2a-1 力には技、技には力
俺の剣闘士としての最初の相手は普段からつるんでいる女顔に決まった。
思う所はいろいろあるが、知り合いとやりあう以上お互いの手の内が丸わかりということになる。何か隠し玉の一つも用意したい。
というわけで俺は捕虜上がりと女顔に相談した。
「なんで本人に聞けるんだお前」
捕虜上がりが呆れたように言う。
「ほかに相談できるあいて、いない」
「そりゃそうか。……俺もそうだわ」
思わずつらい現実に直面してしまい揃ってしょんぼりしてしまう俺達。
「二人とも両肩の間になに乗せてんのさ」
見かねた様子で女顔が言う。
「帽子掛け」
「穴あきばけつ」
「そうじゃなくて、俺達訓練生だろ。訓練士に聞けばいいじゃないか」
言われてみればその通りだ。
***
御披露目興行が決まったということは、俺達剣闘士訓練生もだいぶ仕上がってきたという事でもある。武器の上げ下ろしから始まった訓練も、足運びから切る突く凪ぐの基本の動き、盾を使った攻撃のいなし方に剣以外の武器の取り扱いや対処法と範囲が広くなっている。
その日は訓練生をいくつかの組に分けて、それぞれ訓練士を付けて実際の立ち合い練習をする事になっていた。こういう時には俺達三人は同じ組にしてもらっている。得物はお馴染みの木剣と木盾だが、防具として詰め物をした帆布で利き腕や両脚の膝下を覆い、その上から金属製の籠手や脛当てを付けている。
俺は訓練前に、小中学校の体育で習った柔軟体操をやっていた。この世界にはない習慣らしく、初めてやった時は呪いかなにかと勘違いされて囲んで棒で殴られたが、なんとかごまかして部族の神に捧げる踊りという事で許してもらっている。おかげで今のところきつい訓練でも大きい怪我はしていない。
訓練士が号令をかけ、ガチャガチャといろいろ付けた状態で走り出す。しばらく走って身体を温めたあとは、肉をほぐす為に習った型の練習をする。それから三人が交代で打ち合い、訓練士がいいところ悪いところを指導する。
盾をぶっ叩けば手が痺れる。攻撃を避ければ開いた身体が隙になる。下手な動きには訓練士の怒鳴り声が飛び、へっぴり腰には蹴りが飛ぶ。
全身が汗にまみれていく。ついでに相手の木剣や訓練士の指導で嫌になるほど痣がつく。
***
「取って置きの技を隠しておこうとかは考えない方がいいぜ」
日陰に座り込んでの休憩中、訓練士に話を振ったらこんな答えが返ってきた。
「隠し芸がありゃ驚かせられるかもしれないが、どうせ客の前で見せる羽目になるんだ。一度は通じても二度目はねぇよ」
この訓練士はうまいこと引退出来た元剣闘士なのだが、いちいち喋る事が理屈なので訓練生からの人気がない。
「でもよ、追い詰められてからの隠し玉で逆転とかやってみたいよな」
「な」
捕虜上がりと俺でロマンを語る。
「やめとけやめとけ」
と訓練士。
「隠し玉なんて見られちゃ終わりなんだから、人前じゃ練習もまともに出来ないだろ。いざって時の為に大事に取っておいて、使ってみたらなんだこりゃなんて事になる」
理屈っぽいが言いたいことはわかる。
それに、と訓練士は話を続けた。
「隠し玉で大立ち回り出来る奴より、そいつを抱え込んだまま倒れる間抜けの方が多いと見たね」
要はエリクサー使えない問題の剣闘士版だ。
エリクサーというのはゲームなんかの消費型レアアイテムの事で、使えば有利になるシーンでもったいなくて使えないで、ただのコレクターアイテムにしてしまう奴がそれなりにいた。
『理屈屋』の訓練士は隠し玉なんてものもそうなるだろうと言っているのだ。
となるとどうすればいいか。
「答えの一つはそんなもの考えないで地力を上げて行くことだな」
捕虜上がりがなめらかな動作で切り上げから刃先を返しての切り落としの型をして見せる。こいつは習った型をきちんと自分のものにして見事に使いこなしていた。
「単純に手数を増やせばいいんじゃない?」
女顔は立て続けに突き技と切り技、盾を使ったトリックをやってみせた。次々にいろんな攻撃を繰り出せば、相手はその対処でいっぱいになる。いやその相手って俺じゃねえかやめてくれ。
俺の強みは体格と体力だ。ならば、他の連中より気合いの入った大技の一つぐらいは出来るだろう。だが使えない大技なんてものは訓練士がいうとおり宝の持ち腐れになりかねない。
どうするかなぁと考えているところで、訓練士が休憩の終わりを告げてのろのろ動き出す俺達をどやしはじめた。
2020/9/22 サブタイトル修正
2021/5/30 青銅を金属に変更・統一