12b-1 同郷の者達
「相手の気持ちになって考えろ」
ある時、剣闘士団の訓練士の一人、『理屈屋』の訓練士がこんな事を言い出した。
剣闘士にとっての『相手』とはもちろん興行で闘う相手の事であり、殺しの技術を魅せるのが商売の俺達にはあまり似つかわしくない言葉に思えるのだが。
「んあー」
理解及ばず、俺が愚鈍な表情を浮かべていると、
「相手の立場になって、と言い換えてもいい。自分だったらどんな作戦を立てるかとか、どんな攻撃を貰いたくないかを想像しろってことだ」
と追加の説明をしてくれた。要は剣闘士興行における心理的な読み合いの事を言っているらしい。ふむ。
「それなら、俺の地元にも、似たような言葉があった」
「ほう、どんなだ?」
珍しくすぐに理解の色を示した俺の返答に理屈屋が興味を持った。
「自分がされて嫌な事じゃないと、相手への嫌がらせにならない」
***
というわけで相手の気持ちを考えて嫌がらせをしている現場となる。
『お嬢さん』がシナリオ通りに同郷の候補生に採用の話を伝えると、案の定相手はひどく具合が悪そうな様子を見せた。
「いや、それは」
嫌な汗を浮かべてしどろもどろとなり、腹でも痛いのか尻をもぞもぞ動かしている。
「事情はどうあれ」
そこで『仕切り役』の訓練士が、ずい、と身を乗り出して詰めはじめる。
「元々はそっちが自由民剣闘士の採用に手を上げたんだ、ウチは採用する、お前は剣闘士になる、それでどっちも万々歳じゃねえか、ええ?」
その声音は面子を潰された不機嫌さを隠そうともしておらず、採用後の剣闘士生活を苦しいものにしてやろうという意図が透けて見える……ように見える。たいした演技派だ。
ギスついた空気の中で、垂れ目の女を見やれば、口元に手を当てて話を咀嚼しようと考え込むような表情を浮かべている。
それを見て、俺は一つの疑問を覚えていた。
なぜこの女はこんなにも冷静なんだ?
俺と同郷の剣闘士候補生が剣闘士団に対して舐めた態度を取り、結果腕を折られて今まさに詰められている。
候補生の行動は独断だったのか、それとも事前に『垂れ目』とも相談して決めた事なのか。
事前に決めた行動ならば、剣闘士団の反応については想定していたものだったのか。
垂れ目の女の冷静さは、剣闘士団が何らかの反応を示して、奴らと本格的な接触を図ると想定していたからではないか。
だがそうすると候補生の狼狽え方が迫真過ぎる。ということは。
「ねえ」
俺は仕切り役が相手を詰める声が一段落したタイミングで、垂れ目の女に声をかけた。
「お姉さん、もしかして連れに嘘をついてるの? 実はなにか企んでない?」
唐突な俺の発言に皆の視線が集まり、次いでその視線が垂れ目の女へと向けられた。
俺は疑問に思った事は直接本人に聞く。
その方が話が早いからな。
***
今更言うまでもない話だが、ここに集まった剣闘士団側の全員が俺の性格を把握している。そのため、俺の身も蓋もない質問は同郷の二人に対してだけの不意打ちとなった。
それまで見に徹していた垂れ目の女が、急に集まった視線に一瞬身をこわばらせたのが見えた。その後で、慎重に身体から力を抜いて冷静さを装うのも、だ。
垂れ目の失敗は、自身は冷静な振りが出来たとしても、連れの方はそうもいかなかった事だ。
「おや」
候補生の方の動揺を目にしたお嬢さんが声を上げた。
「おや、おやおや? こちらの方はどうも、心当たりがおありのようですね?」
ゆっくりと笑みを深くしたお嬢さんが、視線を俺の方へと向けた。それに頷き、
「いちおう伝えておくけど、こっちに馬鹿はひとりもいないから、下手なごまかしは、しない方がいいよ」
と同郷の連中に脅しをかける。垂れ目の女が、探るように目だけで俺達を見回した。
「いや、馬鹿はいるだろ」
と世間話のように仕切り役が言う。
「言われてるぞ『無垢なる者』」
と色男。お前だよバカ。
「少なくとも、こっから殴る蹴るで逆転ってのはありえないと思うがね」
と警備の私兵。
ため息を吐いた垂れ目の女が、降参するように両手を上げた。
***
「要するに、あなたと接触してどうのこうのは私達の擁護者向けの建前でね」
と垂れ目が言った。
「だってよ、『無垢なる者』」
「ああ、がっくり」
色男の茶々に合いの手を入れるが、これについては薄々気付いていたので重要ではない。
というわけで垂れ目の女が事情を説明しはじめた。
まず、お嬢さんの街と対立する別枝の街の有力者が、俺と同じ部族の、同郷の連中を何人か囲い込んでいる。
囲い込まれた連中は最初は混乱していたが、徐々に自分達が置かれた状況を飲み込みはじめて、ある程度落ち着いたところで今後はどうするかと考える時間が増えてきた。
そこで、言ってみれば『帰郷派』と『入植派』──故郷へ帰りたい、帰る手段を調べたい連中と、帰るのを諦めてこの世界で生きていこうという連中の二つの派閥が自然発生した。
「ここまで言えばわかるだろうけど、私は『帰郷派』、なんとか故郷に帰るための手掛かりを探している」
と垂れ目が言う。
「じゃあ、こいつは『入植派』か?」
仕切り役が、ぐい、と拇指で同郷の候補生を示すと、候補生はぶるぶると首を横に振って「知らねえよそんな話!」と否定する。
「と、言っているが?」
「派閥の話は、無自覚な奴が結構いてね」
疲れたように笑いながら垂れ目が言った。
「異世界に来た、地元の権力者に客人扱いされる、絵に描いたような冒険の始まりってわけで乗り気の奴が多いんだ、特に若い子にね」
「異世界?」
仕切り役が聞き返した。おいこいつ、いきなり爆弾を放り込んできたぞ。
「私達はこの世界の人間じゃないのさ」
垂れ目の女が両手を広げて口にした。
「私達は別の世界から来た。あるいは、呼び出された。そして、元の世界に帰るための方法を探している。と言ったら信じるかい?」
こちらを試すようなニヤニヤ笑いに、この女の性格が垣間見えた。
***
「今の話をどう思いますか?」
と、それまで黙って話を聞いていたお嬢さんが口を開いた。聞いた相手は、同じく今まで黙っていた警備の私兵。
「『人類及びその他知的種族別世界起源説』ですな」
警備の私兵がお嬢さんに返事をした。
「この女の言っている事が本当ならば、機能が生きている『ねじれ双角錐』と、使える『長命種』が揃っている事になる。あるいは、揃っていた、かもですが」




