13b-2 長命種
結論から先に言えば、『捕虜上がり』が異世界転移の黒幕の一人だったという情報は、同郷の『垂れ目』の女からもたらされた。
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「それでは、そろそろ伏せている二枚目の札を見せていただきましょうか」
お嬢さんに促されて睨み返していた垂れ目は、ふっと視線を落とすと、気が抜けたように息を吐き出した。
「交渉ごとにはそこそこ自信があったんだけどね」
そして出てきた苦笑混じりの台詞と態度は、元の飄々としたものに戻っている。
「自信?」
と、『仕切り役』の訓練士。
「これと、これ」
垂れ目は手のひらを下にした片手を自らの頭上でひらひら動かし、反対の手でぐいっと胸を持ち上げて見せた。
「自分で言うのもなんだけど、まあまぁウケる見た目はしているつもり」
確かに、垂れ目はこの世界基準で見れば規格外の身長、肉体、そして図太い性格を有している。
その外見は人目を惹くだろうし、自信に満ちた態度は相手に話を聞いてみるかという気持ちを抱かせる。上手いことそいつを武器に立ち回れば、この世界でも大抵の人間は言いくるめる事ができるだろう。
だが、今回ばかりは相手が悪かった。
幼くして暴力組織のトップに立つお嬢さんは、そもそも女。
その傍らに立つ仕切り役は、お嬢さんガチ勢なので他人が色目を使っても揺るがない。冷静に考えると気持ち悪いな。
護衛についている二人のうち、『私兵』はその見識でちょっとした話術の類は見破るだろうし、『色男』はひとを外見で判断するのを嫌がる性質だ。それに、うんこの話で大喜びするような性格だし。
そしてなんと言っても、この世界の人間が異世界転移の存在を普通に知っていたのがでかい。
「というわけで、私の目論見は見事失敗。ここから先は予備計画」
「予備計画はどのような内容ですか?」
調子を取り戻して口が回り始めた垂れ目の女に、お嬢さんが興味深そうに声をかけた。
垂れ目が改めて両手を上げた。
「全面降伏、命乞い。聞かれた事はなんでも話す。それこそ、お風呂で身体のどこから洗うかでもね」
***
さて、このとおり剣闘士団を相手にあっさりと手玉に取られた垂れ目なのだが、実のところそれほど残念な子と決まった訳ではない。
というか、件の街で擁護者に囲われている状況で情報を集め、次に取るべき行動を決定し、明らかに危険なそれに賭けて自ら打って出るクソ度胸を考えると、普通に有能であると言っても差し支えない。
そして本人が悪びれずに言ったとおり、その外見と話術を武器に、話を有利に進める算段すらつけていた。
つまり、お嬢さん相手に会話を出来ている時点で、ある意味賭けには勝っているわけだ。
というわけで、この場に居合わせた俺達野郎組は、仕事が出来る女と仕事が出来る女の鍔迫り合いを特等席で眺める事になったのだが。
「あなたが剣闘士団に見出しているものは、私の『弟』以外の誰か」
とお嬢さんが言う。
「あなた方が召喚ばれたのは、おそらく最近。ならば、剣闘士団に異世界転移に関わる何かがあるとすれば、最近入ってきた奴隷ぐらいしか該当するものがない。そして、それが我が弟である彼ではない事は、あなた自らが既に認めている」
「四都市同盟の知識層は異世界転移の明確な実例を押さえている」
と垂れ目の女。
「それが記録レベルか、物証レベルかはわからないけどね。『ねじれ双角錐』という固有名詞に言及している以上、異世界転移に関わる物質、物理実体、それに類するなにかを知っていることになる。つまり、記録だとしてもかなり正確な召喚の事例か事情を把握している」
なんか難しい話をしておるな。
「なあ、『無垢なる者』」
だんだんと白熱していく議論を見ながら色男が俺に聞いてきた。
「二人が喋ってる内容、お前わかるか?」
もちろん、ぜんぜんわからない。
俺達野郎組は、頭のいい女達が互いの言葉の端々から情報を拾い、推論を組み立てぶつけ合い、その反応から更なる情報を得て次の推論を組み立てていく姿に圧倒されていた。
俺は隙を見て、仕切り役と警備の私兵、ついでに同郷の候補生にちらりと視線を向けた。意図するところが通じたのか、それぞれ頷きがかえってくる。
俺達は、車輪が唸りを上げて高速回転するようなその迫力に恐れをなして、部屋の隅っこへと撤退した。
***
「それでまぁ、俺達が隅っこでブルブル震えている間に話がついて、垂れ目の女は定期的にこっちに顔を出す連絡役になって、候補生の方は巻き込まれてなし崩しに『帰郷派』入りって感じ」
「結局はお嬢さんの計画通りってところか」
場面は戻って再び現在。俺は元将軍閣下こと捕虜上がりと、俺達が掴んだ話について喋っていた。
というわけで『長命種』とかいう連中の話になる。
さて、この世界には狼人のように人間以外の知的種族がいくつかいるらしいのだが、その中でも長命種は名前の通りやたら長い寿命を誇るらしく、話によると老衰による自然死の記録が存在しないレベルなんだとか。
そして、長生きということはそれだけ博識ということでもあり、長命種は失われた古代の智恵を現在に伝えていると言われている。
垂れ目の女が言うには、彼女とその仲間達が召喚された際に、そこにはこの世界の人間と共にひとりの長命種がいたという。
そこはどうやらどこかの街の建屋の中だったらしく、その後しばらく垂れ目達はそこに何の説明もなく留め置かれていた。
それがある時、街で何らかの混乱が起きたらしく、処遇が変わる事になった。そして、最初の召喚の時には見なかった連中に手配され、現在の擁護者の街へと移された。
つまり、異世界転移者達は、今囲われているのとは別の街で召喚されていたわけだ。
「それで、長命種と一緒にいた連中が召喚の主犯か関係者だろうと密かに行方を探っているうちに、そのうちの一人がうちの剣闘士団に売られているのを突き止めたんだって」
それが目の前にいる男、元自治都市の軍事指揮官、将軍閣下。俺が『捕虜上がり』として親しくしている訓練同期。
「お前、本当に本人に聞くんだな」
答えを待っている俺に、捕虜上がりがいつも通りの感想を口にした。
***
「俺達は四都市同盟からの圧力を受けていた」
じわじわと得物を動かす型の確認を続けながら、捕虜上がりがゆっくりと事情を語りはじめた。
「わかるだろ? 連中が調略と呼ぶあれだ。接待、賄賂に色仕掛け。脅迫、密告、流言飛語」
結果、捕虜上がりの自治都市では、同盟加盟派と独立維持派の対立が日に日に激しくなっていったという。
「独立派の間で、戦争やむなし、という声が大きくなった。だが、四都市同盟は巨大な相手だ。だから、金糸を吐く野蚕が必要だった」
それが俺達、異世界転移者。つまり、召喚は侵略に怯える国が行った、いわゆる勇者召喚にあたる行為だったというわけだ。それだけを聞くと、まぁ古典的な展開に思えるのだが。
だが、はい戦争が近いです、はい勇者召喚の準備ができてます、そんな都合のよいことがそうそうあるか?
つまり、侵略と召喚、その因果が最初から逆だったのではないか。
「そもそもの話をすれば、あるとき、俺達の街が所有する岩塩鉱山から『ねじれ双角錐』が出てきた事が発端でな。四都市同盟とは交流自体はあったから、こいつが夜空すら異なる彼方から人を呼び出す機能があることはわかっていた」
捕虜上がりが続けて言った。
「とは言っても、たまに見つかるねじれ双角錐はたいてい壊れていると言うし、機能が活きてても誰も使い方なんか知りゃしねえ、はずだった。そこに」
──そこに、使える長命種がやってきたことで全ては狂った。
 




