13a-2 支配の仕組み
「弟ォ!?」
『お嬢さん』の爆弾発言に素っ頓狂な声を上げたのは、なぜか『同郷の候補生』だった。奴が驚愕と僅かな敬意を込めた目で俺を見る。
「えっちなことしたんですね?」
してねえよ。
こちら側では、お嬢さんの言葉に愕然としていた『仕切り役』の訓練士が、同郷の候補生の台詞に反応してギギギと錆び付いたロボットのようにぎこちなく俺に顔を向けてきた。
目がマジになっている。こわい。
「あ」
と、そこで何かに気づいたらしい『警備の私兵』が声を上げた。
「『無垢なる者』、俺がお前と顔を合わせた日の事を思い出せ」
俺と私兵が初めて会ったのは、俺が『先生』の所で勉強をする事になった日だ。
俺の脳内でこれまでの出来事が高速で逆回転して、警備の私兵が言った時まで戻る。
「数の数え方が違うんで、びっくりして叫んだら殴られた」
「もうちょっと前、もうちょっと前」
脳内映像がさらに逆回転して遡る。
「先生の第一声が蛮族呼びで、なんだこの女って思った事?」
「戻りすぎ、戻りすぎ」
今度は映像を早送りして先生の来歴を教えてもらったところまで進む。
確かあの時、先生はお嬢さんの家庭教師をしていたこともあるという才女で、その縁で言葉を学びたいという俺の教育をする事になったと言っていた。
そこで脳内映像にポーズをかける。
お嬢さんの、家庭教師?
「彼は、私と同じ師について学んでいる、いわば同門の弟弟子です」
と、お嬢さんが説明した。
「私にも情というものがありますから。弟に甘くなってしまうのは仕方ありませんよね?」
お嬢さんは薄く笑みを浮かべて言うが、とても本音とは思えない。おそらくこれは、奴隷でも、異世界転移者でも場合によっては目をかけてやるという、同郷の連中への揺さぶりのために言っている。
俺は、即興でこんな話を仕立て上げる、お嬢さんの頭の回転の速さに改めて感心した。
「ところで少し気になったのですが」
と、皆が一応の納得をしたところで、お嬢さんが同郷の候補生をちらりと見てから俺に尋ねた。
「あなた方には、姉妹を犯す習慣でもあるのですか?」
許可を得てから、仕切り役と俺は同郷の候補生をグーで殴った。
***
同郷の候補生の特殊な趣味についての誤解を解いた後で、流れで奴から話を聞く事になった。
さすがに何度も痛い目にあって懲りたのか、奴もぼそぼそとこちらの質問に返事をする。
「カネがかかるから採用試験に臨んだってのは本当だよ」
と候補生が言う。
「俺らの擁護者は、衣食住の面倒を見ちゃあくれるが、小遣いに関してはそこそこ厳しい」
話を聞くかぎり、件の街の擁護者は、異世界転移者達の面倒を見つつも独自の裁量で動けるだけの金は渡してはいないらしい。
これは、生活を保障する事で恩を売りつつも、予算面での制限をかけることで行動を縛っているという言い方もできる。
「それで、なんでもかんでも擁護者に頼るわけにもいかないってんで、仲間内でこのやり方を考えたのが」
と、そこでちらりと『垂れ目』の女を見やる。ふーむ?
「つまり」
と、仕切り役が今の話からわかる事を指摘した。
「お前らの仲間内で、擁護者に頼りきることに、後ろめたさと共に不安があったと」
「まぁ、そうだ」
「その女の一党はそれを利用して、わざと剣闘士団の注目を得るような動きをするように、お前を誘導した」
「……今思うと、そうなるな」
なら答えはひとつじゃん。
「ひとつ聞きたいんだけどよ」
と、それまで後ろに立ってボケ面をしていた『色男』が疑問を口にした。
「崇拝者枠で面会する金もないお前らが、『無垢なる者』を見つけたとして、それでどうする気だったんだ?」
同郷の候補生が虚を突かれたような表情を浮かべるのが見えた。こいつらが俺を値踏みしていたのはわかっているが、お眼鏡に適ったとしてどうするのか。
「そこは……流石に擁護者に相談して」
「こいつを買い取って貰うのか? だがそれだと、『無垢なる者』は結局奴隷のままじゃねえか」
色男がさらに指摘する。
「それは、出世払いってことで、奴隷から解放してもらって」
「奴隷から解放?」
色男が片方の眉を上げた。
「そんなこと、できるわけねえじゃねえか」
***
色男の言葉に狼狽える同郷の候補生に呆れて、俺は寸劇を打つ事にした。
「姉者」
と、わざとらしくお嬢さんに呼びかける。
「俺、同門の弟なんだけど。奴隷からの解放って、してもらえる?」
「できませんね」
意図を察したお嬢さんが乗ってくれる。
「四都市同盟の奴隷制度は、奴隷所有者による恣意的な奴隷解放を認めていませんから」
「はぁ!?」
同郷の候補生が理解できないというように声を上げる。
「当たり前だろうが」
と仕切り役。
「そんなもん認めたら、奴隷商人が滅茶苦茶儲かるだけじゃねえか」
さて、あるお優しい有力者が、哀れな奴隷を解放してやりたいと考えたとする。有力者は奴隷を買っては解放してやり、篤志家として名を馳せる。
そして奴隷商人は、それまでだったら見向きもされなかった商品価値の低い奴隷が売れるようになり、大いに懐を温める。
奴隷狩りも同様だ。それまでだったら見逃していた、病人、怪我人、やせっぽち。そいつら売り物にならなかった連中を買い取ってくれる客がいるならと、奴隷集めに精を出す。
その結果何が起きるかといえば、そこら中に元奴隷の自由民が溢れかえる事になる。誰にも省みられない、何の価値もない、哀れな、本当に救われない連中がだ。
「だからこそ、奴隷は自分を買い取ることではじめて解放される」
と、仕切り役が説明した。奴隷の身としてはたまったものではないが、自分で自分の面倒を見れると証明したもののみが自由を手に入れられる、ある意味公正な仕組みではある。
「どうやらあなた方は」
と、お嬢さんが結論を口にした。
「資金面だけではなく、情報面でもだいぶ支配されているようですね」
呆然とする同郷の候補生をそのままにして、お嬢さんはいよいよ垂れ目の女に目を向けた。
「では、最後にあなたのお話を伺いましょうか」
2024/10/30 意図しない空行を削除




