9a-2 異世界転移者
当たり前の話だが、採用試験で試験を受ける側が騒げば目立つ。それも悪目立ちという奴で、なんだなんだと視線が集う。
騒いでいる奴はと見れば、ここが日本ならまだ酒も飲めなさそうな幼い顔の若僧で、剣闘士の候補生にしちゃあ身体が出来ていないように見えた。
もちろん、骨に乗せられるだけの筋肉を乗せて、さらに上から脂肪を纏った俺達現役剣闘士と比べれば誰だって身体が出来てない事になるのだが、件の候補生はさすがに線が細過ぎ、弛んでいるように見えた。ちょっとは動けるかな、程度にしか筋肉が付いていないのだ。
売剣稼業ならそんなものかとも思ったが、他の候補生は細いなら細いなりに絞られているか、逆に身体は出来ていなくてもギラついた餓えた様子を見せている。
「なんだい、あの子」
と口に出したのは訓練同期ではヒョロい方に入る女顔だ。とは言っても当人は先ほど見せた通りの実力者なので、その口調には薄笑いと共に僅かな苛立ち、あるいは蔑みの色が混じっている。
「団もなんで試験前に弾かないんだか」
「紹介状があったんだよ」
と、ちょうどこっちにやってきた『理屈屋』がうんざりした調子で教えてくれた。
「裏書きが余所の街の有力者でな。ウチを名指しにしたもんじゃなくて、奴の実力を保証する類の」
ここで言う余所の街というのは、四都市同盟を構成する街の一つという意味だ。
「こいつを断るとまわりまわって裏書きを書いた奴の面子を潰すことになる」
話を聞いていたイビキ野郎がガウガウ唸った。
「なんて?」
「なんで紹介があるような奴が剣闘士になりたがるのかって」
もっともな疑問である。
「まぁ、あの調子じゃあ方便だったんだろうがな」
と理屈屋が言う。理屈屋の視線が動き、それに合わせて皆が俺の方を向いた。
「『無垢なる者』、お前に会うためだ」
なんだか話が大きくなってきましたわね。
俺は心の中で思わずお嬢様言葉になった。
***
「東京タワー」
「なんて?」
俺の顔を見るなり、そいつは言った。
たとえどんなお偉いさんがケツ持ちをしていようが、剣闘士団には剣闘士団の理屈がある。仮にも暴力を売りにしている以上、ぽっと出の奴が団の秩序を乱せばそれは団全体を舐めたということになるので、場合によっちゃあ手が出る足が出るの事態になる。
最悪の場合は内臓まで出る。
とはいえ最初っから刃傷沙汰という訳にもいかないので、今回は訓練士立ち会いの下で、騒いでいた剣闘士候補生と俺の顔合わせをさせてみようという事になったらしい。そのために、理屈屋が俺を呼びに来たわけだ。
腕組みをする仕切り役の訓練士。端には顔馴染みの理屈屋に、さっきまで件の候補生の相手をしていた事情通。その三人の前で、眼前の剣闘士候補生は最初の意味不明な言葉を吐いた。
俺の表情を見て問題の候補生がにやりと笑う。
「今のは知っている奴の反応だ」
なるほど、向こうも俺が本当に異世界転移者か確かめようとしたわけか。
「顔見知りってわけじゃねえのか?」
聞いてくる事情通に、うん、と頷き、
「でも、たぶん同郷」
とだけ返す。ついでに東京タワーというのは地元にあったでっかい櫓だと誤魔化しておく。
ある程度想像がついていたのか、同郷という言葉への訓練士達の反応は薄かった。かわりに浮かんでいるのは、露骨に面倒くさそうな表情だ。
「まぁ、顔を合わせて同郷でした、で仕舞いとはならんだろうが」
話を聞いていた『仕切り役』が候補生に向かって言った。
「さて、事情を話してもらおうか」
***
この街の、お嬢さんの剣闘士団は周辺都市の間ではそこそこ名前が売れている。その評判や闘いの様子は行商人や傭兵私兵の噂話、語り部や吟遊詩人の話の種として他の街にも伝わっていく。
最近では、俺と訓練同期が『ヤバい連中』の一部を片付けた時の興行が一度に三人もおっ死んだと大評判で、活躍した剣闘士の様子とあわせて余所の街へも広がっていた。
そうして、剣闘士のひとりの『無垢なる者』という呼び名と来歴が、他の街に居た異世界転移者の興味を引いた。
「そんなわけで、仲間と相談して本当に同郷か確かめに来たってわけ」
と、同郷の候補生が肩をすくめつつ説明した。
異世界転移については上手いこと誤魔化して、諸事情でバラけた同胞を探しているという話にまとめている。
「同郷なら上手いこと、あー、剣闘士を辞めさせて仲間にできないかなって」
訓練士達の様子を見ながら言葉を濁す。
もちろん、自由民剣闘士ならともかく、奴隷剣闘士を剣闘士団がはいそうですかと解放することはない。
「わかっているとは思うが、同郷だから解放しろは通じない」
仕切り役の訓練士が念押しするように説明した。
「こいつは奴隷剣闘士で、自分を買い戻すまでは剣闘士団の財産だ。これで面は拝んだんだから、次からは身内枠で面会は出来るが」
四都市同盟の奴隷制度は、自由民が奴隷に落ちる事も、奴隷が自由を勝ち取る事も普通にある。そのため、親兄弟が自由民と奴隷に別れる事もザラなので、身内に関しては奴隷の主がある程度融通を利かせる事が求められている。
「もちろん、崇拝者ほどじゃないが面会したけりゃ金をとるし、こいつを買い取ろうって話ならきちんと筋を通してもらう。で、だ」
仕切り役が語気を強めた。
「なんで最初っから崇拝者の枠で面会を申し込まない? なんで自由民剣闘士の募集に参加した?」
舐めてんのか? と言外に匂わせる物言いは、団の仕事に横槍を入れた事への不快感の表明だ。
「いやでも、面会には相当な金がかかるじゃあないですか」
と、言い訳するように同郷の候補生が言う。確かに、剣闘士との面会費用はそこそこ高く、人気剣闘士ともなれば豪遊とも言えるだけの金がかかる。
「それで、上手いこと会えりゃ御の字と自由民剣闘士の募集に手を挙げたと。どう思う」
仕切り役が理屈屋に話を振る。
「まぁ、筋は通っちゃいますがね」
と理屈屋が言う。
「紹介状もある、裏書きもそこそこの偉いさんとくる。腕には自信があるんでしょうな」
「試験で会えなきゃ中から探るつもりだったのか」
同郷の候補生の浮かべる愛想笑いの表情は、仕切り役と理屈屋の予想が図星だと白状していた。
仕切り役が諦めたように溜め息をつく。
「まぁ、今更剣闘士にはならんだろうが、最低限の筋は通してもらわんとな」
仕切り役が改めて同郷の候補生に顔を向けた。
「でかい口を叩くならそれを証明してみせろ。とりあえず、試しに『無垢なる者』と打ち合ってもらおうか」
それでチャラだ、と言って今度は俺の方を向く。
「同郷だからと言って手を抜くな。それから、二つ目の指示を忘れるな」
二つ目の指示の内容は、態度の悪い奴をうっかり殺すな、だ。
つまり、剣闘士団を舐めた奴を、死なない程度に痛めつけろというわけだ。
***
「ところで『無垢なる者』」
「はい」
得物と防具を取りに戻る途中。
妙な展開から同郷の候補生と闘う事になった俺を、事情通の訓練士が呼び止めてきた。
「あいつ糞削ぎ棒で飯食ってたんだけど」
「はい」
おそらく、剣闘士団に同じ日本人がいるならと、ここに箸で食事する人間がいるぞとアピールしていたのだろう。
事情通はわずかに嫌悪感を浮かべて言った。
「同郷ってことは、お前も糞削ぎ棒で飯を食う習慣があるのか?」
あの野郎余計な事しやがってよお!!
2022/9/3 助詞の重複を修正
2024/1/27 いただいた誤字報告を参考に表現を変更




