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1a-2 奴隷の運命は主人次第

 俺やお仲間を売り出す競り市の日がやってきた。

 奴隷商人らしい初老の男が場を取り仕切り、槍や長剣を持った奴隷狩りや棒きれを持ったお仕置き役が、俺達を広場へと追い立てる。

 何度か見ていた奴隷の競り市だが、こいつはある種のショーと市場をごっちゃにしたような代物だった。

 まずは広場の外周に半円状の客席が設けられている。客席は後ろほど座席が高い擂り鉢のような作りになっていて、半円の内側、奴隷が披露される舞台がよく見えるようになっている。

 舞台と言ったが、これは日本の学校の体育館とかにある舞台を想像してもらえばだいたいあっている。少し高くなっていて、客席に向かって並んで立てるようになっている。

 舞台の前は奴隷を歩かせて足腰の具合や立ち姿を見せる為の順路になっていて、俺達は首に縄を掛けられて、ぐるーっとここを練り歩いた後に舞台に上がらされる訳だ。

 奴隷商人は俺達を少しでも高値で売ろうと涙ぐましい努力を行っていた。ヒョロヒョロだった俺以外の奴隷達はたっぷりの食事で程よく肉が付き(食わないと殴られた)、歩く姿も背筋がぴんと伸びている(さんざん練習をさせられて下手くそだと殴られた)。着ている服も元の奴と比べればよっぽど立派な物に替えられ、まぁまともに見えるようになっていた。

 ちなみに俺はふんどし一丁のままなのだが。

 いやおかしいだろう。俺は見張りをしているお仕置き役のおっさんをちょいちょいとつっつき、カタコトの現地語でふんどしの理由を聞いてみた。

「そりゃお前が今回の目玉商品だからだろ」

 俺の疑問に、お仕置きの時にいつも申し訳なさそうな顔をするので陰で『優しいおっさん』と呼ばれている奴が答えてくれた。ちなみに殴る力が一番強いのもこのおっさんなので同時に滅茶苦茶嫌われている。加減しろや。

 どゆこと? と不思議そうな顔をする俺におっさんが言葉を重ねた。わからん言葉も多いので半分ぐらい想像で補ったその内容はこんな感じだ。

「お前は今回仕入れた奴隷の中で一番体格がいいだろ? 背丈も俺らと同じか大きいぐらいだ。それに肌や歯の具合も健康で、肉もしっかりついている。親爺はそいつを見せびらかした方が金になると踏んだのさ」

 ありがとう優しいおっさん。

 そしてありがとう現代日本の衛生環境と栄養学。

 槍だの剣だのをぶん回して奴隷狩りなんかやってる時点で薄々気がついちゃあいたが、どうやらこの世界は現代日本ほど文明が発展していないらしい。お陰でこれといって特徴のなかった俺に、「奴隷にしちゃあガタイがいい」という特徴が生えたわけだ。意外にお喋り好きだったらしいおっさんが先を続ける。

「当たりは、まぁ優しい農場主とかだな。お天道様の下で汗かいて、自分が買い戻せるぐらいの金を貯めればいい。あとは、世の中見栄えのいい奴隷を見せびらかしたい金持ちって奴がいるからな。そういうのに買われれば、屋敷仕事でそばに侍ったりで楽できる」

 ハズレは?

「使い潰す気満々の奴に買われたら悲惨だな。他にはそうだな」

 おっさんがニヤニヤしながら俺を見た。

「若い男が好きな婆さんに買われたらそこそこ覚悟がいるんじゃないか、『無垢なる者(フルチン野郎)』? 中には若い男が好きな爺さんもいる」

 俺が真顔になったのを見て、おっさんはゲラゲラと笑い出した。


   ***


 俺が目玉商品というのは嘘ではなかったらしい。今回大トリとして舞台に上がった俺を見る客の熱気が、明らかにそれまでの競りと違うのだ。

 俺は舞台の上から客を眺めて頭の中で適当な名前を付けていた。

 まずは大人しそうな『農場主』。既に何人か奴隷を買っていて、召使いらしい奴らに、その面倒を見させている。

 次に顔にも身体にもたっぷりと肉がついた『有閑マダム』。こちらも何人か奴隷を買っているのだが、揃って若くて顔がいい男というのがわかりやすい。

 それから高そうな毛皮を羽織って骨付き肉をくちゃくちゃやっている中年男。全身から「アイアムゲス野郎」みたいな空気を出していて、食いかけの肉を新入りの奴隷小屋に投げ込んで取り合うのを見て笑ったりしている。

 それから、奴隷狩り連中よりよっぽどいい鎧を着た武人風の男と、その傍らにちょこんと座る、お人形さんのように可愛らしい女の子。滅茶苦茶場違いな上に今の所一人も奴隷を買っていないのだが、これは社会見学の類だろうか。

 さて、俺の競りにはそれなりの金が動くらしく、奴隷商人の親爺に客から次々と「品質確認」の注文が飛んだ。

 身体のどこかが壊れていないか見せるために、立ったりしゃがんだり、跳ねたり腕を振り回したりさせられる。

 穀類を詰め込んだ袋を用意されて、いくつ持てるか試される。

 『有閑マダム』が何か言うと競り市に失笑が流れて、ふんどしを取るよう指示される。これ漫画とかで見たことある奴だ。取って見せると今度は別の失笑が起きて、マダムががっかりしたように座り込む。ひどい。

 そこで『ゲス野郎』が何を考えたのか、召使いの女を前に押し出して何かを言った。女が泣きそうになりながら豊かな胸をさらけ出す。

 熱膨張って知ってるか?

 一応言い訳をしておくと、奴隷狩りに捕まってからこっち、俺は完全に女っ気がない生活を送っていた。元気になった俺を見て、今度は低い感嘆の声が競り市に流れた。うれしくない。


   ***


 俺の競りは盛り上がった。『農場主』が悩んだような顔で結構な金額(だと思う)を提示すれば、『有閑マダム』と『ゲス野郎』がそれをひっくり返す。

 最初の頃は他の客も手を挙げていたのが、すぐに金額が高騰したらしくこの三人の勝負になったのだ。

 ピリピリした空気の中で勝負は続いたが、しばらくすると『ゲス野郎』が降りた。やれやれ、となんとなく満足そうな顔をしている理由はわからない。

 と、『有閑マダム』が声を上げ、競り市におぉーっという声が流れた。大きく金額を上げたらしい。

 そこでしばらく葛藤していた『農場主』が、がっくりとしたように勝負を降りた。

 見ていた俺もがっくりきた。どうやら俺は、若い男が好きなマダムに落札されるようだからだ。かなしい。

 悲しい顔をする俺達を横目に、奴隷商人が確定の声を上げようとする。競りに来ていた客達がざわざわと競りの感想を言い合っている。

 と、雑談の中をよく通る女の声が遮った。俺を含めたそこにいた者達が振り返る。

 そこで見たのは、それまで競りに参加していなかった武人風の男と女の子が立ち上がり、どうやら一桁は違う金額を提示して俺を落札した瞬間だった。


 ***


「残念だったな」

 奴隷商人が俺の落札を宣言し、他の客達がさらにざわつく中で、急な展開に呆然とする俺に『優しいおっさん』が声をかけてきた。残念?

「あの奥様が奴隷自慢が趣味のお金持ちだったんだよ。あそこに買われてりゃあ安泰だった」

 マジか。じゃあ、『農場主』と『ゲス野郎』は?

「毛皮の旦那は悪ぶっちゃあいるが優しい方でな。まともに食ってない新入り奴隷に肉をやるのをうちの親爺も黙認してたろ。それに、奥様がお前に興味をなくしたときに手助けしてくれた。最後まで粘っていた大人しそうな旦那は女より男が、それも自分に逆らえない奴隷の男が好きという困った人でな」

 俺氏、人を見る目が無さ過ぎる。

 さて、そうすると問題は俺を買い取った女の子の話になる訳だが。

「お嬢さんはこの街の有力者の娘さんだ。誰も逆らわないし逆らえない。そして趣味で剣闘士団を持っている。隣にいたのは護衛の自由民剣闘士だ」

 なるほどぉ。


 というわけで、俺は奴隷を使い潰す気満々の主人に買われ、剣闘士団に入る事になったわけだ。

 どうやら神様はどこかで昼寝でもしているらしい。

2020/9/22 サブタイトル修正

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― 新着の感想 ―
 膨張係数が大きかったのですね。
xで流れてきたポストにぶら下がっていた宣伝から来たよ。 優しいおっさんの紹介部分でアハッと笑いました。
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