10a-1 彼らと我ら
木剣を通して伝わるボキッと骨が折れる感触に、同郷の候補生の悲鳴が被る。
同郷の候補生は得物を取り落としてぶっ倒れ、周囲からは多分に口先野郎への嘲笑を含んだ歓声が降り注ぐ。
俺は倒れたまま叫び続ける相手を警戒しつつ、ちらりと仕切り役の訓練士に視線を向けた。
こんなもんでいいですかね?
俺の意図を汲んだ仕切り役が頷くのが見える。
「勝者! 『無垢なる者』!」
一際大きく歓声が響く中で、俺はふたたび両腕を上げて勝利を誇示すると、痛みに転がる同郷の候補生の頭を踏み抜き、その悲鳴を途絶えさせた。
殺してはいない。
俺の容赦のない仕打ちに他の剣闘士候補生達が息を飲む中で、視界のすみでは別の動きがあった。
すでに立ち合い試験を終えていた候補生の一人、俺が重装型と呼んでいる奴の後ろから腕が伸びて口をふさぐと、そのまま訓練同期がつくる人垣の外に引きずり出したのだ。
そして左右にいた訓練同期が何事もなかったかのように空いた隙間を埋める。他の剣闘士候補生達は気付いてすらいない。
どうやら、俺の知らない所で何かが動いているようだった。
***
というわけで俺は知ってそうな人に聞くことにした。
「お前本当に本人に聞くんだな……」
呆れたように言うのは仕切り役の訓練士だ。仕切り役をやっているだけあって、実は剣闘士団でも結構偉い人だったりする。
俺達の眼前では、気絶した同郷の候補生が数人の訓練同期に持ち上げられて、監督に付いた訓練士の下で訓練場から運び出されようとしていた。行き先は取りあえず医者のおっさんの所で、最低限の治療をしてから団から放り出す予定だという。
「まぁいい、今回は上手くやりやがったし教えてやる」
「うまく?」
俺の返事に、仕切り役がにやりと笑う。
「奴を痛めつけろという言外の指示を理解して、その上で治せる程度の怪我に収めただろうが」
仕切り役の指摘に黙る。さすがにそのあたりは見抜かれていたようだった。
さて、同郷の剣闘士候補生は剣闘士団に舐めた態度を取った。なので、団はあてつけのように俺に奴を痛めつけるように指示を出した。
ここで相手をボコにするのは簡単だが(実際簡単だった)、あんまりひどく痛めつけると遺恨が残る。例えば、指を何本か千切り飛ばすとか、目玉を片方潰すとかだ。俺達剣闘士は木剣でも余裕でそれぐらいは出来る。
そして、俺としては、いつか俺を助けてくれるかもしれない相手にそこまでの事はしたくない。
とは言えあまりに甘い『可愛がり』をすれば、今度は俺が団から疑いを抱かれる事になる。こいつは同郷相手だと手を抜きやがるのかとか、こいつは同郷の奴と手を組んで団を出し抜く気じゃないかと見られてしまう。
仕方がないので俺は相手の腕を折ることにした。
***
「まっすぐ入れてボキッと折った。あれならきちんと骨接ぎすればきれいに治る」
感心したように仕切り役が言う。
剣闘士団では激しい訓練で骨を折るなんざ日常茶飯事、むしろ興行のように血を流さない分マシな部類だと思われている。
それでも骨をやっちまえば興行には出せない訳で、けして軽い怪我という事もない。
つまり、俺は団を納得させつつ、ひどい後遺症が残らない程度に相手を痛めつけたわけだ。
もちろん、奴とその仲間達が俺の気遣いに気付かない可能性はあるが、その程度の連中ならこちらから手助けなど願い下げだった。
さて、と一息ついてから仕切り役が話始めた。
「まず、俺があの口先野郎の要望を飲んでお前を闘わせたのはなんでだと思う?」
「あてつけと、俺が部族のなかまでも殴れるか、ためすため」
ここまでは俺も仕切り役もわかっているし、お互いがわかっている事もわかっている。
よし、と頷いて仕切り役は続けた。
「見方を変えるとだな、相手側も同じことを目論んでいるんじゃあないか?」
つまり、どういうことだってばよ。
***
同郷の剣闘士候補生が言っていた事、示した情報を順番に思い出す。
異世界転移者が十人ほど集まっている。
俺と違ってこっちの世界の有力者に協力者がいる。
よくわからんが、俺にはない能力とかいう力を持っている。
その上、どうやらこちらの言葉を自覚なしに自動翻訳して理解している。
並べてみるとなんかズルいな。
剣闘士団側も、奴が『俺の部族』の一員であり、それが何人か集まって余所の街の有力者に面倒を見て貰っている事は一連のやりとりで把握している。
そして、紹介状と立ち合いで俺を揺らした事実から、擁護者達が異世界転移者達に何を期待しているかも想像がつく。
「つまり、最近兵隊として抱えた連中が、同じ部族を相手にしてもちゃんと闘えるかだ。誰だって確かめたいよな?」
俺は仕切り役に頷いた。おそらく、同郷の候補生が言っていた、俺の事を確かめに来たというのも事実ではあるのだろう。それとは別に。
「採点役がいるってわけだ。それを前提に見張らせていた」
同郷の候補生ひとりに俺を探らせた所で、その報告は主観的かつ一面的な物になるだろう。ならば、本人には知らせないで、点数を付ける奴がいた方がいい。
そして、採点役がいるとすれば、それは他の剣闘士候補生以外にありえない。
俺は、突発的な立ち合いが始まった時に、理屈屋の訓練士や事情通の訓練士が、何人かの訓練同期に指示を出していた事を思い出した。
***
「そういえば『無垢なる者』、お前ちょっと前に『ヤバい連中』の一人を片付けたよな」
礼を言って下がろうとする俺に、仕切り役の訓練士がふと思い出したというように話しかけてきた。
「なんで連中がああなったかも聞いているか?」
もちろん、知らないわけがない。余所の街の有力者に、御披露目興行で死ね殺せと煽られたのだ。
「お前と同じ部族のあいつの紹介状。裏書きは、あの可哀想な奴らの御披露目興行を荒らしてたのと、同じ街の奴だったぜ」
偶然ってのは恐いよな、と言って仕切り役の訓練士はゲラゲラ笑った。
2023/1/11 一部表現のブレ、混乱を招く表現を修正




