1b-2 訓練同期
「お前は何をやって奴隷に落ちたんだよ」
と誰かが聞いた。聞かれているのは元自由民の債務奴隷で、だいたいいつもこの世の終わりのような顔をしている。
場所は剣闘士団の敷地内にある食堂だ。午前の訓練が終わった飯の時間で、訓練生は食って身体を作るのも訓練の内というので、少し離れたところに当番の訓練士がいて見張っている。
「女」
と、べちょべちょした飯を嫌そうに匙でつつきながら『債務奴隷』が言う。
「娼婦に入れ込んじまって、手を着けちゃいけない金に手を着けちまった」
自業自得じゃねえかと合いの手が入り、皆の笑い声が続く。
「俺も女」
とこちらも元自由民の犯罪奴隷が言う。
「何したの」
「襲った」
「お前も自業自得だ馬鹿野郎」
それを皮切りに食堂のあちこちで俺は、お前は、とここに買われる前の話が始まった。
***
剣闘士訓練生は自由民も合わせて数十人、だいたい日本の学校の1クラスぐらいの人数がいた。自由民と奴隷は違う建屋で寝起きしていて、そこはさすがに線引きがされている。
それ以外はだいたいひとまとめにされているため、起きている時はほとんどいつも一緒に過ごす事になる。言ってみれば、剣闘士の同窓、同期といったところだ。
そうやって日々の生活をしていればどうしても多少の付き合いという奴が生まれてくる。洗濯や便所の順番で喧嘩をしたり、訓練の時に足を引っ張る奴をいびったり助けたり、イビキがうるさい奴をなんとか出来ないかと、そのせいで眠れない奴ら数人でイビキ野郎の鼻をつまんでみたりひっくり返してみたり。結果、こうして飯の時間に駄弁ったりする程度の仲になるわけだ。
同期と言ってもそのうち闘技場で殺し合い紛いの闘いをさせられる訳なのだが。
剣闘士団に買われるか志願するぐらいなので訓練生は皆体格がいい。少なくとも、俺が奴隷狩りに捕まった時に一緒になったようなガリガリの連中は一人もいない。そのかわりどいつもこいつも殴る蹴るで問題を片づけようとするような奴らばかりで、しかもそのうち半分は異民族か外国人で言葉もまともに話せないとくる。
俺も聞く方はある程度なんとかなるが(ならんと本気でつらい)、喋る方はさっぱり駄目だ。なので普段はだいたいボケーッとした顔で話を聞いていて、返事が必要な時は頷いたり「はい」「いいえ」「うんこ」などと言っている。しかも元が異世界転移者なので、この世界の常識もないとくる。
そうするとどうなるかというと、どこから伝わったのか『無垢なる者』のあだ名もあって、俺は周りから身体は大きいが心が子供のまんまの残念な異民族、みたいな扱いを受けるようになった。部族が奴隷狩りに合わせて捨てたと思われている節まであった。もういいやそれで面倒くさいし。
そんな訓練生の中で俺がよく一緒にいるのは、戦争捕虜上がりの外国人と、一般奴隷からの転落組の女顔の二人だった。俺を含めて例のイビキ野郎の被害者仲間で、それからつるむようになったのだ。
『捕虜上がり』はなにしろ戦争で負けているので、この国も剣闘士という存在も憎んでいるような気配があった。とはいえあっさり殺されてないという事は、なんとか気持ちに折り合いを付けて生き残ろうとしているのだろう。
『女顔』は両親がともに奴隷の、生まれながらの奴隷という奴で、その美貌から主人に可愛がられていたのを奥様が嫉妬して過酷な剣闘士にしてしまえと売られたらしい。
「女装して旦那様の膝に乗って甘えてるのを見られたのが不味かったね」
と本人は言う。
「その旦那もいい趣味してるなおい」
「うんこに、にている」
前者は捕虜上がりの、後者は俺の感想だ。
「そうは言っても旦那様に気に入られれば仕事は楽なのを回してもらえるからね。それに何かと贈り物とかを貰えるし、せっかく親が美人に生んでくれたんだし」
俺達の感想に対して女顔本人はさっぱりとしたものだ。過ぎたことはさっさと割り切る性分らしい。
「二人ともこんな暮らしで溜まってるだろう? なんなら手伝ってやってもいいよ」
「今はいい」
「そのうち」
女顔が悪戯っぽく誘ってくるのを、今のところ異性愛主義者の俺達は礼儀正しくご遠慮した。女装小悪魔奴隷剣闘士とかちょっと属性積みすぎですわ。
俺達三人は今のところかなりバランスが取れた関係を維持している。
捕虜上がりはこの中で一番剣闘士としての目があるだろう。戦争と闘技の違いはあるが、実際に戦った事があるのはそれだけで強みになる。
女顔はなにしろ奴隷としては大先輩なので、捕虜上がりや俺が疎い常識と分別を持っている。
俺は成長期を現代日本で過ごしたおかげで、体格面や体力では訓練生の中でも上の方だった。訓練で女顔がへばっていて、捕虜上がりも余裕がない時にはこっそり手助けをできる。
「訓練生の御披露目興行な」
捕虜上がりがぽつんと言った。
「出来れば俺達では当たりたくないな」
「まあね」
女顔の声には諦観がある。
「でもこればかりはわからないから」
結局の所俺達は、生きる死ぬの手綱を他人に握られている身だ。剣闘士になんてなるもんじゃねぇなあと、俺は残りの飯をかきこんだ。
***
結論から先に言えば、神様は相変わらず昼寝を続けているようだった。
しんどい訓練を何とかこなし、たまに隙を見て自殺しようとする奴が出たり、自由民の一人が剣闘士の道を諦めて出て行くのをそうはいかない奴隷達で罵倒したりしているうちに御披露目興行が発表された。
捕虜上がりの対戦相手は辞めずに残った自由民剣闘士の一人で、これは自由民剣闘士が勝てば敵国の兵士を倒したと客の溜飲が下がり、捕虜上がりが勝てばあの野郎をぶっ殺せと悪役売りが出来る良くできた組み合わせだ。
そして俺の対戦相手は女顔だった。体格に優れた異民族と、すらりとした佇まいの美形の闘い。客に異民族が美人を追い詰める残虐ショウか、そこからの逆転劇を見せたいのだろう。
話を聞いて奴は、いつもの諦観の表情を浮かべていた。
2020/9/22 サブタイトル修正
2021/8/27 一部誤字修正