキックである。
ただの蹴りなので誰でも出来る。
真正面から盾を蹴られた相手がよろけて半身が浮いた。
「剣闘士パンチ!」
剣闘士パンチとは剣闘士のパンチである。
これは超接近戦の時に剣を握った右腕でぶん殴る技術で、この世界の剣は剣闘士映画なんかで見る鍔無し剣と違って十字鍔があるので、こいつを叩き込む事になる。
左頬にざくりと十字鍔を刺された敵がぶっ倒れる。起き上がろうと右手を地に付いた所でその手に握る木剣の刀身を思い切り踏みしめ、地面と柄に挟まれた指の骨が折れるボキリという感触が足の裏から伝わってくる。
叫び声に背を向けて、次の敵を探す。
まずは一人、戦闘不能。
***
盾の壁をぶち破ったはいいが、乱戦となれば俺達剣闘士が有利かというと、そうでもない。
破れなければいいようにやられただろうが、破った所でゴチャゴチャ揉み合いをしていれば剣闘士の得意な一対一とは程遠い状況だからだ。
実際、俺が一人片付けている間に放置していたイビキ野郎が、持ち直して来た護衛連中相手に押されつつあった。
と、客席からの歓声とともに飛び込んできた『色男』がイビキ野郎に向かって来た剣を弾いて、お返しの盾殴りを決めたのが見えた。
「巻取りぃ!」
色男が今にも笑い出しそうな歓喜の声で俺に叫ぶ。
「普段からつるんでるからー! 俺が援護に入るー!」
持ち直したイビキ野郎が、色男と背を合わせて周囲の敵に視線を向けつつガウガウ唸った。
「なんてー!?」
「指ぃー! 潰してやれってー!」
俺も向かってくる奴に一撃を加えつつ翻訳する。
「木剣でもー! 細い骨ならぶち折れるー!」
***
もちろん、俺達が出来ること、狙っている事は相手もやろうと狙ってくる。
敵のど真ん中に飛び込んで大暴れしていたヤバい連中の一人が、真後ろからの敢えての利き腕の指への攻撃を受けて、得物を持つのが緩んだ所で四方から攻撃を食らって沈むのが見えた。
沈むまでにそれなりに周りを殴りまくったのも見えてはいたが、ただぶん回すだけの木剣で与えられるダメージなんざ充分な防具の前では些細な物だ。
もちろん、短期間とはいえ一人で数人を拘束していたのが成果と言えば成果であり、その間に別のヤバい連中の一人が、振りかぶった剣先が自分のケツに付くほどのタメの後に、敵のドタマ目掛けて振り下ろして、避けようとした相手の片耳を千切った挙げ句に肩の骨を砕くのが見えた。
あいつら、やっぱヤバいわ。近づかんとこ。
ふと視線を上げた俺と目があってしまった護衛連中の一人が、一瞬の茫然の表情の後で自暴自棄の突撃をかましてくるのが見えた。俺は大上段に構えられた剣が振り下ろされる前に、盾を相手の肘の内に当てて振り下ろされる剣をすかし、右手で相手の首を抱えるようにして顔面に『卵頭』での重い頭突きを食らわせた。
兜から垂れる鼻当てごと、そいつの顔面が陥没する。少なくとも鼻と前歯は全損だろう。
もしかして死んだかな?
***
乱戦の中では全てを把握する事はできない。
俺は盾で殴り、剣で殴り、ついでに蹴りと頭突きで向かってくる奴をボコりながら訓練同期と合流しようと動き続けた。
と、後ろから向かってくる攻撃を交わしそこねて背中を打たれ、惨めに唸りながら振り返りざまに振るった横殴りの剣が相手の盾に弾かれた。
振り向いた俺の視界の端っこでは、軽装の『女顔』が抵抗虚しく頭をぶん殴られて膝から崩れ落ちるのが見えた。『犯罪奴隷』がカバーに入ってるが、あのままだと押し負けるかもしれない。俺様、援護間に合わず。
「余所見している余裕があるのか、ええ?」
正面の相手が挑発するように声をかけてくる。護衛連中の指揮官だ。
「いいようにやりやがったつもりだろうが、目的は果たす」
怒気を孕んだ声で顎で示した先を見れば、『捕虜上がり』と援護に入った訓練同期の一人が、動ける護衛連中の半数を相手に闘いはじめる所だった。
「他の連中は人数差に耐える腕利きで止める。元将軍の命はいただきだ」
どうやら、多対一を覚悟で剣闘士側を押し留め、無理矢理人数に斑を作って捕虜上がりを潰す算段らしい。
「無理だと思うな、こっちは同期最強だから」
俺は突き出された剣を凌ぎながら返事をした。
「元将軍の腕は知っている、あの人数差なら片付けられる」
なにか誤解があるようですわね。
俺は、こちらの盾殴りに耐えようと指揮官の膝が伸びた所に足裏を合わせて、思い切り体重をかけて踏み折った。脚が曲がってはいけない方向に曲がって悲鳴が響く中で、せっかくだから教えてやることにする。
「同期最強は、もう一人のほう」
***
剣闘士興行なんてもんに参加していればどいつもこいつも傷痕だらけだ。
縫いあと、打撲に抉れた傷。
顔が売りと言うので気をつけている女顔ですら、首から下は多数の細かい傷を抱えている。
そんな中で、訓練同期の中で一人、ここまで怪我一つなく勝利をおさめている奴がいる。
と言って闘った相手が弱かったという訳でもなく、剣闘士団でも凶悪な、ヤバい連中相手に二連戦。
訓練同期では間違いなく最強。
そして、おそらく剣闘士団でも最強の一人。
捕虜上がりの隣には、『債務奴隷』が立っていた。
2025/8/12 一部重複した表現があった箇所を修正
2025/8/13 些細な表現を修正




