表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/64

9b-1 言の葉の示すもの

「そりゃ、最初からお前さんを値踏みしようとしてたんだよ」

 と、奴隷剣闘士の『犯罪奴隷』が言った。

「剣闘士団に睨まれていいことなんてありゃしねえんだから、渡りを付けるだけなら多少金がかかったって崇拝者(アマトーレ)枠で面会すりゃあ済む話じゃねえか」

 得物を取りに戻った俺の事情説明を聞いて、おそらく訓練士達が()えて触れなかった点を指摘する。

「値踏みって、なんのために?」

 端で聞いていた自由民剣闘士の『色男』が疑問を挟んだ。

「そりゃ、『無垢なる者(フルチン野郎)』が唾を付けておくのに(あたい)するのか、無理してでも買い取るほどか、それとも見なかった事にするかだよ」

 と犯罪奴隷。

「剣闘士は奴隷の中じゃあ値が張る方だ。なんたって、食わせて鍛えているんだから」

 ある意味、俺達剣闘士は技能職種だ。その技能を延ばすために、剣闘士団は才あるものを見繕(みつくろ)い、金をかけて育てている。

 俺は話を聞きながら『卵頭』のあだ名の由来になった兜を帽子のように半分被り、木剣と木盾を手に取っていた。そのまま団内で『無垢なる者(フルチン野郎)の踊り』と呼ばれている、軽めの柔軟体操をする。

「じゃあ、なにか?」

 と色男。その声は先ほどから徐々にこわばりはじめており、今では良くない色を含んでいる。

「その同郷って野郎は、俺達剣闘士の、興業で殺しも経験している『無垢なる者(フルチン野郎)』を、わざわざ(・・・・)ご自分の手で、金を払う価値があるのか試してくださるって?」

「そう言っている」

 答える犯罪奴隷の声にも不機嫌さが滲んでいる。

 ふたりの言葉が浸透していくにつれ、訓練同期の間にも不穏な空気が漂いはじめた。

「はぁん」

 ぼそり、と誰かが呟いた。

「舐めやがって」


 実のところ、柔軟体操を終えた俺も似たような感想を抱いていた。

 舐めやがって。


   ***


 片やふんどし姿の奴隷剣闘士、片や街から街への自由民。

 片やこっち(この世界)じゃ剣闘士団にしか(よすが)を持たない言葉もあやしい野蛮人、片やどこぞの偉いさんの裏書き付きの紹介状持ち。

 同郷に出会った嬉しさがないと言ったら嘘になるが、こうも彼我(ひが)の差を見せつけられれば思うところがないわけがない。

 端的に言ってしまえば、それは(ねた)み、小人(しょうじん)の嫉妬の類だ。俺は器の小さい人間なのだ。

 もちろん、俺にもそいつを(おもて)に出したら(まず)い程度の頭はある。なにしろ相手は俺を奴隷身分から救ってくれるかもしれないのだから、舐めろと言われれば足も舐めるし、貸せと言われればケツだって貸す。まぁ、実際に貸せと言われた時は「優しくしてね」ぐらいは注文をつけるだろうが。

 そして同時に、全面的に信用する事もできない。

 異郷に()って同郷の者に出会い、心を許したところで騙される、なんていうのは古今東西ありふれた物語だ。俺はうっかり預かった荷物に違法薬物が隠されていて国境で逮捕されたり、外泊証明証にサインしたつもりが実は傭兵契約だったなんて目には遭いたくない。

 というわけで、殴り合う前に探りを入れることにした。


「相手にいくつか質問をしたい?」

 俺の要望を聞いた仕切り役の訓練士が、片方の眉をぐいっと上げた。

「あとあと面会の時にでも聞きゃあいいだろう」

 ごもっともな意見である。

「でも、これから殴り合うから、面会に来られなくなるかも、しれないし」

「ああ」

 俺は暗に、場合によっちゃあそれどころでは無くなるかもしれないと言っていた。なにしろ、これから剣闘士団と剣闘士そのものを舐めた落とし前で相手をボコボコにする予定なのだ。

「いいだろう」

 と仕切り役。

「ただし、話題は二つまで、それとお前らの『部族』の言葉じゃなく、俺達の言葉で喋れ」

 きっちりと念を押すのは、おそらく訓練士達がわからない言葉で口裏を合わせ、脱走や反乱を試みるのを警戒しているのだろう。

「ボコった後で、あいつを持ち帰る奴がいるのかも、聞いておきたいんだけど」

「んじゃあ、そいつを含めて切りよく四つまでだ」

 そこで、ふと感心したように仕切り役が言った。

「それにしても『無垢なる者(フルチン野郎)』、だいぶ言葉を喋れるようになったじゃねぇか」


 そう、そいつもまた問題なのだ。


   ***


 装備を整えた同郷の姿は、反りのある片刃剣を模した木剣に小さめの盾、防具はしっかり身につけつつも兜は被らず顔出しの、剣盾兵(ロデレロ)を軽装に寄せたような物だった。

 当たり前の話だが、防具は本来食らうとヤバい部位(バイタルゾーン)に優先して付けたほうがいい。次にくるのが攻撃を受けやすい場所で、頭部はその両方の条件を満たしている。

 なので、俺の知る限りでは兜を被らないのはウチの『女顔』のように顔で売ろうとしている剣闘士か、先の二刀流の候補生のように手数勝負で暴れまわるのが身上で、不利を覚悟で軽量化と視界の確保を優先する奴だと思っていた。

「兜は、いいの?」

 軽く世間話の(てい)で話を振る。さすがにこの程度では質問のうちに入らない。

「当たらなければ、って奴ですよ」

 同郷の候補生が笑いながら言う。

「頭を狙えば動きでわかる。俺なら充分、対処できる」

「ふうん」

 たいした自信だが、俺に言わせればそんなのは兜を被らない理由になっていない。なので、要は被りたくないから被っていないというだけだろう。

「まぁ()んならいいけど。でも、うっかり怪我した時とか、連絡しといた方がいい相手、いる? こっちに」

「一応ツレが街で宿取ってますんで、なんかあったら繋いでもらえば」

 四つの質問の一つを消化。これ世間話って事でおまけしてもらえないだろうか。

「仲間も来てるんだ。そう言えば、仲間と相談してこっちに来たって言ってたけど、その子がその仲間? 他にもいるの?」

 二つ目の質問。言外の意味を汲みとってくれるだろうか。

「仲間のひとり、ですかね。同郷の人間が十人ばかり集まって、こっち(この世界)の人の世話になってます」

 世話になっているという言い方が気になるが、食客のような立場ということだろうか。つまり、俺と違ってこちらの世界の有力者にコネを繋いだ異世界転移者プレインズ・ウォーカーの集団が存在すると。

「それで俺を助けにきてくれたんだ、ありがとう」

 三つ目の質問は、わざと阿呆の子の振りをして素直な感謝の気持ちに偽装する。

 同郷の候補生が気まずそうに言葉を濁した。

「あー……、申し訳ないけど、俺の仕事は本当に同郷がいるかの確認とそいつの能力(スキル)の確認までで、助けるってのはまだ断言できないんだけど」

 能力(スキル)ってなんだよ。

 なんか知らん用語が出てきたので四つ目の質問はそいつにしようかとも思ったが、アドリブに自信がないので一番聞きたかった事をたずねる事にした。

「ところで」

 さりげなく聞いてみる。

「今、何語(・・)をしゃべってるの?」

「え? 日本語だけど」

 何を言っているんだという顔。


 俺は最初から最後まで、こちらの言葉で喋っていたのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] おおっとぉ、ここにきてまさかのスキル持ち… これが本番ってやつですか…
[良い点] >うっかりあずかった荷物に違法薬物 もしかして白夜の弔鐘ネタですか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ