12a-2 規格外
『お嬢さん』の執務室に俺の同郷の連中を迎えるにあたり、実は一つ面倒な問題があった。
一応は相手を立てるという建前があるため、得物を、具体的には誰もが身に付けている小刀を取り上げる事ができないのだ。
これは多分にこっちの世界の文化の話になるのだが、小刀を取り上げる・持たせないというのはかなり礼を失した要請となる。
以前、この世界では小刀が必需品だと聞いた時は俺の世界での情報機器のような物かと思ったのだが、どうも小刀を持つ事自体に成人の証というか、一人前であることを示すような価値観があるらしい。そのため、こいつを外せというのは普通に喧嘩を売っていると見なされる。
というわけでお嬢さんと言えども客人相手には完全な武装解除は出来ないのだが、それがこちらの文化である以上は当たり前だが対策がある。
つまり、客人が暴れても抑えられるようにしておけばいいわけだ。
***
「それで俺達がいるってわけ」
と言ったのは訓練同期の『色男』の自由民剣闘士だった。隣には俺が『先生』のところで勉強する時にいつも付いている警備の私兵がいて、軽く手を上げ俺に挨拶してくれる。ずいぶんと意外な組み合わせだ。
場所は、お嬢さんの執務室がある建屋の中だった。客が来るまでお嬢さんの隣にいても仕方がないので、一度席を外して食堂で飯を食って戻ったところで出くわしたのだ。
聞けば、二人が俺の同郷の連中を迎えに行っていたとの事で、そのままお嬢さんの護衛役を勤めるのだという。
そして俺の同郷の連中を建屋の別室に案内して、お嬢さんに報告だというところで俺とばったりというわけだ。
しかしまた、なんで二人がその役目を?
「俺は、まぁちょっとした小遣い稼ぎだな」
と色男。剣闘士団は、お嬢さんの護衛役や付き合いのある所へのお遣いなど、自由民剣闘士に団の敷地外でのちょっとした仕事をくれることがあるのだという。
「俺は単純にお前と顔見知りだからだな」
と警備の私兵も教えてくれる。
「そのほうがお前もやりやすいだろう? それに、団側で本職の兵隊をやってる俺と、現役剣闘士のこいつが護衛役なら、たいていの事にゃあ対応できる」
確かに、そう言われると心強い。
色男の方は性格はこうだが腕は確かだし、護衛の私兵については先生の所で何事も蔑ろにしない仕事ぶりを身を持って知っている。
「それじゃあさ」
俺は二人が連れてきたという同郷の連中の様子も聞いておく事にした。
「お嬢さんに呼ばれて、あいつら、いま、どんな感じ?」
色男と私兵が意味ありげに視線を交わすと、私兵がお先にどうぞとばかりに片手を振った。
「お前が腕を折ってやった奴だけどな」
と、改めて俺に向き直った色男が説明する。
「たとえば、前の日に食ったもんが傷んでいて、どうにも腹具合が悪いとする」
「うん」
「んで、朝から水みたいな糞ばかり垂れている」
「うん」
「んで、屁をひるたんびに余計な物が出ていないか気になって、尻のあたりをもぞもぞさせる」
「うん?」
「つまり、そんぐらい居心地悪そうにしていたってことだよ」
と色男。
「詩的な表現だな」
色男の説明に、警備の私兵が感心したように頷いた。
この詩人、汚すぎない?
「じゃあ、もう一人のほうは?」
気を取り直した俺の質問に、再度色男と私兵が視線を交わした。
「相方に比べりゃ落ち着いてたな」
と、今度は警備の私兵が所感を述べる。
「おそらくだが、主導権を握っているのはこっちの方だ」
興味深い情報だ。
「あとはあれだな」
色男が横から口を挟んだ。
「そいつを見て、お前の女の趣味の理由がわかったよ」
んんー?
***
さて、今更だがお嬢さんの執務室のつくりの話となる。
まずは建屋の廊下に繋がる扉がある。これは外開きになっていて、お嬢さんが部屋にいるときは侍っている従者が中から開け閉めしてくれる。
部屋の中に入るとド真ん中にでかい執務机が設えられていて、左右の壁には先生の部屋のように棚があり、机の向こうにはこれまた外開きの窓がある。
恐ろしい事に、この窓にはガラスが使われており、俺達奴隷剣闘士数人の人生が買えるぐらいの価値があるらしい。さすがに板ガラス一枚というわけではなく、ステンドグラスのように複数のガラスを組み合わせたものが収まっている。日本風に言えばガラス障子が近いだろうか。
価値と言えば先の執務机もお高いらしく、一枚板の天板はぶ厚く重く、これはお嬢さんの対面に座った奴が良からぬ事を考えても、机を蹴り上げたり払ったりが出来ないようにとの意図もあるらしい。
他にも、部屋の窓側の角には従者のための小さな机があったり、扉の左右の角には護衛のための椅子が置いてあったりする。
今、そんなお嬢さんの執務室には人がみっちりと詰めており、これからの話し合いの内容を予感してか、ある種の緊張感が漂っていた。
机の窓側の正面には、もちろんお嬢さんが座っている。その左右には、現場の担当者として『仕切り役』の訓練士、そしてある意味当事者である俺が椅子を与えられている。
仕切り役は与えられた役柄にそって、叱られた犬と憮然とする中間管理職の間のような表情を浮かべている。対して俺は、話の早さについていけずに相変わらずのアホの子顔だ。というか仕切り役結構演技派じゃねーか。
扉の左右の角には色男と護衛の私兵がついており、客がなにかやらかそうものなら許さんぞという空気を全身から発している。もっとも、色男がニヤニヤ笑いを浮かべているのは人選に問題がある気がするのだが。
それから、対面に座った二人の客人。
ひとりは、俺が腕を折ってやった剣闘士候補生で、色男が語った通り、もぞもぞと尻を動かして落ち着きの無さを見せている。
そして問題のもう一人。
「ご招待いただきまして」
この状況で、にこりと微笑んで見せる肝っ玉のでかさ。
「それでは、どんなお話を聞かせていただけるのかしら」
机に両肘をついて指を組み、そこに顎を乗せて聞いてくる態度の悪さ。
ついでに『どたぷん』と豊満な胸まで机に置いてくる物理的なでかさ。
ここで初めて姿を現したのは、肝も、態度も、胸も尻も身体もでかい、この世界基準では規格外の高身長女だった。あとどうでもいいが垂れ目だった。
現地人の癖がゆがんだらどうするんだ。




