14b-2 暁の軍勢
剣闘士団は、はっきり言ってカスと負け犬の集団である。
所有者である『お嬢さん』はガキのくせに奴隷持ちだし、団の連中は剣闘士を殴って従わせるのが当たり前だと思っている。
自由民剣闘士は他の仕事もあろうってのに汗混じりの血の匂いの中でしか生きられないバカ野郎共だし、奴隷剣闘士は自分の身も守れない間抜けと人間のクズしかいない。
俺の訓練同期で言えば、『捕虜上がり』は政争にも戦争にも敗れた負け犬オブ負け犬だし、『女顔』はその色香で家庭に不和をもたらす女装小悪魔だ。
『債務奴隷』は女遊びで財を溶かしたってのに懲りる気配もないし、『犯罪奴隷』に至っては女を襲ってケツの穴まで使い、相手の尻を血と精液と漏れた糞の三色でナポリタン・アイスクリームのようにする始末。
『色男』は自分の腕を証明するために自由民剣闘士になったと宣う極めつけのバカだし、『イビキ野郎』はイビキがうるさい。
そしてこの俺は人呼んで『無垢なる者』とくる。
そんな剣闘士団のほとんど唯一の美点が、誰もが互いを殺すだけの力量と覚悟を持っており、だからこそ誰もが互いを認め、舐めてかかるような真似だけはしないことだ。
俺達は身内を憎み、恐れ、時に愛情さえ抱き、尊重する。
故に、俺達は剣闘士団を舐めた者、敵対する者を許せない。
お前達は俺達を舐めた。
故に殺す。踏み潰す。
***
腕のいい天気読みに伝手でもあるのか、剣闘士興行の日は遠方に少し雲が出ている程度の、風が気持ちよく頬を撫でる好天だった。
最近では名が売れた興行を一目見ようと他所の街からもわざわざ人が来るというので、団の敷地内はいつにもまして賑わい、通路脇の出店では酒や食い物、土産物を求める客が集まっていた。
警備の私兵達も威嚇するような態度を控えて似合わぬ笑みを顔に貼り付け、磨き上げた装備に目を輝かせる子供に、敬礼の真似事なんかを返している。
ところが一転、闘技場の中へと目を向ければ、娑婆の連中にとってハレの場であるはずの観客席は、一種異様な雰囲気に包まれていた。
闘技場の扉が開かれ、四々八々客が集まってくる。
そんな中で、興行が始まるまで場を保たせようと頑張っている楽士の音楽や、お手玉だの火吹き芸だのを披露する曲芸師達の動きが、どことなくぎこちない。
普段は妙技にワッと湧く観客の反応もいまいち悪く、まばらな拍手が儚く消える。
いつもなら観客席を華やかに彩る乙女達は寄り添うように縮こまり、陽気に騒ぐはずの酒を片手のおっさん達も、ぶすりと不機嫌そうに杯を傾け、仲間内で顔を突き合わせてヒソヒソと何かを喋っている。
そして、その視線は観客席の一画の、空気を読まずに騒ぎ立てる、件の街からの一行へと向けられていた。
***
「今の喇叭、音を外してたね」
と指摘したのは、訓練同期の女顔だった。
場所は、闘技場の袖の俺達剣闘士の待機場所だ。女顔以外にも、興行用に『誰でもない』姿になっている剣闘士達が屯していてゴチャついている。
「件の街の連中が前に来た時のことを覚えているんだろうよ」
後を引き継いで言ったのは、同じく訓練同期の捕虜上がりだ。
「剣闘士興行はこの街一番のお祭りだ、ほんの数年前の事なら、観客の誰一人として何があったか忘れちゃいねえよ」
地元の者にしてみれば、自分達の楽しみを余所者に荒されて、そいつらが懲りずに再訪した形になる。不満が燻るのも当たり前というわけだ。
「まぁ、今からひっくり返してやるけどね」
俺はそう言って集まっている剣闘士達に視線を向けた。
そこには、債務奴隷に犯罪奴隷、色男にイビキ野郎といった同期の腕の立つ奴らが揃っている。
今回、剣闘士団が目論んでいる特別企画は、件の街から来た護衛連中をひとまとめにした集団戦となる。そこで問題になるのが基本は一対一前提の俺達で、まともな連携など期待できないだろうと思われている。
そこで、せめて気心の知れた奴らをまとめて出そうと、餌である捕虜上がりの訓練同期、つまり俺を含めたいつもの面子が集められていた。
そして──ちらりと視線を向けた先には、それぞれ他とは少し距離を置いた四人ほどのベテラン剣闘士達。例の『ヤバい連中』の生き残り、かつて件の街の連中に煽られて剣闘士人生をズタズタにされた奴らが、思い詰めた表情で佇んでいる。
「えげつねえな」
と、わずかに憐れみさえ含んだ声で、近づいてきた債務奴隷の奴が言う。
「機会を与えるといや聞こえはいいが、ありゃ、ていのいい厄介払いだぜ」
今回の『ヤバい連中』は、お披露目興行で自分達の運命を変えた者達と闘えと言われている。
つまり、俺とは別口の血塗れパーティの主催者となる。
その実態は機会を与えられた復讐の戦士達、あるいは汚れを拭き取った後は捨てても惜しくない、でっかい染みの付いたボロ布だ。
俺が面子を確認している間に、表では進行役が台に上がって、特別企画について語りはじめた。件の街の連中を実力者でございとおだて、我ら剣闘士団と比べてどうかと煽り、いっそ闘わせてみてはと提案の形で誘導する。
企画の詳細を聞いていた観客席が、一瞬の困惑の後に沸き立った。観客の「闘え、闘え!」という大合唱が俺達のところまで響いてくる。
さて、この煽りを受けた件の街の有力者様の反応は。
いよいよ始まる大騒ぎの予感に、俺達訓練同期は示し合わせたように袖から有力者席を覗き見た。
***
で。
「うお! でっか!?」
「嘘でしょ、でっか!」
「やべ、でっか……」
訓練同期が目にした物に次々と驚愕の声を上げる。イビキ野郎までガウガウ唸った。
有力者席で裏切り者を従者のように従えた件の街の擁護者が、前に出て鷹揚に特別企画を了承する事を宣言した。
そう、今回の興行には、散々話題に上っていた件の街の擁護者その人が訪れていたのだ。
初めて目にしたその姿は、アイラインを鋭く強調する化粧をして、豊かな髪を波打たせ、昂然と胸を張った女だった。
そしてその胸が滅茶苦茶豊満だった。スイカかな?
俺が奴隷生活を満喫している間に、同郷の連中はあんな女にチヤホヤされて暮らしてたのか。
なんだか殺意が高まってきた。




