8b-1 真面目そうな奴は可愛がれ
2024/2/15 いただいた誤字報告を適用
さて。
俺が今いるのは赤青二つの月を持った異世界だ。言葉も違えば文化も違い、さらには首から上が狼で全身毛皮の狼人なんていう人類以外の種族までいたりする。
便所では箸にそっくりな棒切れで尻を拭い、物を数える時は八で桁上がりする八進数とくる。
ところが時折、この世界と俺の元いた世界で奇妙な一致を見せる物があったりする。
例えば、「右に出るものがいない」などという言い回しだ。
***
「はじめ!」
という仕切り役の訓練士の声と共に、まずは三組の立ち合い試験が始まった。
試験の順番を待つ自由民の候補生側を見れば、直前にベテラン剣闘士が見せた身体能力に認識を改めたのか、目の前の闘いから何も見落とさんぞとばかりにじっと目を凝らしている。
一方で俺達訓練同期側は応援の野次を飛ばし無駄話に興じと、半ば娯楽気分で盛り上がっていた。訓練士達からもそれを咎める声が上がらないところを見るに、採点役以外の訓練士も似たような気分なのだろう。
そんな無駄話の中で、俺が
「『先生』のところで習った言葉に『自分の部族』と同じ言い回しがあって驚いた」
なんて話をしたわけだ。
「そりゃあ重装兵から来た言い方だな」
と教えてくれたのは俺たち訓練同期の傍に立っている『事情通』の訓練士だった。ちょうどあいつみたいな、と指差した先では、金属の防具に大盾姿の、重装型の候補生がウチのイビキ野郎を相手に闘っていた。
「へぇ」
と俺達訓練同期の見学組。
「大盾を構えた重装兵は本来、密集陣形の前列で敵を抑えつけるのが役目でな」
と事情通が続けて語る。
「左は盾で守るからいいとして、得物を持った右手がどうしても隙になる。なもんで、そっちは右隣の奴が左手に持った盾で守ってくれると期待する」
そうやって重装兵を横に並べていくと、当たり前だが一番右端に立った奴には右の守りがいない事になる。そしてそいつが倒れると、次の兵士の守りが消える。
もちろん、戦場じゃあそういう横列をいくつも重ねているらしいのだが、それでも最右翼は防御が弱くなってしまう。
「というわけで重装兵はなるべく右側に強い兵士を置くようにする。それに倣って、何かに長じた奴を『一番右』とか『右に出るものがいない』なんて言う」
事情通が語る蘊蓄に、俺達見学組は感心の声をあげていた。
「でもよ」
とそこで誰かが疑問を口にする。
「剣闘士の立ち合いは基本一対一だろ。並べるのが前提の重装兵をひとりで闘わせたらどうなるんだ?」
「そいつはまぁ、見ていればわかる」
***
重装型の候補生とイビキ野郎の闘いはぱっと見には候補生の方が有利に見えた。
候補生の方が装備の防御が固く、対するイビキ野郎は比べりゃほとんど裸のようなものだからだ。普通に考えれば候補生側はきっちりイビキ野郎の攻撃を凌いで、隙を見てちょいと突けば楽々勝てる。
というのは実際に二人の闘いを見ればまるで通じないとわかるだろう。
重装兵は左手に大盾を構えてる。だから揺さぶって横から攻める。
などという常識はイビキ野郎には通用しない。空中の木剣を叩き折る膂力の一振りが、容赦なくガンガンと候補生の大盾に降り注ぐ。
一撃一撃がクソ重いそれにしびれを切らしたのか、候補生側が剣を振り、さらには大盾の縁を突き出しての牽制を試みる。これは大盾を水平に相手に伸ばしてつっかえ棒にする技術で、構え直しに盾の自重を利用できるので使い勝手のいい手ではある。
イビキ野郎は突き出された盾にすっと姿勢を低くすると、盾の下に潜り込む気配を見せた。
慌てた候補生が盾を構え直す隙をついて、イビキ野郎は相手の側面に歩を進めてさらなる攻撃を繰り出そうとする。
重装型の候補生は次々と襲ってくる一撃に次第に劣勢になっていく。
「ってな具合で密集陣形での闘い方が一切できない」
事情通が解説を終える。いやぁ訓練士の解説付きの立ち合い見学とか贅沢ですわ。
「普通は体力の問題があるからそう簡単じゃあないんだけどな」
と補足してくれたのは自らも戦争を経験している捕虜上がりだ。
「上手い重装兵なら相手に攻めさせて疲れを誘って、自分は温存した体力で逆襲の機会を狙う」
だが相手がウチのイビキ野郎だとその手は通用しない。あいつの体力はまさに底なしだし、装備の重さで足を使えない重装型なんぞいいカモだ。
「可哀想に」
債務奴隷の奴がいつも通りのしょぼついた顔で感想を漏らす。
「あいつら、自分らの闘いが出来なくて鼻っ柱を折られてるぜ」
おそらくそれもこの立ち合い試験の目的の一つなのだろう。他の二組を見ても、自由民の候補生達はなかなか思い通りには闘わせて貰えていないようだった。
***
二刀流の候補生は左右の手に長さの違う直剣を携えていた。こいつは少人数でやり合う時や、敵の内に入っての暴れ役、盾を携行しづらい野伏なんかが好んで使う組合せだという。
この世界でも「右に出るものがいない」が慣用句になるように、利き腕は右の奴が多い。長短二刀流の場合は攻め手に長剣、守り手に短めの小剣を持つ事が多いので、普通は左手に小剣を持つことになる。そういう小剣の十字鍔は分厚く長めで、物によっては鍔の端が剣先に向かってちょいと曲がっていて、相手の剣を絡め取りやすくなっていたりする。
普通の間合いなら長剣を振るい、相手の攻撃は小剣で凌ぐ。相手が長剣を封じ込めんと距離を詰めれば、今度は小剣で攻撃もする。
この候補生の面白いところは、その長短二刀流でさらに左右の剣を逆に持っている事だった。つまり、左利きという事になる。
ただでさえ珍しい二刀流のさらに左利き。こいつは言わば初見殺しで、めったに見ない得物なので普通は対処するのが難しい。これが相手も何らかの特化型の遣い手ならまた様子が違うのだが、今回相手をしている犯罪奴隷の奴は、ごく一般的な直剣に盾の剣闘士だ。
ここでも、候補生側が有利な組み合わせに見えるのだが。




