13b-1 金糸を吐く野蚕
「私のような小娘が一端の事業を手がけていると、様々な方が手助けを申し出てくださいます。曰わく、我は金糸を吐く野蚕であるとね」
『お嬢さん』がある種の皮肉を込めた声音で言った。
野蚕というのは野生のカイコ、要は糸を採れる虫の事だ。もちろん、実際に金糸を吐く種がいるわけではなく、これは『金の卵を産むガチョウ』の、こちらの世界版の言い回しとなる。
「現在の擁護者に頼り切った生活は、あなた方が言うところの『入植派』にとってはともかく、『帰郷派』にはあまり都合がよろしくないのでしょう」
と、お嬢さん。
「資金と情報の両面で支配を受けていては、独自の行動は取りようがない。だからこそ、別の伝手を欲していた」
そして伝手を得るためには、相手の関心を誘い、歓心を買えるだけの手土産が必要となる。
だから『垂れ目』の女──俺と同郷の女は、自らが異世界転移者である事を見せ札にして剣闘士団の興味を引こうと考えた。そして、それをなす場を整えるために、わざわざ連れを操って団が何らかのアクションを起こすように事実上の挑発行為まで行った。
実際に、途中までは垂れ目の目論見通りに事は進んでいたのだろう。お嬢さんは同郷の連中に興味を示し、こうして顔をあわせている。
「では、なぜ私を、私の剣闘士団を、その相手に選んだのか」
お嬢さんが強調するように言葉を区切る。
「同胞が剣闘士として所属している、だけでは弱い。他にもなにか理由がある。ある程度想像はつきますけれど」
問題は、お嬢さんをはじめとしたこの世界の連中が、俺達の想像以上に頭が回る事だ。
「それでは、そろそろ伏せている二枚目の札を見せていただきましょうか」
***
お嬢さんの執務室での一連のやり取りが終わった後で、俺は訓練同期の所に顔を出すことにした。
剣闘士団の敷地内を訓練場に向けて歩いていけば、木剣木盾の打ち合う音に、銅鑼、鞭、訓練士の罵声といった生活音が、徐々に近づいてくるのがわかる。
「お、戻ってきた」
ちょうど一汗かいての休憩中か、肌着の裾を捲って顔を拭いていた『女顔』が俺に気づいて声を上げた。訓練中の動きの良し悪しを話していた『捕虜上がり』と『理屈屋』も俺の姿を認めて、軽く手を上げたり頷いたりを返してくる。
「で、どうなった?」
と捕虜上がり。
「件の舐めた街への嫌がらせで、お前の同郷の連中に引き抜きをかけたんだったか?」
ここにいるのは全員が例の社会見学参加組なので、そのあたりは割と気軽に話題にできる。
「いったん話を持ち帰るって。次からは崇拝者枠で俺に会いに来るけど、面会費は団持ちだって」
俺は言いながら地に寝かせてあった予備の木剣の切っ先をうまく踏んで、跳ね上がった柄を掴んだ。日本人の感覚だと木剣とは言え剣を粗末に扱うのはどうかと思うのだが、剣闘士の理屈では落とした得物を素早く拾う技術として許されている。
「ふーむ」
俺の報告を聞いた理屈屋が、目に理解の色を浮かべて言った。
「実質的な連絡役だな。お前に会う名目で剣闘士団に接触できる。お仲間には、面会費をこっちに押し付けたと成果を上げたって顔ができる」
これだけだと相手にも損がないように聞こえるだろうが、剣闘士団側はすでに向こうの監視役を始末している。
件の街の擁護者は、監視役が帰還しないことから同郷の連中に疑いの視線を向けるだろう。これまでと違い、権力者に囲われた生活も居心地よくとはいかなくなる。
「四都市同盟はその手のやり方が得意だよな」
呆れたように捕虜上がりが言った。
まるで経験した事があるような言い方じゃないか?
***
遅れて訓練に合流したのはいいが、俺一人だけ体力が有り余ってる状態で同期と打ち合っても仕方がない。
というわけで理屈屋が女顔の動きを指導している間、俺と捕虜上がりは型の確認でもしていろと放り出されることになった。これは剣闘士団に習った剣の型を、あえてゆっくりとやることで動きの精度を上げる訓練となる。
そして、剣をゆっくりと振るのは、実際にやってみると意外にきつい。
勢いよくブンブン得物を振るのとは違い、その軌道を確かめるように、じわじわと木剣を動かしていく。それが結果として全身の筋肉を痛めつける負荷となる。
じっとりと浮いてくる汗を拭いもせずに、払いの型のために一合を打つのに数十秒。
「そういえば」
と、俺は小声で捕虜上がりに声をかけた。
「俺たち、嫌々剣闘士をやってる割には、真面目に訓練やってるよね」
「今まさに、不真面目に無駄口を叩いているけどな」
と捕虜上がり。
「まぁ、生き残るためには、って奴だ」
そう、生き残るために。何をやるにしても、やりたいとしても、まずは剣闘士として生き残ってから。
俺の場合、生き残りの次に来るのは異世界転移に関する謎を探ることになる。そして、出来れば帰還する術を見つけたいとも思っている。
他の奴、例えば目の前の捕虜上がりにも、その手の何かがあるはずだ。
「そういやさ、こんな生活する羽目になったんだから、恨んでる奴とかいるんでしょ」
「そりゃな」
捕虜上がりが、俺の割と立ち入った質問に返事をする。気を悪くしないで返してくれたのは、周りから俺の親父と呼ばれるほどの付き合いからだ。
だが、その距離感も終わりとしよう。
「恨んでるのって、四都市同盟ぜんぶ、それとも、直接やりあった奴らだけ?」
「今日はずいぶん踏み込んでくるな」
捕虜上がりが不審な表情を浮かべて俺を見た。
「同郷の連中と話して、件の街の事情を知って」
「ああ」
捕虜上がりは俺が何を言い出すのか理解したようだ。
捕虜上がりは、どこかで起きた戦争で捕虜になったと言っていた。
それが俺の同期ということは、捕虜上がりが捕まった戦争とやらは、俺が異世界転移する直前、あるいは前後して起きたということになる。
さて、そこで最近仕入れた情報なのだが、同郷の連中が囲われている件の街は、最近、同盟外の自治都市を調略したという。
そして、俺が独自に情報をかき集めていた、異世界転移を疑われる事例集を地図上にプロットした時に中心となった第三の街。
捕虜上がりの元の所属。
件の街が子分扱いしている元は同盟外の都市。
異世界転移の中心にある第三の街。
それらが、すべて同じ都市だったとしたら、一体何を示すと思う?
俺は疑問がある時は本人に直接聞く。
それが今回は捕虜上がりだったということだ。
「で、なんで異世界転移者を召喚び出すことにしたの? 将軍閣下」




