10b-1 はじめての尋問(運用編)
剣闘士団の尋問部屋は少し面白い造りになっていた。
まず、建屋自体が他から独立したものになっている。見た目は、土台が他よりも少し高くなっているぐらいで、特に変わったところはない。
次に、建屋の中にはちょうど建屋の外周より一回り小さい大部屋が造られており、全周を廊下が走っている。廊下の外側はすぐそのまま外壁なので、言い方を変えると大部屋をぐるりと廊下が囲んでいるだけの建物ということになる。大部屋は外壁に接する面がないため中で派手な音を立てても建屋の外には聞こえにくい。この廊下自体もそこそこ広く、簡単な作業が出来るようになっている。
それから、大部屋には前後二つの扉が付いており、外側からしか開かない仕組みになっている。
そして大部屋と廊下の間の壁には所々覗き穴が造られており、廊下から中で行われていることを確認できる。
俺達訓練同期は、そんな覗き穴がいくつか並んだ廊下から大部屋の中の様子を伺い、そこで行われている人間のぶっ壊し方を見学させてもらっていた。
「こいつは、とにかく尋問相手の覚悟をへし折るための造りでな」
と理屈屋の訓練士が説明した。
「例えば、尋問相手が起きている場合は目隠しをして建屋に連れ込んで、廊下をぐるぐる歩かせてから尋問部屋に入れる」
廊下にもいくつか区切りの扉が設えてあり、時々尋問相手をその場で旋回させたりして方向感覚を奪い延々と歩かせる。右へ左へと歩き続け、何度も扉をくぐって部屋に収まった頃には、相手はよっぽど奥深くに連れ込まれたと勘違いするわけだ。
「部屋に扉が二つあるのも工夫でな、人間、『こっち』と『あっち』をなんとなく分けて考えちまうだろ?」
と理屈屋が続けて言った。
「相手を詰める役と慰める役で別々の扉を使うと、結構簡単に引っかかる」
実は二つの扉は廊下で繋がっているので、詰め役と慰め役は裏で相談して事に当たっているのだが。
「えげつねぇ」
尋問部屋を覗いていた犯罪奴隷の奴がひどい悪臭を嗅いだような声音でつぶやいた。実際、尋問部屋は重装型の候補生が上や下から漏らしたもので、壁の隙間からも悪臭が漂ってくる。
「でもこれ、本当に俺たちに見せてもいいものなの?」
覗き穴を他に譲って、俺は訊ねた。正直、ちょっと調子に乗った剣闘士を脅かすにしては、見せる内容が濃すぎ、深すぎるのではないだろうか。犯罪奴隷の奴も、もう沢山だと言わんばかりに場所を譲って、かわりに尋問部屋を覗いた捕虜上がりと女顔が中の様子にうめき声を上げている。
俺達をこの社会見学に連れ出した理屈屋と事情通が顔を見合わせ、理屈屋が頷くのが見えた。
「言っちまえば」
事情通の訓練士が改めて俺達に向かって説明した。
「お前らは将来どっちになりたいかって話だ。尋問で詰める方か、詰められる方か」
***
「ここしか知らないお前らにはピンと来ないだろうが、ウチの剣闘士団は生きて上がれる可能性が余所より高い」
剣闘士には御披露目前にきっちりと訓練を施し、客は目が肥えていて闘いでの死を無理には望まない。
傷を負えば高くて腕のいい医者が面倒を見てくれて、傷が癒えぬままに無理矢理興行に出されることもない。
この世界の剣闘士興行は、少なくとも俺がいるこの剣闘士団は、剣闘士を無駄死にさせない方が稼げると踏んでいる。
そこまでは、俺がこの世界に来て奴隷剣闘士に堕ちても絶望しなかった理由なので理解はできる。
「でだな」
事情通がもったい付けるように言った。
「お前らが娑婆の人間だったとして、奴隷剣闘士上がりと一緒に仕事をしたいか?」
つまり、普通の人間は、簡単に自分を殺せる猛獣と同じ檻の中で手仕事机仕事が出来るかということなのだが。
奴隷剣闘士が生き延び、自分を買い取って晴れて自由民になる。喜び勇んで娑婆へと出れば、建前上はともかく元は賎業扱いの人殺し、世間様の風は冷たく寒い。
結果、食うために止むを得ず奴隷剣闘士から自由民剣闘士へと鞍替えし、変わらぬ汗混じりの血の匂いを嗅ぐ羽目になる。
「だが目端が利く奴なら、剣闘士団のこっち側に立つこともできる」
そいつを教えておいてやろうとな、と言って事情通は話を締めた。
「そいつは、俺達は上がれそうと踏んでるってことか?」
疑わしそうな顔をする犯罪奴隷に事情通が笑ってみせた。
「何を今更だ、お前らだって、自分達が同期の中じゃ腕が立つ方だって自覚はあるだろうが」
訓練士の言葉に、今度は俺達訓練同期組が、探るようにお互いの顔を見た。
もちろん、その自覚はある。
俺達は御披露目興行が終わってからも、仲良く訓練同期で殴り合っている。
そして興行を終えるたびに、勝敗の星の数や増えていく瑕疵という形で徐々に実力差が見え始めてもいる。
「お前ら四人に、イビキ野郎に債務奴隷。あとは、自由民剣闘士だがあの色男あたりか?」
元の世界のゲームなんかとは違い、剣闘士興行で受けた傷痕は完全に治るとは限らない。
削れたHPは全回復することなく、負債となって積み重なる。
そんな中で、普段連んでいる俺達は、胸にでっかい傷痕をこしらえた色男を含めてすら、負債が少ない実力者の側に立っていた。
「自由を買い戻したら剣闘士団の運営側になる道もあるって話はわかったけど」
と、女顔が俺の方を心配そうに見ながら訊ねた。
「それって、この子は大丈夫なの?」
「ああ」
訓練士達が気まずそうに視線をそらした。
そこは大丈夫と言って欲しいのだが?
***
尋問の結果得られた情報は訓練士達の想定を裏付けるものだった。
さて、あるとき四都市同盟内のとある都市の有力者が、どこからか来た俺の部族、要するに極めて高度な知識と技術、そして特殊な能力を有する集団を配下として取り込んだ。能力ってなんだよ。
その部族の奴らは、どうやら同じ部族の仲間がバラけてあちこちにいるらしいと知って、その捜索と合流を望んでいた。そして、部族の頭数が増えるのは配下の増強にも繋がるため、有力者……擁護者もその手助けと後押しをする事にした。
とは言うものの、擁護者としては余所の街や国といった別の勢力に同じ部族の者がいた場合、配下にした連中がどう動くのかを把握しておきたいとも考えた。
せっかくの有用な連中が、余所の勢力に寝返ったりはしないだろうか。あるいは、他の勢力が強力な部族の者を抱えていて、自分達に敵対する事はないだろうか。
その警戒心が重装型のようなお目付役を生み、今回は運悪くそれを剣闘士団に捕まえられたというわけだ。
***
尋問を通して得られた大量の新情報を整理しながら俺はあることを考えていた。
まず、俺はこの世界に来てから特になんのフォローも入らず、いきなり奴隷堕ちルートをたどってきた。
それに対して、何故か同郷で集まって、擁護者まで捕まえて上手いことこっちの世界で立ち回っている連中がいた。
俺の時と違って、あまりにも都合が良すぎないか?
以前、俺が食らった異世界転移は、なんらかの本番前の予行練習なのではないかと予想を立てた。
つまり、異世界転移の黒幕は、この擁護者を含めた件の街の連中なのではないか。
2023/5/15 一部表現、些細な誤字を修正




