13a-1 姉と弟
「そこまで」
と、『警備の私兵』がさらに説明を続けようとしたところで『お嬢さん』が待ったをかけた。
「少し、喋り過ぎですね。何もかも教える必要はありません」
指摘されて気がついたのか、私兵が決まり悪そうな顔をする。
「おっと、こいつは……すみません」
お嬢さんが苦笑を返した。
「まぁ、普段教養を隠している方が、それを披露する機会につい興が乗ってしまったのは理解できますが」
お嬢さんが指を立てて自分の口にあてる。
「ほどほどに、ね?」
***
というわけで世界の謎パートは一時お預けとなり、尋問パートが始まる事になった。
尋問の対象はもちろん、異世界転移者を自称し、疑われる三人。
一人は、おそらくは無自覚な『入植派』、自由民剣闘士の追加募集に顔を出して俺に腕を折られた『同郷の候補生』。
一人は、本人曰く『帰郷派』に属する、いきなりの駆け引き失敗で俺とは別の意味で残念な子疑惑が出てきた『垂れ目』の女。
そして最後が、全裸で奴隷狩りにつかまった言葉の拙い世間知らず、剣闘士団においてデカくて力だけはあるアホの子枠と見なされている『無垢なる者』こと、この俺だ。
問題は、俺を含めたこの三人が、おそらく別々の思惑で動いていることなのだが。
***
たっぷりと痛めつけて抵抗の意志なしと判断したのか、お嬢さんが団側の連中に俺達を押さえる腕を放すようにと指示を出した。
かわりに、客人二人はその小刀を取り上げられて、『色男』の剣闘士が腰に吊っていた直剣を抜いて肩に担ぎ、座る俺達の背に立っていつでも血祭りに上げられる態勢をとる。
手の空いた『仕切り役』の訓練士と警備の私兵はお嬢さんの側に回り、何事かを相談しつつ時折厳しい視線をこちらに向けてくる。
「妙な事になったなぁ、『無垢なる者』」
色男がいつもの調子で声をかけてきた。
ほんとだよ。
さて、状況を整理しよう。
同郷の候補生からは、おそらく本人が言っている以上の情報は出てこない。
こいつら『入植派』は、派手な剣闘士興行の噂から俺の存在を察知して、手っ取り早くそれを確認するために、折りよく募集のあった自由民剣闘士の中途採用に参加しようと考えた。
そして先日ぶっ殺した『重装型』の候補生の証言によれば、奴の擁護者も同じシナリオを前提に動いている。
垂れ目の女については、本人が言うとおり故郷へ帰る方法を探しているのならば、奴がここに来た事自体が一つの事実を示している。
つまり、この剣闘士団に、異世界転移に絡むなにかが存在しているという事になる。少なくとも垂れ目はそう考えている。
そして垂れ目の女が考えているなにかは残念ながら俺ではない。目的が俺ならば、同郷の候補生と歩調を合わせていれば済むからだ。だが、これまでの話を聞く限り、垂れ目の女は同郷の候補生を、そして擁護者をも出し抜くような行動を取っている。
「それでは、まずはあなたから」
と、そこまで考えていたところで、お嬢さんが俺に声をかけてきた。
「あなたについては、団に来てからの事は裏付けが取れますから。まずは簡単なところから片付けましょう」
お嬢さんのご指名を受けた俺は、俺がこちらの世界に来てからの事情を、包み隠さず話しはじめた。
***
「許します」
事情を話したら許された。
やったぜ。
***
剣闘士団の連中は俺が元居た世界にはあまり興味がないらしく、もっぱらこの世界に来てからの事を尋ねられた。
と言っても俺は、異世界転移してから即日奴隷狩りにあい、そのままほぼストレートに剣闘士団に送り込まれたため、たいして話す事がない。
剣闘士になってからは生き残るのと言葉を覚えるので精一杯で、異世界転移については口にすれば頭がおかしいと思われるだけだと考えて黙っていた。
「筋は通っていますね」
と、お嬢さん。お嬢さんが確認するように仕切り役に視線を向ければ、仕切り役もそれを肯定するように頷いた。
「いちおう、普段の奴と今言ったことに齟齬はないようですな」
「では」
と、お嬢さんがふたたび俺に視線を向ける。
「奴隷剣闘士という立場についてはともかくとして、それ以上の悪意はないものと判断します。ひとまずは、疑いを解きましょう」
やったぜ。
というわけで許された俺は、要警戒人物から一般奴隷剣闘士へと復帰して、笑って片手を上げてきた色男と手を打ち合わせてから椅子を持って机の窓側へと移動した。
「待って待って待って……」
と、『要警戒』サイドに残された垂れ目の女が声を上げた。一連の茶番に呆気にとられて、ついつい声が出たようだ。
「さっきまで殴られていたのに、はい許します、はい許されたで嬉々としてそっち側にいっちゃうわけ?」
人を巻き込んでおいて今更同朋の情に訴えられてもな。
「つっても、『無垢なる者』は通すべき筋は通してるもんな」
「ね」
口を挟んできた色男に相槌を打つ。ちなみに通さないと死んでしまうのだが。
言ってみれば、同郷の連中に見せつけた一連のやり取りは、剣闘士団のやり方をちゃちゃっと教えるための速成教育だ。
この場で誰が権力を持っており、誰を納得させればいいかの指標となる。
「にしたって、いくらなんでも甘くない?」
それはそう。
ある意味当然の疑問に、皆の視線が自然にお嬢さんへと集まった。
「確かに、彼には少し甘い対応になってしまいますね」
と、お嬢さんは机の上で指を組んで、少しも慌てずに返事をした。
「なんと言っても、彼は私の弟ですから」
ここに来て新しい家族が出来たのだが?




