8b-2 態度が悪い奴をうっかり殺すな
犯罪奴隷が構えた盾の縁を、二刀流の左の長剣がするりと交わして、その切っ先が顎へと迫った。
「あぶねぇ!」
見学組からも声が出たそれは、右の小剣で盾を揺らして、ぶれた隙を縫っての突き技だ。
犯罪奴隷は自身の剣を握った右の拳をひょいと持ち上げ、柄頭を使ってそいつを防いだ。
次いで、弾き上げた相手の長剣の下に強引に盾を滑り込ませて左に流すと、それにより背中を晒した候補生に剣を叩き込もうとした。
二刀流の候補生は流される事に逆らわずその場で右に回転すると、いつの間にか逆手に持ち替えていた右の小剣を旋回裏拳打ちの要領で犯罪奴隷に突き立てようと試みる。
犯罪奴隷はすでに振り下ろしはじめていた剣の軌道を見事に操り、わざと小剣の十字鍔に打ちつけてその不意打ちを留めてみせた。
***
長短二刀流の候補生が繰り出す剣は、そのほとんどが俺達訓練同期には初見のものだった。
左右の剣を時間差で振り、突きと凪払いを組み合わせ、時には長さの違いを活かして両手を揃えた風車のような回転切りを交えてくる。
特に二本の剣が同方向から襲ってくる最後の奴が厄介そうで、盾を使ってギリギリの距離で長剣を弾けば小剣に掻い潜られ、相手の懐深く潜って防げば二刀を同時に貰うことになる。
「悪くはないな」
と、事情通の訓練士が講評を述べた。
「技の多彩さって奴は単純に見栄えがいい。あの引き出しの多さは客にウケるだろうから、剣闘士として売っていく上での武器になる」
「俺達に対しても十分武器だぜ」
端で聞いていた色男がぼやき声を上げる。
「手数で勝負する奴とやり合う面倒臭さっつったら。なあ『無垢なる者』」
手数型が苦手な俺はそれに頷き、
「俺だったら八回に一回ぐらい負けそう」
と返す。これはこの世界の言い回しで、油断したらヤバいぐらいの意味になる。
「そりゃちょっと情けねえな」
と色男。
「そっちだったら?」
「四回に一回ぐらい」
俺より勝率悪いじゃねぇか。
「手数勝負と言えば」
と、そこで債務奴隷が口を挟んできた。
「ウチの『お嬢ちゃん』の相手がえらい事になってるぜ」
***
俺達剣闘士の基本スタイルは剣と盾だ。ここから防具を厚くしたり薄くしたり、盾の形状を変えたりして剣闘士ごとの色を出す。
剣はどちらかというと短めの物が主となる。
このあたりはやはり、客が剣闘士興行に求める物が影響していて、槍だの長柄武器だので離れて遠くからチクチクやるより、近づきガンガン殴り合うのが好まれる。そのため、得物を変えるにしても選ばれるのは斧や鈍器の類となる。
剣闘士のこのスタイルの元となったのが正規軍、正規兵で採用されている剣盾兵で、どうもこの世界ではすべての兵士の基本形であると見做されているらしい。
左手には防御の盾、右手には攻撃の剣。盾と防具を厚くすれば重装兵となり、剣を槍に持ち替えれば槍兵となる。盾を捨て、馬に乗せれば騎兵となり、盾を弓に持ち替えれば弓兵となる。
実際にはそう簡単ではなかろうが、基本形である剣と盾を学び、その上で他の技術を身に付けるのがこの世界の兵士の有り様らしい。
では、その基本を専門とする剣盾兵とは。
「言ってみればある種の精鋭兵だな」
捕虜上がりが元本職として見学組に説明する。
「矢合わせ、槍合わせの後の混戦での殴り合い、前列の重装兵が崩れた時の穴埋め、他と比べりゃ軽装なのを活かした戦場を大きく動いての側面攻撃とか」
いわば万能の戦力として便利使いされるベテラン兵士。
「それがどんな理由で売剣稼業となったかは知らんが、安い仕事じゃあなかったろうぜ」
「の、割りにゃウチのを相手に苦しんでるな」
「な」
債務奴隷と色男で疑問を呈する。
「そうなんだよなぁ……」
言われた捕虜上がりも困った顔で、話題に上った二人の立ち合いに視線を向けた。
***
女顔はその美貌が売りの剣闘士と言うことで、最近は剣闘士団とも相談して意図的に女っぽさに磨きをかけていた。
団付きのマッサージ師は凝った筋肉を揉みほぐすのに加えて顔や肌の手入れをし、長めだった髪はさらに伸ばして後ろで一つにまとめている。
体質のせいか、防御のためにつけた脂肪はむちむちと男らしからぬ色気をもたらし、特に腰回りは柔らかな線を描いている。
ぶっちゃけエロい。
そんな女顔なのだが、剣を持たせればその腕は精緻にして優雅、繰り出す技術はしなやかかつ鮮やかで、そして何よりその一つ一つの動作が疾い。
俺達訓練同期でも一、二を争う手数型の女顔の相手をする羽目になった剣盾兵の候補生は、次々と襲い来るその剣に防戦一方になっていた。
最近女顔が多用するようになったのが、距離を取ったときに剣を左肩に担ぐ構え方だ。
これは左手の盾を突き出し、右腕を首に巻くようにして刀身を左肩に当てるもので、腕を休めつつ上段からの振り下ろしの距離を稼ぐと共に、奴の隠し芸である盾裏からの不意打ちにも繋げられる利点がある。
その不意打ちを交わしても、次からは同じ構えが、剣が盾のどちらから来るのかを悩ませる二択を強制する事になる。もちろん、盾の扱い自体にも隙はなく、無理攻めをすれば吸い付いたように相手の剣を操り、伸ばした利き手を狙った攻撃などを繰り出してくる。
ならばと待ちに徹すればジリ貧だ。すいすいと近づき、立ち合い前に見せた飛んでくる木剣を容易に掴み取る目と腕で、防御の隙を破らんと次々とキツい攻撃を加えてくる。
気がつけば、剣盾兵の候補生は脚を動かす事も難しくなり、自身の周囲を衛星のように回る女顔の攻撃を凌ぐために右へ左へと向きを変え、盾を構え、剣を振り上げ、それを交わされ、反撃を潰されという動作を繰り返していた。
***
「えぐい」
「おっかねえ」
「かわいそう」
債務奴隷、色男、そして俺は思わずそんな言葉を漏らしていた。あんなのプライドズタズタですやん。
「いや、あの候補生も十分大した物ではあるぞ」
そう言う事情通の訓練士の声にも同情の色が滲んでいた。
「あんだけの攻撃をなんとか凌いで、なんとか相手をしている訳で」
「でもありゃ、ウチのがいたぶっているだけじゃあないですかね?」
と債務奴隷。実際女顔は喜色満面、この立ち合いを心から楽しんでいるのがわかる。
「いや、うーん、そうかな……そうかも」
さすがに事情通も言葉を濁す。
「しっかし」
と、色男がぼそりと言った。
「俺らと比べりゃあとは思ってはいたが、売剣稼業って奴は予想以上に弱いな」
そこは俺も疑問に思っていた。
防御が多少固いだけの重装型。
手数は多いが、犯罪奴隷がやっているように見てから対処できる二刀流。
ちょっとはマシかもしれないが、女顔がちょいと本気を見せれば簡単に翻弄できる剣盾兵。
娑婆じゃあそこそこ稼いでいたはずの連中が、剣闘士スタイルの立ち合いでこうも弱いのはどういう事か。
「ああ」
とそこで我に返った事情通が言った。
「そりゃな、お前らが本当の意味で闘いしか知らないからだ」
捕虜上がりが神妙な顔で頷いている。
2022/1/8 ご指摘いただいた誤字を修正、他一部にフリガナ追記




