12b-2 世界の謎の、その一端
投げ込んだ爆弾が即座に打ち返されて、これまでどこか余裕を見せていた『垂れ目』の女が初めて表情を強ばらせた。
それはある意味俺も例外ではなく、この世界の人間を甘く見てはいけないと頭ではわかっていたはずなのに、俺達が異世界転移者であるという告白がするっと受け入れられた事実に衝撃を受けていた。
「俺は、これでも『中央』で教育を受けていてな」
俺の表情を誤解したのか、警備の『私兵』が苦笑混じりに説明する。
「実家がそこそこ稼いでいる商家でな。上に兄弟がいて家を継げないかわりに、カネを出してもらって多少の学問をおさめている」
「教養のある兵士というのは価値がありますからね」
と、お嬢さんが補足する。
「世の中には、立っている兵士や給仕人を壁や家具のように扱う人がいますから。そういう人々は、どうせわからないだろうと口を滑らせる傾向にありますし」
「じゃあ、俺が『先生』のところで勉強するときに毎回ついていたのも?」
俺はこわごわと質問した。
「ないとは思うが、先生がお前に絆されて逃亡の手助けなんかをしたらたまらんからな。俺なら勉学を装った煙に巻いたやり取りでも見破れる」
「私は、事故は事前に防ぐべきだと思っています」
とお嬢さん。
お嬢さん、実は人生二周目とかじゃないですよね?
***
「さて、そうするとだいぶ状況が変わってきますね」
そう言いながら、お嬢さんが、ぱちん、と両手を打ち合わせた。
同郷の連中の後ろに立っていた私兵と色男が、『候補生』と垂れ目の髪の毛を掴んで、机の天板にその頭を叩きつけた。
「……! なにを」
声をあげようとする垂れ目を無視して、お嬢さんが、ぱちん、ともう一度両手を叩く。
私兵と色男が、掴んでいた頭を持ち上げてもう一度机に叩きつけた。
ぱちん。さらにもう一度叩きつける。
ぱちん。さらにもう一度。
ぱちん、ぱちん。
私兵が垂れ目の顔をぐいっと持ち上げてお嬢さんの前に突き出す一方で、色男が候補生の頭を二回机に叩きつけた。
「あれ?」
と色男。
「バカ野郎、二回は『やめ』だ」
「わり」
私兵の指摘に頭をかきつつ、色男が候補生の顔をお嬢さんに突き出した。
「『無垢なる者』」
「はい」
『仕切り役』の訓練士が声をかけてきたので、俺はしょぼんとした顔で立ち上がると、椅子を持って机をまわり、改めて垂れ目の横に腰を下ろした。
そして、一緒に机をまわってきた仕切り役が俺の髪の毛を掴んで机の天板に叩きつける。
「悪いな、だが通すべき筋ってものがある」
「うっす」
同郷の連中が異常者を見る目で俺達のやりとりを眺めていた。早めに慣れた方がいいぞ。
「さて」
一通り俺達がボコボコにされたのを確認して満足したのか、お嬢さんがゆっくりと笑みを浮かべた。
「それでは、詳しいお話を伺いましょうか」
***
というわけで垂れ目の軽率な発言で俺達の部族が異世界転移者だとバレた結果、俺もめでたく要警戒人物へと降格し、知っている事を話せと詰められる側になった。
とはいうものの、詳しい話をするにもまずは情報を共有してもらわん事には始まらない。特に今一番知りたいのは、私兵が口にした初めて聞く用語の数々だ。
「お前、今の立場をわかってるのか?」
そんないつも通りの俺に、仕切り役が呆れたように聞いてきた。そのへんは顔見知りという事で勘弁して欲しいのだが。
「前払いで」
「よし」
とりあえず仕切り役が俺の頭を数回天板に打ちつけた。これで、一応の筋は通した事になる。
同郷の連中は声も出ないが、これでも、袋を被せられていないだけマシな方なんだぜ?
***
『人類及びその他知的種族別世界起源説』は、四都市同盟が『中央』……原始四都から徐々に拡大していく過程で、吟遊詩人達から提唱されはじめたという。
四都市同盟が成長し、多くの自治都市を飲み込み、衛星都市を生み出し、大人口を養うようになると、『中央』は周辺の人、モノ、そして文化が集まってくるようになった。
そんな中で、手持ちのネタを増やすために吟遊詩人達が様々な出自と背景を持つ同業者達と交流し、歌を教えあい、集め、比較するうちに、奇妙な事実に気がついた。
古い時代の夜の歌が、現実の夜空と一致しない。
「『無垢なる者』、月の数はわかるか」
と私兵が俺に聞いてきた。
「ふたつ。赤と、青の月」
「そうだ。そんな事は誰でも知っているし、知らなくても夜空を見りゃ一発だ」
だが、と警備の私兵は続けて言った。
「吟遊詩人達が口伝で伝える古い歌に、月がひとつだったり、白かったり、全然模様が違ったりするものがあった」
そして、その事に気がついた吟遊詩人達が出来る限り歌を成立した年代順に並べようとしたところ、半ば忘れられたような歌が、変化自体を歌っていることを発見した。
「月が、ひとつだった頃」
かつて、月はひとつだった。それが、いつの間にか二つになった。
だが、それだけでは別世界起源説などという珍説が出てくるとは思えない。本当に、何らかの理由でこの世界の月が増えただけかもしれないからだ。
「『ひとつだった頃』は主に人類種の歌から見つかった。別種族には別の歌がある。例えば、狼人の歌はこうだ」
警備の私兵が軽く節をつけて歌って見せる。
「まだ空に、ななつの月があった頃」
俺は進化論を、まぁ事実だろうなと思っている。人間は地球上で進化し、現代の姿を手に入れた。
狼人。俺が抱いた事もあるあの種族は、どこからきたのか。ひとつの世界で、二つの知的種族が別々に進化する事などありえるのか。
「狼人といえば」
警備の私兵が畳みかけるように聞いてきた。
「連中の頭の形はわかるよな?」
狼人は、文字通り首から上が狼になっている種族である。
「あの口の形で、俺達と同じ言葉を使えるのは何でだろうな?」
俺は、同郷の候補生に会った時に、奴が自動翻訳のような未知の力を持っていることに驚いていた。俺にはそんなものはなかったからだ。
だが俺は、狼人が、サリヤが普通に俺と言葉を交わせる事になんの疑問も覚えていなかった。いきなりのファンタジー要素の登場に、そういう物だと思い込んでいたからだ。
ひとつの種族がまるまる、言葉に関する奇跡を与えられている。
まるで異世界転移者のように。
世界の謎。俺が、探し求めていたもの。
それは、最初からごく身近にもあったのだ。




